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【第4話:ライブ配信、地獄のポエムと『お母さん』の乱入。】

「……五千、八千、……一万。ねえ、恋乃葉。まだ開始前なのに、待機人数が万単位なんだけど。私のスマホ、通知の熱で爆発しそう」


 ボロアパートの、カメラが映る『一角』だけを豪華にした特設セット。

 百合亜(piyo太)が、ガタガタと震える手でスマホを差し出してきた。画面の向こう側では、一秒間に数百件という速度でコメントが流れている。


『待機! 伝説の真相を聞きに来ました!』

『ルミアン結婚おめでとう!! 祝儀の準備はできてるぞ!』

『今日が命日。尊さで死ぬ準備はできた』


「……落ち着きなさいよ。数字が多いってことは、それだけ『カモ』が多いってことよ。一万人もいれば、一人百円投げるだけで百万……じゃなくて、それだけの人に私たちの『純愛』を届けるチャンスなんだから」


 私は、手に持った『シンデレラ捏造台本』を、まるで呪いの魔導書のように握りしめた。

 心臓がうるさい。緊張しているからじゃない。これから自分の口から、朝にマーガリンをかじりながらひねり出した「激寒ポエム」を放出しなければならないという、羞恥心による拒絶反応だ。


「よし。メイクよし、前髪よし、嘘の準備よし。……行くわよ」


 私が配信PCのマウスをクリックした瞬間、配信が開始された。


「……こんばんは。ルミアンのm3guです」

「piyo太ですっ♡ 皆さん、今日は集まってくれてありがとう!」


 画面が明るくなった瞬間、チャット欄が物理的に読めない速度で流れる「滝」になった。

 画面は「おめでとう」の弾幕で埋め尽くされ、虹色のスパチャ(投げ銭)がひっきりなしに飛んでくる。


 ……あ。今、一撃で一万円飛んできた。

 私の脳内にある家計簿アプリが、小気味良い音を立てて『本日の利益確定』を告げる。


(……よし、やるわよ。一万円分、しっかり『王子様』を演じてやるわ!)


 私は、モニター越しの数万人のファンに向けて、極上の王子様スマイルを向けた。


「みんな、昨日のイベントのことは……もう知ってるよね? お騒がせして、ごめん。でも、隠し通すのも、もう限界かなって思って」


 隣で百合亜が、顔を真っ赤にして(半分は本気の羞恥、半分は演技だ)俯く。


『きたあああああ!!』

『隠し通すの限界って!! つまりそういうこと!?』

『馴れ初め! 馴れ初め聞かせてください!!』


 ついに、その時が来た。

 私は、百合亜の震える(フリをしている)手をそっと握りしめた。……湿ってるわよアンタ、手汗かきすぎ。


「……馴れ初め、か。そうだね。あれは三年前の、あの日だった。……僕にとっては、まるでシンデレラを見つけたような気分だったんだ」


 言った。言ってしまった。

 私の背筋に、氷を入れられたようなゾワゾワとした感覚が走る。

 私は、台本を脳内で反芻しながら、虚空を見つめて語り出した。


「人混みの中で、一人の女の子が立ち尽くしていた。慣れない靴のせいで足に怪我をして、今にも泣きそうな顔で。……その瞬間、僕の世界は止まったんだ。あ、この子を守らなきゃ、って」


 百合亜が、潤んだ瞳で私を見上げる。


「リリ様……あの時、貴方が言ったこと、私一生忘れません……『見つけた。僕の、ガラスの靴を落としたお姫様』って。……私、あの瞬間に、魂ごと貴方に奪われちゃったんです」


 ……。

 ……。

 画面の中のコメントが、一瞬だけ、ピタリと止まった。


(……あ、ヤベ。盛りすぎた? さすがにキモすぎたか!?)


 背中を冷や汗が流れる。しかし、次の瞬間。


『う、うわあああああああああああああ!!』

『何だそれ!! ガチの運命じゃないか!!』

『ガラスの靴!? リアル王子様とシンデレラじゃん!!』

『尊すぎて画面が直視できない。今から外行って、靴落とした相手探してきます』


 チャット欄は、これまでにないほどの大爆発を起こした。

 虹色の投げ銭が、もはや花火大会のような勢いで打ち上がる。


 ……勝った。この茶番、完全に「買い」だ。

 私は、勝利を確信して、百合亜の肩を抱き寄せた。


「……あの日から、僕たちの物語は始まったんだ。ね、百合亜?」

「はい……恋乃葉さん……っ」


 本名で呼び合うという、ファンへの最大級のサービス。

 オタクたちは絶叫し、画面は祝福の言葉で溢れかえった。


 ——その時だった。


 セットのすぐ外に置いてあった、百合亜の私用スマホが、けたたましく鳴り響いた。

 普段なら無視するはずだが、よりによって、配信用のマイクがその着信音を完璧に拾ってしまう。


「あ、あはは……ごめんね、誰かな……」


 百合亜が、誤魔化すようにスマホを手に取った。

 だが、その画面に表示された名前を見た瞬間、彼女の顔が、コスプレの白塗りメイクより白くなった。


『お母さん』


「ひっ……!」


 焦った百合亜の手が通話ボタンをフリックし、あろうことかスピーカーのアイコンまでタップしてしまった。


『——ゆりちゃん!? ゆりちゃん、ちょっと今、配信見てたんだけど本当なの!?』


 配信ルームに、およそ「ガチ百合界隈」には似つかわしくない、生活感あふれる中年女性の声が響き渡った。


「お、お、お、お母さん!? な、何で電話してくるのよ今!!」

『だって、あんたが「ガラスの靴がどうのこうの」って泣いてるから! お母さん、びっくりしちゃって! あんた、そんなに素敵な王子様(?)がいたなら、何で今まで一言も言ってくれなかったの!?』


 配信画面のコメント欄が、一瞬で「お母さんwww」「マッマ降臨」「生活感やばい」という草の海に変わる。


「ち、違うの! これは仕事……じゃなくて、その! 恥ずかしくて言えなかっただけで!!」

『相手の子、一ノ瀬さんって言うの? お父さんも「挨拶に来るなら赤飯炊かなきゃ」って大騒ぎよ! お正月、一緒に連れてきなさいよ! 待ってるからね!』

「ちょ……お母さん! 切るわよ! 切るからね!!」


 ブツッ、と電話が切れた。

 静まり返る室内。

 そして、視聴者数と投げ銭の額が、過去最高記録を更新した。


『親公認wwwww』

『お父さん、赤飯炊く気満々じゃないか!!』

『これもう逃げられないぞルミアン!!』

『挨拶、生配信してください!!』


 私は、絶望的な気分で天井を見上げた。


 ……赤飯。挨拶。実家。

 ビジネス。これはビジネス。仕事のはずだった。

 なのに、どうして外堀が、コンクリートで固められるような勢いで埋まっていくのだろうか。


「……ねえ、恋乃葉」


 百合亜が、魂の抜けたような顔で私を見た。


「……何よ」

「……これ、三倍どころじゃ、済まないわね」

「……そうね。とりあえず、お正月の帰省代も『経費』で計上しとくわよ」


 私は、死んだ魚のような目で、鳴り止まないスパチャの音を聞き続けていた。

 私たちの「嘘」は、ついに親戚一同を巻き込む、親族巻き込み型の特大不良債権へと進化してしまったようだった。



読んでくれてありがとうございます!


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