第79話 宮の主に会いに行こうか
私は芙蓉様に新たに通行の許可の札を出してもらい、とある場所にきていた。
「暗いと余計に異様に見えてくる」
「半分以上は黎明のせいだからな」
私のせいと言われれば、そうだと言わざる得ない。
空には月が昇り、周りが暗闇に満ちている。サワサワと揺れるツタに覆われた建物の姿は、何処かの朽ち果ては建物に見えなくもない。
そう、殭屍が主としている永寿宮の前にいる。
先に玄武門のほうに行こうと思っていた。だけど、そのまま地下に落ちてしまったら、戻ってくるのに日数単位で時間がかかりそうなので、先にこっちを済ませておこうと思った。
嘘かどうかは知らないけど、炎駒が機嫌が良ければ話せると言っていたからだ。
「はぁ〜」
大きく息を吐き出す。
永寿宮の門に出口の札は貼った。いざとなれば、これを使って出る。
あと、芙蓉様の権限で宦官の護衛に永寿宮の周りには近づかないようにしてほしいと命令を出してもらっている。
それから、絶対に札は剥がさないようにと。
「白。行こうか。手に負えないようなら撤退だからね」
「わかっている」
私は女官の格好をして、肩に白い猫をくっつけて、永寿宮の建物の扉を開いた。
甘い香りの匂いが鼻につく。
外からは明かりが漏れ出ていなかったのに、中は煌々と明かりがともされていた。
その明かりに鮮やかな緑色の柱が映し出され、この場が以前来たところと同じだとわからされた。
「おや? どこの使いの女官?」
そこに以前も迎えに出てきた美しい女性が突然現れたかのように存在している。
どう見ても血が通っていない青白い肌。そして生気のない目。
だけど、人と同じように話している。
そもそも、それがおかしいのだ。
殭屍は死体を道士の術によって動かされているだけにすぎない。
死体は話さない。
だけど、目の前の殭屍はまるで意思があるように言葉を話しているのだ。
「私は皇帝陛下の使いでございます」
「まぁ!陛下の!」
私は礼の姿をとって皇帝の使いだと言う。これば別に嘘ではない。
そして殭屍の女性はいきなりテンションが上がった。
その女性に向って、香木を載せた盆を差し出す。
これは芙蓉様に用意してもらったもの。
この宮に来たときに異様に鼻につく甘い香りの匂いが気になった。だから、芙蓉様に凄く甘ったるい香を好んだ妃はいたのかと、記憶にある匂いと同じ香を用意してもらったのだ。
そしてこれを皇帝陛下からと言って殭屍の女性の機嫌をとろうという作戦なのだ。
「これを高皇妃にと」
「まぁ!陛下は覚えてくれていたのですね」
そう、甘ったるい香を好む妃として名がでてきたのが、高皇妃。琅宋の母親だ。
だけど、何故琅宋は殭屍の女性に母親の影を見なかったのかなという疑問が湧き出てきた。
『皇子は幼少期に母親から離されますからね。会っても年に一度です。それも母親と言いましても皇帝と接するときと同じ距離が求められます。顔など覚えていないでしょう』
芙蓉様のこの言葉に、謎が解けた。何故、琅宋の中の母親が、子供に接するときの母親の姿なのかと。
そもそもまともに母親と接していたのが幼少期のみだったからだ。
そして、母親である殭屍の女性が息子である琅宋を皇帝と呼んだことは……。
『琅景と琅宋は親子ですからね。それは似ているでしょう』
と芙蓉様から当たり前のことを言われてしまった。
それを太皇太后である芙蓉様に言われてしまえば、そうなのだろうと納得するしかない。
私の目の前でふらふらと盆の上にある香木を見ている女性が高美人ではなく、六年前に亡くなったとされている高皇妃ということだ。
確か事故に遭い死体はでてこなかったと王離が言っていた。
そう、死体は私の目の前にあるからだ。
「高皇妃様。皇帝陛下からのお言葉がございます」
「拝聴いたしましょう」
本当に死体なのかと思うほど流暢に言葉を話し、私の言葉にも対応する。
本当にこれは殭屍と呼んでいいのだろうか。
「『何を仕掛けた』と」
これは答えが返ってくるかわからない。
でも、高家が何かをしていたというのであれば、高皇妃はそれがなにかと知っているはずだからだ。
高美人の死。その前に助けを求めてきたということは、後宮内にいる人物から命を狙われていたということだ。
ならば、一番可能性が高いのは高皇妃。当時は皇太子妃だった目の前の人物だ。
私はこっそりと視線を上げて、目の前の殭屍の様子を窺う。
うわぁ〜生気の無い目が黒く淀んでいる。
なにこれ。もしかして、言ってはいけないことを言ってしまったのかなぁ?




