【第3話:シンデレラは打算で踊る。〜嘘八百の馴れ初め会議〜】
「……はぁ。見てよこれ、通知が鳴り止まないんだけど。スマホがバイブの振動で机から落ちそうよ」
築三十年、クーラーの効きが異常に悪いボロアパートの朝。
百合亜が、寝起きのボサボサ頭でスマホを突き出してきた。画面には、昨日の『伝説の営業キス』をきっかけに爆増したフォロワー数と、鳴り止まないリプライの嵐が映っている。
「いいじゃない、数字は正義よ。アンタ、昨日の夜は『純情返せ』とか泣いてたクセに、今朝はちゃっかり自撮りに『昨日は最高の思い出になりました♡』とかタグ付けて投稿してるじゃない」
私——一ノ瀬恋乃葉は、特売で買った食パンにこれでもかとマーガリンを塗りたくりながら、冷ややかにツッコミを入れた。
エゴサの結果、私たちの『ガチ百合疑惑』は、もはや疑惑を通り越して「確定事項」として界隈に定着しつつあった。
「当たり前でしょ! 鉄は熱いうちに打て、バズは燃えてるうちに薪をくべろって死んだおじいちゃんが言ってたわよ!」
「嘘おっしゃい。アンタのおじいちゃん、現役で元気にゲートボールしてるでしょ」
百合亜は「ちっ」と舌打ちをして、私の食パンの端っこを勝手にかじり取った。
文句を言いながらも、百合亜の顔はスマホの画面に釘付けになっている。そりゃそうだ。承認欲求の化身である彼女にとって、今のこの「全方位からチヤホヤされている状況」は麻薬みたいなものだろう。
「……で、恋乃葉。一つ、死活問題が発生したわ」
「なに? 今月の水道代の払い忘れ?」
「もっと深刻よ。フォロワーからの質問箱、九割がこれなの」
百合亜が読み上げた質問には、こう書かれていた。
『ご結婚(?)おめでとうございます! お二人の馴れ初めが知りたいです! どっちから告白したんですか!?』
『初対面の時のお互いの第一印象を教えてください!』
「……あー」
「どうすんのよこれ。まさか正直に『三年前のイベントで、ボサボサの安いメイド服着てフリーズしてた私を、こいつがフォロワー稼ぎのダシにするために拾いました』なんて言えないでしょ!?」
「言えないわね。私の『心優しき王子様』のブランドが崩壊するわ」
現実の私たちは、打算と見栄だけで結びついている。
あの日の出会いだって、私が「顔の良い迷子」を自分の映えの道具として利用しただけの、極めてコスパ重視の打算的な行動だった。
「だいたい、あの時のアンタのメイド服、ペラペラすぎて下着透けそうだったし。私が声かけなかったら、変なカメコに絡まれて終わってたわよ」
「うるさいわね! あの頃はまだメイクの右も左も分からなかったのよ! ……とにかく、ファンが納得するような『エモい馴れ初め』をでっち上げないと、このバズは一瞬で鎮火するわ。今夜のライブ配信までに台本が必要よ」
百合亜が、ドンッと安い折りたたみテーブルを叩いた。
確かに一理ある。ここで「運命の恋」のストーリーを提供できれば、ファンはさらに私たちを神格化し、グッズの売上は跳ね上がるだろう。
「……で、アンタの考える『エモい馴れ初め』ってなんなのよ」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました」
百合亜は立ち上がり、ボサボサの頭のまま、なぜかバレリーナのようにクルリとターンをした。(狭いから足がゴミ箱にぶつかっている)
「いい? 私はあの日のイベント会場で、人波に飲まれて絶望していた可憐なシンデレラよ。そして、転びそうになった私の手を、眩しい逆光の中で掴んでくれたのが……そう、リリ様なの!」
「……うん」
「そしてアンタは、私の涙を長い指で掬い取り、こう言ったのよ。『見つけた。僕の、ガラスの靴を落としたお姫様』……ってね! どう!? 最高にロマンチックじゃない!?」
「……」
「……」
「……ぐえぇ」
私は、思わずマーガリンまみれの食パンを吐き出しそうになった。
「な、何よその顔っ!!」
「いや、キモ……っ。キモすぎるでしょ。鳥肌通り越して蕁麻疹出るわ。なにが『僕のお姫様』よ、私の口からそんな激寒ポエムが出るわけないでしょ。前世でどんな罪を犯したらそんな台詞吐けるのよ」
「ファンはこういうのを求めてるの!! いい? 現実のアンタが『おい大丈夫か、邪魔だからどけ』って思ってたとしても、ファンにとっては『お姫様』に変換されるのよ!」
百合亜がバンバンと私の肩を叩いてくる。
「それに! あの日、私本当に靴擦れしてて足引きずってたじゃない! あれを『ガラスの靴』に置き換えれば、嘘はついてないわ!」
「百均の絆創膏貼ってたアレがガラスの靴……? アンタの脳内フィルター、どういう構造してんのよ」
私は盛大にため息をついた。
しかし、恐ろしいことに、私の頭の中の「家計簿アプリ」が、チリンと小気味良い音を立てていた。
……売れる。
この激寒シンデレラストーリー、絶対にカモ(ファン)たちが札束を握りしめて号泣するやつだ。
「……はぁ。わかったわよ。採用。その『シンデレラ設定』でいくわ」
「よっしゃ! じゃあ、もっと細かい設定詰めるわよ。アンタが私に一目惚れしたってことにするから」
「は? なんで私からなのよ。アンタが私に泣きついてきた設定にしなさいよ。私の『クールな王子様』の威厳が損なわれるでしょ」
「バカね、王子様が泥臭く一途に想ってる方が、オタクには刺さるのよ! ほら、このメモ帳に台本書き出すから、アンタも手伝いなさいよ!」
百合亜が押し付けてきたスマホのメモ帳には、すでに『奇跡の出会い♡』というタイトルで、読むに堪えないポエムがびっしりと書かれていた。
『——その日、世界はリリ様を中心に回っていた。震える私の手を引いて、彼女は甘く囁いた。「もう、離さないよ」と……』
「……ぐえぇ」
改めて文字にされると、破壊力が桁違いだ。
私は、自分たちのビジネスのために、自らの精神をゴリゴリと削りながら、そのポエムの添削を始めた。
「ここ、『離さないよ』じゃなくて、『君の居場所は、ここだよ』くらいに留めた方が、私のキャラの解釈に合ってるわ」
「あ、いいわねそれ! 採用! ちなみにその後、私が『はいっ……!』って涙ぐんで抱きついたことにするわね」
「抱きついてないでしょ、アンタあの時、私の軍服の袖で勝手に鼻水拭いてたじゃない。あの後、クリーニング代自腹を切ったんだからね」
「それは言わなくていいの!! リアルはいらないの!!」
あーだこーだと罵り合いながら、私たちは「偽りの純愛ストーリー」を錬成していく。
途中で何度か、お互いのあまりのあざとさに「おえっ」とえずきそうになりながらも、夜のライブ配信に向けて、着々と台本は完成に近づいていた。
「……よし、これで完璧ね。今夜の配信、同接(同時接続)一万人は堅いわ」
「この台本通りに喋れって言うの……? マジで寿命縮むんだけど。今月の食費、お肉多めにしてよね」
「経費で安い鶏むね肉買ってきてあげるわよ。ほら、声出しの練習! 『見つけた。僕の——』から!」
築三十年のボロアパートに、私の死にそうな声と、百合亜の楽しそうな笑い声が響く。
私たちは今日も、この薄っぺらい嘘を、最高級の純愛に加工して売りさばくのだ。
ファンのみんな、本当にごめん。君たちの推してる「神カップル」の馴れ初めは、今日の朝、マーガリンをかじりながらでっち上げたものです。
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