第87話 不孝の鳥
「はぁ~」
私と不審者の間に挟まれた白が、背後から這い出てきて、大きくため息を吐きながら土間に降り立った。
「おい、無言じゃ何もわからないぞ」
白が無言を通している琅宋に声をかける。
そして外にいるおっさんも無言を通して何も説明がない。
これってどういう状況?
「俺が俺でない感じがする」
長い無言のあとにやっと話したと思えば、なんとなく予想していた答えが返ってきた。
だが、当分の間は出てこないと判断したんじゃないのかと文句を言いたいところだ。
だけど、これは私が謝らないといけないことだろう。
「琅宋。ごめん、多分琅宋の守りを解いてしまったのは私だ」
原因は私が良いであろうと思ってやってしまったことだ。
って、力がだんだん強くなっていない? ちょっと苦しいのだけど?
「琅宋には母親の守りが掛けられていたと思う。いろんな呪が絡まっていてわからないのだけど、きっかけは殭屍の消滅だ」
皇帝の名を出せば、話ができると思っていた私の甘さが招いたこと。
皇帝に己がなにかしていると知られてしまった。だから解除した。
次代の皇帝になる者に呪を掛けるとは、どういう了見だと受け取ったのだろう。
きっと高皇妃は琅宋が皇帝に立っていると知らないと思われる。
何故なら、皇帝からの贈り物に対して覚えてもらえていたと喜んでいたからだ。
「恐らく正確には殭屍ではなく屍鬼の一種だと思う」
これ以上は私の予想なので、口にはださない。ただきっかけは、高皇妃の意志を持った鬼が術を解呪したことだ。
「この状況を解決するには、琅宋の呪を全部解除するのがいいのだけど……呪の媒体を探さないといけないんだよね。でさぁ、おっさんに探すように言っていたはずなのだけど見つかったの?」
「我はそういうことには疎い故、わからなかったというのが現状である」
「使えない護衛だね」
私は外にいる王離に責任を押し付ける。琅宋が住まう場所の何処かにあるはずだから探すように言っていたのだ。
探せない王離が悪い。
で、私はいつまで背後から捕獲されていなければならないのだろう? お腹の虫がぐーぐーと鳴り始めたのだけど?
人の姿になった白が、途中で狩ってきた山鳥を焼き始めて匂いがしだしたからなのだけどね。
三羽ほど狩って下処理済みだ。寄り道をしていたから遅くなったのもある。
食費にはお金は掛けられないからね。
これで三日はしのげる。
「ちょっとさぁ、ご飯を食べていい?」
いい匂いがしだして、お腹が実は空いていたんだぜと、うるさくなってきた。
すると、やっと解放されたので、ふらふらと白のところに行けば、皿の上に大きな饅頭と鳥の足がドドンと乗ったものが差し出される。
「ごちそう! いただきまーす!」
「ここで食べるな。床の上に上がって食べろ」
「ふぁーい!」
饅頭を咥えながら、一段高くなった床の上に座る。
まだあたたかい饅頭と共に、少し筋張った鳥の足に齧り付いた。
美味しい! 塩味しかついていないけど。
「ふん。そんな粗末なものが美味いのか?」
私がご機嫌で食べていると、淀んだ目で見下ろしてくる琅宋が私の前に立っていた。
これは……思っていたより状態は悪いということか。
「美味しいね。ねぇ、聞きたいのだけど、高美人を殺したのは誰?」
「余だと答えれば満足か?」
「うーん? 多分貴方は傍観者だったかな?」
この人物は知っていると思うんだよね。
でも関わろうとは思わなかったというところかなぁ。
この人にとって高美人の死は大した意味を持たないからだ。
するとカッカッカッカッという笑い声が聞こえてきた。
「余は誰だ?」
「さぁ? 私は名を知らない」
「知らぬか」
「そう、私は知らない」
おっさんが琅宋の背後で、パクパクと口を開けているけど、黙っていろと視線を送る。
やはりこっちを先に始末をつけたほうがいいか。
そう考えながら、鶏肉に齧り付く。
「余の前でこうも堂々といるとは無礼を通り越して、いっそ清々しいものだと称賛に値するものである」
「だって、誰だか知らないもの」
「カッカッカッ! そうであるな! だが、余はお前を知っておる。お前は……」
「山鳥を食べる? さっき狩ってきたばかりだから新鮮だよ?」
私はそれ以上言わせないように、仙嚢からまだ下処理をしていない山鳥を取り出して琅宋に差し出した。
おっさんが琅宋の背後で首を横に大きく振っているが、だから黙っていてよ!
「おお! これは梟鳥であるか! では、もうすぐ夏至であるか!」
梟鳥とは不吉の鳥や不孝の鳥と言われ、夏至に食べる風習があると聞いている。
因みに私が食べているのは普通の雉だ。
すると琅宋は私が持ってる鳥を奪うように取り、後ろを振り返った。
「そこの者、これを料理するように伝えよ。梟の羹がよい」
「はっ!」
王族に仕えているおっさんは、中身が誰ともわからない者の言葉に『是』と答えるしかない。
私は背後を向いた琅宋の背に札を貼る。
邪を払う札だ。
「酉は積陽である。火は陽精のものであり燃え上がる」
白が使っていたかまどに残っている火がバチッと燃え上がる。
「|酉は火気を受けて生まれた動物なり」
琅宋が手にもっている梟鳥が、息を吹き替えしたかのように鳴き声をあげた。
『ギャァァァ!』
威嚇の鳴き声だ。
「陰の気をまとう死霊よ。その身体から離れよ!」
陽の気に当てられて琅宋の身体から、半透明なモノが出てきた。
「親食らいの梟鳥よ!その死霊を喰らえ!」
大きく翼を広げた梟鳥は、その大きさには不釣り合いな小さなくちばしを開けて、琅宋から出てきた半透明なモノを取り込んでいったのだった。




