第73話 知っているよ
私はあれから無言で家に戻ってきた。
何もする気になれず、板の床に寝転がっている。
「黎明。飯ができたぞ」
白が寝転がっている私の横に、帰り際に買った饅頭と謎の肉と野菜の汁をだしてきた。
肉を買った覚えはないのだけど。
確認をするために視線を上げれば、呆れたような金色の目とあった。
白髪の青年だ。
そう、見た目に騙されてはいけないのだ。
両手を上げて起こすように促す。
「どれだけズボラなんだ?」
口では文句を言いながらでも、私を抱き起こしてくれる白。
その首に掴まり、そのまま力を込めた。
「おい」
「白。どう選択しても、私は今まで得たものを無くしてしまう。どうしたらいい?」
「どうした? 突然に?」
私がなんの前触れもなく泣き言を言い出したので、白は戸惑っているらしい。
そのまま膝の上に抱えてくれた。
子どものときみたいに。
そして私は白の耳元でつぶやく。
「渾敦は炎駒だ。そうだよね?」
以前から違和感はあった。なぜ琅宋をあのまま放置しているのだろうという違和感だ。
そして、何代も皇帝を主と認めなくなった炎駒。
「気づいてしまったのか」
そう、白は初めから知っていたのだ。
炎駒のことを嫌っていた。そして永楽という偽名を持つ渾敦も嫌っていた。
「知っていたのなら……」
違う。これは白に当たることじゃない。
白は母がつけてくれた護衛だ。
私の退魔師としての仕事を手伝うためにいるのではない。
「ごめん。混乱している。白に八つ当たりしたいわけじゃない」
これは私が未熟だからだ。
父であるなら、こんな迷いもなく解決するすべを思いつくのだろう。
「黎明の意見を聞いてやろう。話してみるといい」
いつも通りの白にだんだんと落ち着いてきた。
「まだどうするかはわからないけど、渾敦を討つ。ということはこの国から麒麟を奪うことになる。そうすれば、私は麒麟を殺した悪だ」
麒麟は絶対的正義なのだ。
人々にとって麒麟の存在が国を安寧に導いてくれると思っている。
そんな麒麟を殺せば、人々の悪意は私に向くだろう。
そして麒麟を失った国だと諸外国に知られれば、攻められる可能性がある。戦乱の時代に逆戻りだ。
いや、小競り合いがないわけじゃないのは知っている。だけど、それ以上の大きな戦いを生み出す可能性があるのだ。
「それを恐れて、麒麟を放置する。これは渾敦の思うつぼで、饕餮をこの国に放ち、琅宋で何かを行い、この国をまさに混沌に陥れることになる。どちらを選択しても、私は『善』を失うことになる」
悪行を行えば今まで溜めた『善』は無に帰し、私に仙界の扉が開かれることはない。
私は欲に囚われている。
だから、今まで溜めた『善』を失うことを恐れているのだ。
「怖い。仙界に帰れなくなることが怖い。このままずっと地に縛られなくてはいけないの?」
視界が歪み、頬に涙が伝う。
この地界は優しくない。
とてもとても理不尽だ。
あの優しい世界に帰りたい。
「どうして、私はここにいなければならないのだろう」
ぐずぐずと嗚咽が漏れる。
三年だ。三年頑張った。なのに、今回も仙界の扉が開くことがなかった。
そして、ここに来て何を選択しても私は『善』を失ってしまう。
「帰りたい。帰りたいよぅ。白」
ぐずぐずと泣く。
「はぁ。黎明。俺はただの護衛だ。だから言えるのは一つだ」
白は幼子のように私の頭を撫ぜながら言う。
わかっている。私の護衛の白は私を父のところに連れて行くことも駄目なことぐらい。
「切り抜ける道はある。だから泣かずにしっかりと見ろ」
いつもは私に甘い白が、私の頬を拭いながら私自信で解決するように言ってきた。
「ヒント」
「馬鹿。それは黎明が見つけるんだ」
「いじわる」
「俺は窮奇だからな」
「知っている。白が優しいことも」
「ほら、泣き止んだのなら飯を食え。それでさっさと寝ろ」
白は窮奇だ。恐ろしい四凶だ。
だけど、今は違うと私は知っている。
生まれたときから白は私の家族なのだからね。
照れるとそっぽを向いて、白くて長い尻尾がゆらゆらと揺れることもだ。




