第93話 欲
「それは別件。そっちに手を出すと炎駒が出てくることになると思うから勘弁して」
私は渾敦と、ことを構えることはしたくない。
あれが、遊んでいるうちは関わらないほうがいい。
「私への依頼は後宮に起こっている問題を解決すること」
私は手を振って、饕餮のことには関わらないと口にする。そう、後宮に起こっている問題を解決することが、私への依頼なのだ。
でもまぁ、それは建前だったのだろうけど。
「それで、いかがされますか? 私は、この屍鬼を消滅させることを提案いたします。芙蓉様」
私は部屋の入口のほうに向かって言う。
すると、ここにいる者たちの視線が一斉に私の視線の先に向けられた。
そこには白髪の女性が私を睨みつけるように立っている。顔を半分団扇で隠し、鋭い視線を向けている。
やはり、来られましたか。
普通であれば、皇帝の居住区に芙蓉様が来られることはないと思うのだけど。
そう、皆の表情がそれを物語っている。
なぜ太皇太后がここにいるのだという驚きの表情だ。
「黎明、その方を棺からお出ししなさい」
「確かにご依頼は芙蓉様からでしたが、私の今の立場は退魔師なので、お断りいたします」
私の最終的な目的は仙になること、だから、一人の個人の願いではなく、何に大義があるのかが重要なのだ。
「姉と同じようなことを言うのですね」
そして、皇帝の私室にも関わらず、本人の許可を得ずに入ってくる芙蓉様。
「その棺の蓋を開けなさい」
今度は私に命令をしてきた。
だけど、私は重しとしての役割を今は放棄するつもりはない。
「母に仙の素質があったように霍家は術師の家系ですよね。芙蓉様にも素質があったとは、聞いていませんでした」
「黎明!そこをおどきなさい!」
「芙蓉様、私を呼び寄せた理由は、母をここに呼び寄せた理由と同じですか?」
私は木棺の中身を人質にするように、その上に陣取って質問をする。
そう、元々のことの始まりを聞いたのだ。
「それを聞いてどうするのです。普通では手に入らない仙桃を琅景に与えるために、死の呪いを振りまいたといいたいのですか?」
「私は芙蓉様ではないので、そこの真偽はわかりません。ただ、利用したのではというのが私の意見ですね」
「利用?」
二十年前の妃と皇子が病にかかり、死んでいった事件。
これを引き起こした目的が一つである必要はどこにもない。
全ては当時の皇帝の意だったのだから。
老帝の願いである不老不死の実験素材の確保と、仙になりえる霍家の血筋の皇子。
ただ、霍家の血筋の皇子の問題は、成長するに従って、己の内にある力に肉体が耐えきれなくなるということだ。
「元は高家と先々代皇帝の思惑に、芙蓉様が別の意図をもって利用した」
ここで問題になるのが、芙蓉様がおられる場所が、後宮ということ。
誰もが立ち入れるところでもなく、物を持ち込むにも一定の審査があるだろう。
私は激甘な父のおかげで、仙桃を持っているけど、普通は仙界から持ち出すのも一苦労だと聞く。
だから息子の皇子を助けるために仙桃が欲しいと母に持ってこさせ、後宮に入れる理由を作ったとしたら?
そして今回は仙桃を食するのを拒んでいる琅宋に食べさせるための茶番だったとしたら?
そう、芙蓉様は私が琅宋に仙桃を食べさせてしまったと謝罪をしたときに、異様に喜んだのだ。
皇帝の長命を喜んだのだと私は思ったのだけど、ここにきてそうではなかったと理解した。
老帝の肉体である琅宋が仙桃を受け入れたと。
いや、そもそも母が霍将軍の血を受け継ぐ者には仙桃を与えていたというのに、芙蓉様の血を受け継ぐ者に仙桃を与えたのは、先代皇帝のみだった。
そう琅宋は含まれていなかったのだ。
きっと母は妹である芙蓉様の思惑を知っていたのではないのか。
全ては老帝の意のままに動いていると。
「そうですね。確証はないのですが、私の祖父であり芙蓉様の父親が、この件に絡んでいるのではないのですか?」
「確証がないものを口にすべきではありません!」
芙蓉様は慌てて話すなという。
肯定も否定もしなかった。
だけど、その芙蓉様の態度に確信する。
「そうでしょうか?仙となった母。皇帝の皇妃となった芙蓉様。そう仕向けることができたのは一人だけですよね?」
先々代皇帝に霍家の皇妃を迎えるように言ったのは、当時の霍家の当主だったと。
こうなると母は知っていたのではないのかという疑問が浮かぶ。
いや、そうなると母は仙と成り得なかっただろう。
このことが善となるか悪となるかは、言うまでもない。
全ては当時の霍家の当主が画策したこと。
己の長命という欲を満たすために、皇帝を利用した策。
母を仙人になるために修行させ、芙蓉様を皇帝に差し出すことで、欲を満たそうとした。皇帝すらも利用しようと……というのが、私が行き着いた考えなのだけど。
これは鬼籍に入っている祖父しか知らないことだろう。
いや、皇帝はそれを見越した上で、霍家当主の欲すらも利用しようとしたのかもしれない。




