第14話 雨は止まず、上司は酔う
【第三部】推しは私が救うー終ー
お城へと戻る途中、じわじわと空の色が変わっていく。
やがて、頬に小さな雫がひとつ落ちた。
「……ん?」
次の瞬間、ぽつり、ぽつりと音を立てて、雨が降り出す。
「およよよよ!雨!?」
「歌羽!この雨、強くなるかもしれない。今のうちに走るよ!」
「あいあいさー!」
体力と脚力に自信のある私は、哀伝さんと共に一気に駆け出した。
──そしてお城に着いた数分後には、雷鳴が轟き、雨は土砂降りへと変わっていた。
*
任務後の報告書を提出するため、私は時雨さんのもとへ向かっていた。
けれど、その足取りはどうにも重い。
だって、絶対にまた酔っ払ってるもん。
そんな気持ちを抱えたまま、書斎の襖に手をかける。
そっと開けた先には──やっぱり酔っ払っている時雨さんと、腕を組んでそれを見つめる春風さんの姿があった。
「……あれ?春風さん、どうしたんすか?」
「あぁ、歌羽。こいつがまた私の酒を勝手に飲んでだな。この有様なんだ」
そう言って、春風さんは困ったように眉を下げた。
……そう、この酒飲み男、万里小路時雨。
昔から、春風さんの大切なお酒を勝手に飲む常習犯で、おまけにすぐ酔う。
そのせいで──あのワイン泥酔事件も起きた。
ってか、勝手に飲むってなんやねん!
だめでしょ普通!
「ぐぉ〜ぐぉ〜……」
大きないびきを立てて、気持ちよさそうに眠っている時雨さん。
「報告書どうすんだー!この酔っ払いゴリラめー!」
私が叫び散らかしていると、春風さんが静かに口を開いた。
「歌羽、私のせいですまなかったな。報告書は私が確認しておくよ」
そう言って、春風さんが私の持っている報告書へと手を伸ばす。
「いいんすか!?春風さんありがとうございますー!」
「あぁ。まぁ、毎回止められない私の責任でもあるからな」
ふっと小さく笑う春風さん。
春風さんって、本当に面倒見がいい。
時雨さんがこんな調子でもこのお城が回っているのは、同じ奉行である春風さんや柚寧さんの支えがあるからなのかもしれない。
「では春風さん、報告書お願いします!」
「あぁ」
春風さんが報告書を受け取ろうとした、その瞬間──春風さんの顔がわずかに歪んだ。
次の瞬間、その手が止まり、右肩と胸の間あたりを押さえる。
「……春風さん、大丈夫ですか?」
「……あぁ、すまない歌羽。問題ない」
そう言って、春風さんは報告書を静かに受け取る。
私はふと、窓の外へ目を向けた。
「……そっか、雨……」
「やっぱり歌羽は、そのことも知っているんだな」
私が心配そうに見つめると、春風さんは私の頭にそっと手を置き、穏やかに笑った。
「雨の日になると、少し疼くだけだ。心配ない」
そう言って春風さんは、時雨さんの書斎を出ていった。
私は、アニメで見た過去の悲しい事件を思い出していた。
それは、哀伝さんが杏歌さんを路傍斬りの襲撃から守れなかったあの日のこと。
その場には春風さんも同行しており、当時は戦術担当として護衛任務にあたっていた。
春風さんは襲撃の際、杏歌さんを庇って右肩と胸の間を負傷し、その傷は今も痣として残っている。雨の日になると、そこが疼くことも描かれていた。
この負傷により、春風さんは戦術担当として任務を続けることが難しくなり、外交の道へと進む決断をする。
それは、自分の行動によって春風さんの未来を奪ってしまったのではないかと悩んでいた杏歌さんを気遣っての選択でもあった。
杏歌さんは将来的に外交の道へ進むことが決まっていたため、春風さんは杏歌さんに「私の部下として支えてくれないか」と伝える。
責任を強く感じていた杏歌さんは、その言葉に救われたのだという。
春風さんは元々戦術担当でありながら、その後は外交の下積みを重ね、やがて外交奉行へと登り詰めた努力家だ。
春風さんは、戦術の最前線から外交の舞台へと歩む道を変え、今もなお国を支え続けている。
「ぐぉ〜ぐぉ〜……」
「時雨さんは、少しは春風さんを見習えー!」
そう言いながら、私はふと窓の外を見た。
雨はまだ降り続き、雷の音だけが遠くで揺れていた。
……いや、ほんとに止まないなこの雨。
「ってか、湿気すごいんですけどー!」
そんなことを言いながら、今日も一日が過ぎていく。




