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【第5話:嘘から出たマリッジリング。〜ブライダル案件と違約金の恐怖〜】

 翌朝。築三十年のボロアパートに差し込む朝日が、これほどまでに憎たらしく思えた日はなかった。

 私は、特売のドリップコーヒー(一杯十五円)を啜りながら、スマホの画面をスワイプし続けていた。画面から放たれるブルーライトが、寝不足の目に容赦なく突き刺さる。


(……マジか。これ、ちょっとした社会現象じゃないのよ)


 SNSのトレンドランキング。

 第一位:『#ルミアン親公認』

 第二位:『#シンデレラ百合』

 第四位:『#ガラスの靴落とした』

 第七位:『#m3guとpiyo太』


 昨晩の地獄のようなライブ配信から一夜明け、私たちの捏造シンデレラストーリーと、百合亜の母親による「スピーカー誤爆事件」は、ネットの海を大炎上させながら燃え広がっていた。

 ファンだけではない。普段はコスプレ界隈に興味のない一般層までが、「なんか親公認のガチ百合カップルがいるらしい」「お母さんの乱入ワロタ」と面白がって拡散しているのだ。


「……あ”ー。もうダメ。私、今日から一歩も外に出られない」


 背後で、ゾンビのような呻き声がした。

 振り返ると、百合亜(piyo太)が、毛布を頭から被ったまま床を這いずり回っていた。彼女のスマホからは、メッセージアプリの通知音が五秒に一回のペースで鳴り続けている。


「親戚の……親戚の叔母さんから、『ゆりちゃん、そういうことなら早く紹介してちょうだいね』ってスタンプが来た……。お父さんなんて、朝の六時から『赤飯用の餅米買ってきたぞ』って写真送ってきたのよ……。どうすんのよこれ、お盆に実家帰れないじゃない!!」

「自業自得でしょ。誰が配信中に親からの電話に出ろって言ったのよ。スピーカー設定にしてたアンタの指の太さを恨みなさい」

「アンタがあんな激寒ポエムをスラスラ読み上げるから、動揺したんでしょーが!!」


 百合亜が毛布の中からクッションを投げつけてきたが、私はそれを片手で払い落とした。

 まあ、百合亜の気持ちも分からなくはない。承認欲求の化身である彼女でも、親族一同から「百合のガチ恋」を祝福されるのは想定外のダメージだったらしい。


「ノでも、嘆いてばかりもいられないわよ。インプレッション数は過去最高。これだけバズれば、必ずデカい企業案件が舞い込んでくるはず」


 私は気を取り直して、使い古したノートパソコンを開いた。ファンからの大量のDMに埋もれないよう、仕事用のメールボックスをチェックする。

 いつもなら「カラコンのPRをお願いします(報酬は商品提供のみ)」とか「新作の衣装を着てレビューしてください(五千円)」といった、小銭稼ぎのような案件ばかりなのだが。


「……ん?」


 受信トレイの一番上に、見慣れないドメインからのメールが届いていた。

 差出人は、誰もが一度はテレビCMで聞いたことがあるであろう、全国展開している超大手の名前だった。


(……えっと。株式会社、エターナル・ブライズ……? これって、あの結婚式場とかウェディングジュエリー扱ってる、超大手のブライダル企業よね?)


 嫌な予感がして、私は震える手でマウスをクリックした。

 メールの件名には、『【ルミアン様】新規ウェディングプロモーションにおけるイメージモデル起用のご相談』と書かれている。


「……」

「ちょっと、恋乃葉。何フリーズしてんのよ。また電気代の引き落とし失敗したの?」

「……百合亜。アンタ、深呼吸して。それと、そこの壁に頭ぶつけないようにクッション抱いときなさい」

「は? 何言って……」


 私は、パソコンの画面を百合亜の方へと向けた。

 百合亜は目を細めてその文面を読み……そして、文字通り息を呑んだ。


「……っっっ!!?? ぶ、ブライダル!? ウェディングモデルぅ!?」

「声がデカい。近所迷惑でしょ」

「だ、だって!! なんで!? おいおい嘘でしょ、なんでブライダル系が、うちらみたいな日陰のコスプレイヤーを使おうとしてんのよ!!」


 百合亜がパニックになりながら、私の肩をガクガクと揺さぶる。


「落ち着きなさい。……でも、よく考えたら理にかなってるわ」

「どこがよ!!」

「今の世の中、ダイバーシティだの多様性だの言われてるご時世よ。そんな中で、ネットで一番話題になってる『親公認の、運命の同性カップル』……つまり私たちが、ブライダル企業の広告塔になる。企業側からすれば、これ以上ない『最先端で理解のあるブランド』としてのアピールになるんじゃない?」


 私が冷静に分析すると、百合亜はぽかんと口を半開きにした。

 そして、メールに添付されていたPDFファイル——企画書と、ギャランティ(報酬)の提示額の欄を見た瞬間、百合亜の目の色が変わった。


「……こ、恋乃葉」

「……ええ」

「このゼロの数、私の見間違いじゃないわよね? 桁、おかしくない?」


 提示された報酬額は、私たちが今まで受けてきたどの案件よりも桁違いだった。

 ざっと計算して、このボロアパートの家賃が二年分は余裕で払える。いや、特売の鶏むね肉じゃなくて、毎晩黒毛和牛のステーキを焼いてもお釣りが来る金額だ。


(……逆に言えば、バレた時の違約金はこのボロアパートごと買えるレベルってことよね?)


「……ウェディングドレス。一流のヘアメイク。全国の駅のポスターに私の顔が……っ」


 百合亜の顔から先ほどの絶望は消え去り、今度は承認欲求と強欲さがブレンドされた、最高に悪い顔になっていた。


「やる! やるわよ恋乃葉!! 私、絶対にウェディングドレス着る!! これが私の人生のピークよ!!」

「ちょっと待ちなさい。浮かれるのはまだ早いわ」


 私は、鼻息を荒くしている百合亜のデコを指で小突いた。


「いい? この金額は魅力的よ。私のポイ活アプリのポイントが霞んで見えるくらいね。でも、リスクも桁違いよ」

「リスク?」

「当たり前でしょ。相手は超大手企業よ。もし私たちが『本当は犬猿の仲のビジネス百合で、家賃を浮かせるために一緒に住んでるだけの銭ゲバコンビです』ってバレてみなさい。広告は全部打ち切り、ブランドイメージに泥を塗ったとして、莫大な違約金を請求されるわよ。下手したら、臓器売るハメになるわ」


 私の言葉に、百合亜がヒッ、と喉を鳴らした。


「い、違約金……。そ、そんなの、バレなきゃいいじゃない! うちら、プロのレイヤーよ!? カメラの前なら、なんだって演じ切ってみせるわよ!」

「アンタねぇ、昨日の配信で自分の手汗の量にテンパってたくせに、よく言うわ。大体、打ち合わせから撮影現場まで、常にラブラブなカップルを演じ続けるのよ? 私の足を踏んだり、裏で『ニンニク臭い』とか文句言ったりしたら即アウトなんだからね」

「だ、大丈夫よ! 私、女優になる! アンタのこと、心の底から愛してる運命の王子様だと思い込むから!!」


 百合亜は必死な顔で私にすがりついてきた。

 その必死さは、純粋な愛から来るものではない。ただの金と名誉への執着だ。マジで最低なビジネスパートナーである。


 しかし……。

 私はもう一度、PDFの報酬額を見つめた。

 毎日、Bホルダーで肋骨を痛めつけ、厚底ブーツで足に血豆を作りながら、必死に稼いできた小銭たち。

 この案件を一発成功させれば、私たちはコスプレ界隈の頂点どころか、世間一般にまで名を知られる「本物」になれるかもしれない。


(……やるしかないわね。私の人生をかけた、最大の大芝居)


「……わかったわよ。受けるわよ」

「やったぁあああ!!」


 百合亜が歓喜の声を上げて、私に抱きついてきた。

 その瞬間、彼女のジャージから、昨日食べたイカの塩辛の匂いがふわりと漂ってきた。


「ちょっと、臭い!! アンタ、まずは風呂入って歯ぁ磨きなさいよ! 昨日のニンニク餃子といい今日の塩辛といい、口周りの治安どうなってんのよ! ブライダルモデルが塩辛臭いとか、訴えられるわよ!!」

「あはは! ごめんごめーん! 今から全身スクラブしてくるわ!」


 私は、鼻をつまみながら、企業への返信メールの文面を打ち込み始めた。

『お世話になっております。ルミアンです。この度は素晴らしいお話をいただき——』


 キーボードを叩きながら、私は深いため息をつく。

 私たちの薄っぺらい嘘は、ついに「企業」という絶対的な実社会を巻き込んでしまった。

 もう、後戻りはできない。私たちは、地獄の果てまで「理想のカップル」を演じ切らなければならないのだ。

 たとえ、その道が違約金という名の地雷原だったとしても。

読んでくれてありがとうございます!


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