第19話 聖地巡礼の旅―ずっと前から―
【第三部】推しは私が救うー終ー
〜〜〜♪
「だっだんだんまる〜♪おいらはだんまる〜♪体力ゴリラ〜だんまる〜♪」
穏花処へ歩みを進める中、私は無意識にこの歌を口ずさんでいた。
その様子を見た団丸さんが、弾む声を上げる。
「おっ!歌羽はおいらの歌も知ってるんだな!それもあにめで知ったのか?」
「そうなんっすよ〜。これ団丸さんがアニメで歌ってて。つい、口ずさんじゃうんですよね〜」
「そうなのか!歌羽は町の店のことも、秘密基地の崖のことも知ってたし、何でも知ってるんだな!すごいな、そのあにめってやつは!」
がははははー!と豪快に笑う団丸さん。
その笑い声に混じって、私はふと、いつも胸の奥に引っかかっていたことを思い出した。
どうしてだろう。
私はこれから先に起こる出来事を、すでに知っている。
栄善さんをはじめ、この世界の主要人物の皆さんは、それを受け入れていて、私が未来の断片を見てきたことも理解している。
なのに。
「その先で何が起こるのか」とか、「どう変わっていくのか」とか──そういう核心には、誰も踏み込んで聞いてこない。
私が悪だと言った綿花が、この世界にまだ現れていないからなのかは分からないけど……皆さん少し能天気というか……(お前もな)
あっ、でも杏歌さんが、栄善さんたちの幼少期に『こいつらなんて能天気なの』って言ってたし、そういうことなのかもしれない。
だけど──それでも私は、その状況がすごくありがたかった。
食い止められるなら、何も知らない方がきっと幸せ。
知らない方がいいことって、絶対にある。
そう思っていたから。
そんなことを考えていると、不意に団丸さんが私へ視線を向けた。
「歌羽は、おいらのことはどのくらい知ってるんだ?」
その問いに、私は一瞬だけ目を瞬かせる。
「団丸さんのことっすか?」
頭の中で、知っていることを並べてみる。
「えっと……七左衛門さんと同じ農民の家の出で、雲祈さんは弟分で……あと、食べることが大好きな元気な人、って感じっすね!」
言い終えてから、ふと気づく。
あれ?
私、思ったより団丸さんのこと、知らないのかもしれない。
なんせこの世界に来るまで、完全なる推しはトワさんと栄善さんだったからな……
あっ、あと団丸さんは体力ゴリラ……けど、それくらい?
知ってるのって。
そんなふうに思っていたときだった。
団丸さんが、いつも通りの屈託のない笑顔で言う。
「そうなのか!ならおいらのことは、これからたくさん知ってくれ!がははははー!」
「確かにそうですね!これからたくさん団丸さんのことを知りましょう!はははははー!」
「おう!そうしてくれ!穏花処まであと少しだ!走るぞ、歌羽ーー!」
「えいえいさー!行きますよ、団丸さんー!」
団丸さんと一緒に、小道を全速力で駆け抜ける。
……と言っても、本気の全力疾走というよりは、どこか弾むような足取りだった。
晩秋の風が頬をかすめるたび、葉の揺れる音が遠くで重なる。
駆け抜けるたびに、世界が少しずつ広がっていくような気がした。
ふと、道の先が緩やかに明るくなっていることに気づく。
そして──小道の先を抜けた、その瞬間。
──息が、止まった。
視界いっぱいに広がっていたのは、静かな岸辺。
私はもう、この旅の中で、何度もアニメで見た景色を目にしてきたはずだった。
だからこそ、慣れてきていると思っていたのに。
これは違った。
その岸辺に、まるで時間だけが別の層に沈んでいるみたいに、山茶花が一面に咲き誇っていた。
赤も、白も、淡い桃色も。
境目を拒むように混ざり合いながら、風の中で静かに揺れている。
知っているはずの構図。
見覚えのある景色。
それなのに──目の前にあるそれは、記憶の中よりもずっと静かで、ずっと深く、ただ見ているだけなのに、息の置き場を奪ってくる。
音が、遠のく。
風の気配さえ、どこか現実から切り離されたみたいに薄れていく。
──まるで、この景色だけが、ずっとここで待っていたみたいに。
ついさっき、秘密基地でも同じことを思った。
生で見る景色は、想像なんて軽々と越えてくる、と。
けれど今、目の前の光景は──その確信すら追い越していた。
「……あれ……?」
喉の奥から、こぼれるように声が落ちた。
「なんでだろう……涙が止まらない」
理由なんて分からないのに、視界が滲んでいく。
拭っても、拭っても、涙は止まらなくて。
気がつけば、名もつけられない感情が、静かに満ちていた。
どこか胸の奥を締めつけられるような、切ないような、でもそれだけじゃ言い表せない感情が、静かにあふれて止まらない。
ただひとつだけ確かなのは──私は、ずっと前からこの景色を見たかった。
そんな気がしてならなかった。




