第88話 怖いのだ
力なく倒れる琅宋を慌てて支える王離。
「我が主! ……黎明! 主は!」
「おっさん、声が大きい。近所迷惑だよ」
私は飛んでいる梟鳥をツタでぐるぐる巻きにしているところなので、二人にかまっている暇はないのだ。
よし! これで逃げられないだろう。
「白。要望どおりに汁物にしてあげてよ」
そう言って、ツタで巻いた梟鳥を白に差し出す。
『ギャァァァ! ギャァァァ!』
叫んでうるさいので、ツタの端を持ってブンブンと振り回して黙らせておく。
「味付けは、何がいいんだ?」
「臭そうだから香草と煮たら良いんじゃない?」
「巾羹か?」
「え? セリは好きじゃないな」
「苦羹か?」
「それ苦いやつじゃない」
「蓬羹でいいか?」
「よもぎかぁ。季節的にもいいかもね」
「取り敢えず羽をむしるか」
作る料理が決まったところで、白に梟鳥を引き渡す。
「ちょっと待っていただきたい、霊獣様!」
そこに王離が止めに入ってきた。
琅宋はというと、頭を押さえて自力で立っているので、意識は戻っているらしい。
「その中にいる御方は、どなたでございますか!」
流石に王離も気づいたらしい。琅宋の護衛をしているということは、おそらくその人物を直接知る立場だろうからね。
「俺は知らん。黎明に聞け」
「……黎明……その御方は……」
「それは本人に聞かないとわからないね」
「なんと!」
予想はしているけど、これは私が思っているだけで、証拠はない。なので本人から証言が一番有用なのだ。
だけど、梟鳥の中に取り込まれてしまったので、言葉を話せるかは微妙なところだね。
鳥だからね。
「でもまぁ、琅宋が普段よく使う部屋に行けばわかるかもしれない。特に琅宋が皇帝になるときに建て替えた建物とかね」
「紫辰殿が老朽化のため建て替えられておりますな」
当たり前のように言われても、何の建物かわからないのだけど?
「はぁ、どこかわからないけど、多分そこに何かあると思う」
「では今からそちらにまいることに……」
「はぁ? 私は今から寝るのだけど?」
おっさんが私を何処かに連行しようとしたので、話をぶった切る。
今日はたくさん働いたので寝る。それもタダ働き。これは明日の昼間で寝るしかない。
「霍道士の休所は用意しておる」
これは私が後宮の調査をすると言ったから、用意しているのだと言われているのだろうか。
しかし! 私はここでゆっくりと気兼ねなく寝たい。
「却下。私はここで寝る」
「だったら、俺もここで休む」
「は? 何を言っているわけ?琅宋」
琅宋がおかしなことを口にした。皇帝がこんなボロ家にいることも不可解なのに、こんなところで休むとかありえない。
「帰って」
「怖いのだ」
私がイラッとした感じで追い返そうとすると、琅宋がポソリと言った。
人前で弱味を見せるのが許されない皇帝が『怖い』と口にしたのだ。
「何が怖いって?」
だけど私は敢えて聞く。何が恐ろしいのかと。
「父上が亡くなってからだ。何かがおかしいと感じ始めた」
先代の皇帝の死。確か風邪をこじらせたという話だったよね。これも疑わしい話なのだけど。
「それが、半年前からその感覚が顕著になってきた。何がおかしいとはわからない。だが、少しずつおかしなことが起こり始めた」
半年前……これは政頼という武官が死んだ前後というところだね。
「最初は時々記憶が飛ぶことだった。俺には記憶にないことを、部下たちがあたかも俺が指示したかのように言った。現に王離もそのことに同意していたのだ」
記憶障害か。これはかなり重症だと思うけど? 本人は気づかないから周りとの齟齬で困惑したというぐらいかな?
「すると、今度は後宮で死者が増えていった。調べさせたものには何も影響はなく、女官や下女、妃までしか被害が及ばなかった」
宦官には影響がなかったということだね。
私は原因を殭屍だと決めつけていたけど、あの地下の惨状を見るに、別の要因があったと思われる。
そう、おそらく外法で作られた猫の頭を持つ女性。猫鬼。
武官の屋敷を仙界の霊水で洗い流して以降、被害者はでていないはずだ。
あの後に被害者が出たとは聞いていないからね。
被害者が絞られた理由は、まぁ理解できる。
宦官は皇帝の側近の役割も担っているので、おいそれと排除できなかったのだろう。
「黎明に会ったとき、実は河北山に住むという仙人に会いに行っていたのだ。皇城で起きていることをなんとかできないだろうかと」
「え? なんとか和尚に頼めば良かったのでは?」
そんな遠くに行くよりも、誰もが名を出す……えーっと……恵果和尚だ! その人物に頼めばよかったはず。
「人の口には戸は立てられない。それなら、会えるかどうかわからない仙人を訪ねたほうが良かったのだ」
あ、皇城内で問題が起きていることを、人々に知られるわけにはいかなかったということだね。
しかし河北山には仙人は住んでいないはずだけど、いったい誰からそんな偽情報を掴まされたのだろう?
そっちのほうが、私は問題だと思ったのでした。




