094.祖母からの知らせ
「お、おお……プリシラ。プリシラ、良かった!」
「本当に助かったのね!」
男爵夫妻が泣きながら歓喜の声をあげ、目覚めたプリシラに抱きつくようにした。
「二人ともどうして泣いてるの? え、包帯?」
訳がわからない様子で目を白黒させたプリシラは、自身の身体を見てぎょっとした。言葉にならないようで、口をパクパクさせるばかりだった。
「無事に目覚めて良かったわ。私はあなたが馬車に轢かれたとお父様からお聞きして、治療に来たの。ご両親の呼びかけと、薔薇の精があなたを救ったのよ」
「馬車……あ! 明日、王宮に付けていくリボンを買おうと思って、表通りのお店に行こうとしたら転んでしまって……そこに馬が暴走した馬車が……」
アナベルが話しかけると、プリシラは自身を襲った災難を思い出したようだ。
「アナベルが助けてくれたのですね」
感謝の眼差しを向けられるも、軽く首を横に振る。
「あなたが今そうして元気でいられるのは、ご両親の必死の呼びかけと、薔薇の精霊のおかげよ。私は少し手助けをしただけ」
「違います! あなたの魔法がなければ、私たちは絶対に娘を失っていました。感謝します。本当に感謝します。お礼はなんなりと申してください!」
レイン男爵に思いきり頭を下げられる。その隣では夫人も同じようにしていた。
「親友を助けるなど当然のことですし……明日、第一王妃様に会わせてくださるわけですから、それで充分です。他は何もいりません」
「いくらプリシラが心酔する魔法使いだからと、素性を隠した者を第一王妃様の御前に連れて行くのは正直、気が進みませんでした。ですがあなたのためなら、どんなことでも喜んで協力させていただきます!」
真率な目に見つめられるアナベルは、男爵の言葉に相手の都合をもっと考慮すべきだったと後悔した。
「すみません。娘さんに無茶なお願いをしてしまって……。その日に、自己紹介すれば良いだろうと簡単に考えていました。あいさつに伺って事情をお話しすべきでした」
アナベルは必ず王妃の心を掴む自信があるので、プリシラ一家に迷惑をかけることはないと思っていた。
が、男爵夫妻はアナベルと面識がないのだ。彼からすれば、アナベルの依頼は不審なものでしかない。心配するのは当然のことである。
「謝る必要などありません。娘を救っていただいた素晴らしい魔法を拝見して、不安は消えました。どうか王妃様の御心も救って差し上げてください。よろしくお願いします」
「そう言っていただけると、助かります。あなた方一家を困らせるようなことは絶対にしないと誓います」
レイン男爵の差し出してきた右手を、アナベルはしっかり握って約束した。
「うそ。これが私のリボン? なんてかわいそう……無残な姿に……」
悲しみに打ちひしがれるプリシラの声だった。
視線を向けると、寝台に身を起こしたプリシラが、ボロ布のようになったリボンを手に嘆いていた。
「リボン、リボンと……あなたは自分の命とリボン、どちらが大切なの? 命が助かったのだから、それでよしと思いなさい。それより、本当に起きて大丈夫なの?」
少しあきれ顔の夫人に諫められつつ、軽く肩を撫でられている。
「どこも具合の悪いところなんてないもの。大丈夫だから、このまま家にも帰れると思う……」
ぼろぼろのリボンに肩を落とすプリシラだったが、夫人を見て安心させるように笑った。
「完全治癒の魔法が効いたから、調子の悪いところはないと思うわ。家に戻っても大丈夫よ。そのリボンを付けて一緒に王宮に行きましょう。 『全属性よ、集え! 復元。復元』」
アナベルが哀れなぼろ布と化したリボンに手を触れると、瞬時に、白いレースと光沢ある桃色生地で作られた、愛らしいリボンとして元の姿に戻った。
「きゃあ! アナベルすごい、すごいです。ありがとうございます!」
自身が助かったことよりも、リボンが復元されたほうが喜びの度合いが大きいように見えるが……気のせいと思うことにしよう。
表情がキラキラと輝いているプリシラにちょっぴり苦笑して、アナベルは暇を告げ移動魔法を使おうとした。
「それでは私はこれで……」
「待ってください、アナベル」
「なに、プリシラ?」
呼び止められて魔法を使うのをやめると、姿勢を正したプリシラが、思わぬ静謐で真剣な目をしてアナベルをまっすぐに見ていた。
「私、目が覚めるまで、とても素晴らしい薔薇園にいたのです。そこは果てが見えないほど広くて、咲いている薔薇はみんな美しい子ばかりでした」
静かな口調で語るプリシラに、アナベルはその内容に聞き入った。
「ずっとそこにいて、薔薇たちのお世話をしたいと思いました。だけど、そこにいてはいけないと、どこかからお父様とお母様の声が聞こえて……振り返ると、アナベルが立っていたのです」
「私?」
プリシラに呼びかけたのは男爵夫妻なのだから、そこに登場するのは自分ではないはずだが……。
少し納得できなくて首を傾げるアナベルに、プリシラはにっこりと笑った。
「アナベルは、私が今育てている子を抱いていました。この子に会いに戻ってきてと言われて、絶対咲かせなきゃと思ったら、目が覚めたのです。あの子を、なんとしてもアナベルにお捧げします。助けてくださり、本当にありがとうございました。あなたは私の生涯の主です!」
シーツに触れるほど深く深く丁寧に頭を下げたプリシラに、アナベルは大いに慌てた。
「そ、そこまで大げさに言わなくていいから! プリシラを助けたのはご両親の愛情と、あなたを守護する薔薇の精霊たちよ。私は、ちょっとしたお手伝いをしただけなのだから……」
焦って頭を上げさせるアナベルだったが、男爵夫妻のほうは、それがいいそれがいい、とプリシラの言葉を後押しした。
とんでもない事態に、アナベルは余計に焦る。
「ご両親も何をおっしゃっているのですか。プリシラは友人でいてくれるだけで充分です。私に仕えるなど、そんなことはしなくていいのです!」
「あのような素晴らしい魔法は、もし、王宮魔法使いをこの場に呼ぶ事が出来ていたとしても、かけていただけなかったと思います。それを、何の対価も要求せず惜しげなく使ってくださったあなたに、娘だけでなく私たち皆がお仕えするのは、当然のことかと……」
レイン男爵から尊敬のまなざしを向けられて、苦笑いしか出ない。
「第一王妃様の謁見にお供させてくださることが対価でいいですから……仕えるというのはなしで……おばあちゃま?」
唐突に、祖母からアナベルの意識に声が届いた。
『おかしな男がおまえを出せと押しかけてきている。今は帰ってこないように……』
「おかしな男? おばあちゃまは大丈夫……」
『すぐに帰ってこなければ、この老婆は殺す。マーヴェリット公爵に助けを求めても、同じく殺す。誰にも告げず、大人しく一人で戻ってこい。私を待たせるな』
祖母に安否を問う最中、冷酷な声が割り込んでくる。
聞き覚えのあるその声に、アナベルは眉を跳ね上げた。
「あなた、グレアム・ターナーね! おばあちゃまを少しでも傷つけたら、蛙よりも悲惨な魔法をかけるわよ。絶対に許さないから!」
グレアムの気配に向けて怒鳴り返し、アナベルはプリシラと男爵夫妻を見た。
「明日は王宮前広場にて待っています」
「ああ、朝の十時に……それより、何か問題が起こっているようだが、大丈夫なのかい?」
心配そうに自分を見ている三人に、アナベルは安心させるよう力強く頷いた。
「明日までには必ず解決してみせます。それでは……」
『アナベル。わしは大丈夫じゃから、急いで戻らずとも良い……』
『老女よ。いらぬ通信をするな!』
再び祖母から連絡が来るが、今回もグレアムの声が割って入って邪魔をする。
「あなたこそ、おばあちゃまに命令しないで!」
アナベルはグレアムには厳しく一喝し、プリシラ一家には一礼するとその場を後にした。




