第95話 これはただの屍鬼なのか
「……朔様。……芙蓉は……お役……立てて……満足で……ございます」
胸から血を流し床に倒れる芙蓉様。
その死すらも老帝のためなら受け入れるというですか。芙蓉様。
その芙蓉様を見下ろしながらクツクツと笑う屍鬼の青年。
なんという妄執の塊。
なんという願望の強さ。
なんという非常な皇帝。
己の欲のためになら、何をしても許されると思っているのか。
いや、それがこのモノにとっての当たり前なのだろう。
「はぁ、炎駒。ニヤニヤして見てないで、手伝うとかしない?」
私は振り返って窓の外を見る。
そこには窓枠に腕を置いてこちらの様子を、面白そうに見ている赤麒の姿があった。
「いやいや、僕は見学者だからね」
龍脈で強化された屍鬼の討伐に手を貸してくれないと。
まぁ、わかっていたよ。
ただ言ってみただけだ。
折れてしまった刀を捨てる。
はぁ、屍鬼か。
淀んだ漆黒の目が私を捉える。
クツクツと笑う声が耳障りだ。
私は大きく跳躍し、窓のところまで移動する。
そして、窓に置いている、腕を掴む。
「え?」
それを思いっきり引っ張り込んだ。
いや、大きな白い虎が、炎駒の首根っこを咥えて、中に引き込んだのだ。
たぶん、白もイラッとしたのだと思う。
「うわっ! ちょっと酷いんじゃないかな?」
「見学なら、もっと近くでもいいと思うよ」
そう言って、炎駒の背中を押し出した。
白の太い前足も加わったので、その勢いは前のめりでバランスを崩すように屍鬼に突っ込んでいく。
「炎駒。結局貴様は何のためにこの国にいたのかわからなかったな」
屍鬼は向かってくる炎駒に手刀を突き出す。芙蓉様と同じように胸を貫くつもりなのだろう。
この状況に、周りの者たちの叫声が響き渡る。
この国に長年存在する麒麟を失うわけにはいかないと、動き出した。
だが、屍鬼の手刀を炎駒は片手で止めた。
「僕は、この国のために、ここに存在しているんだよ。それは初めて会ったときに言ったはずだよね。朔」
流石、姿が変わっても渾敦というところか、私の刀が刺さらなかった屍鬼の腕を簡単に捻り上げ、右腕をねじ切った。
「さて、そのような昔のことは記憶にはない」
だけど、平然と答える屍鬼。
その背には刀を奮う武官たちがいるも、やはり、傷を負わせることはなく、刀が折れて破片が飛び散っている。
そして、屍鬼の胸から槍の穂先が突き出していた。
「王離。よく、それを持ち歩いていたね」
私が以前渡していた退魔の槍だ。
やっぱり、おっさんにはそれなりに才能があるようだ。
「琅宋」
私は名を呼び、仙嚢から一振りの刀を投げ渡す。
悪龍を倒したという霍家所有の退魔の武器だ。
「私では大きすぎて扱えない武器だから、貸してあげる。それ借り物だからね」
そう言っている間に、屍鬼は左腕を振るい背後にいた者たちを吹き飛ばしていた。
悲鳴を上げ、壁に叩きつけられる武官たち。
王離はなんとか持ちこたえるも、槍の穂先は折れていた。
「おっさん、部下たちをこの部屋から退避させて」
口から血を吐いている王離は、ここまでだね。
「それじゃ、僕も……」
「炎駒には、聞きたいことがあるから、足止めぐらいしてほしいね」
私は、赤い石を部屋の端に向かって4つ投げる。線で繋げば四角になるようにだ。
「ここより誰の出入りも禁じる『焔転の結界』」
床に火が立ち上り、四角く私たちを囲って行く。
「ちょっと僕は関係ないよね!」
炎駒が結界から出ていこうとするのを白が前方を塞いで阻止した。
今まで放置し続けたつけを炎駒には払ってもらいたいね。
「面白いのが好きなんだよね。これも面白いんじゃない?」
結界の外で、オッサンが武官たちを引きずって部屋の外に出しているのを確認しながら言う。
そして、屍鬼にむかって手に持っているものを指で弾く。
それを左手で弾く屍鬼。
「芽吹し蔦蔓よ。伸暢し、かのモノを捕縛せよ。緑縛!」
弾いたものから伸びる緑色の蔦が、屍鬼を絡め取っていく。
間隔を置くことなく、琅宋が刀を振り上げる。
屍鬼の首をとらえるも、屍鬼は右手に掴んだ剣で受け止めていた。
「え? 右腕が生えている!」
「あ、くっつけていたよ」
炎駒がくっつけていたというけれど、屍鬼の右腕は炎駒がねじ切って持っていたはずだ。
「攻撃してきた武官の腕だね」
……まさか!背後から攻撃してきた武官の一人の腕を剣ごともぎ取ったということ!
なんてめちゃくちゃな屍鬼だ。
そして捕縛したはずの蔦を剣で斬り刻んで、自由になっていた。
……これはもう屍鬼という部類ではないだろう。
厲鬼若しくは猙獰鬼と言っていいかもしれない。
強い執念を持つ鬼である厲鬼。
悪鬼である猙獰鬼。
どちらにしろ、かなり厄介な鬼であることには変わりない。




