第82話「迅牙の目的」
森には、戦いの余韻が残っていた。
地面には無数の傷跡。
折れた木。
飛び散った水。
そして、迅牙の刀が地面に落ちている。
蒼真は風影刀を構えたまま、迅牙を見据えていた。
蓮司、凛、レイも警戒を解かない。
「夜叉衆として、何をしに来た?」
迅牙は答えない。
「……」
蒼真が一歩近づく。
「俺たちを倒すためか?」
「違う」
迅牙がようやく口を開いた。
「なら、何のために来た?」
迅牙は蒼真を見る。
「確認だ」
「確認?」
「お前たちが、どこまで成長したのか」
蓮司が眉をひそめる。
「俺たちの修行を見に来ただけってのか?」
「それだけなら、俺はここまで戦わない」
迅牙は落ちた刀へ視線を向けた。
「俺が命じられたのは、お前たちの実力を確かめることだ」
「誰に?」
迅牙は少し黙った。
「……夜叉衆の上層部だ」
凛が反応する。
「上層部が、私たちを?」
「ああ」
迅牙が続ける。
「北東村での一件以降、お前たちは夜叉衆にとって無視できない存在になった」
蒼真が刀を握る。
「風影刀があるからか?」
「それだけじゃない」
迅牙が蒼真を見る。
「お前自身だ」
「俺が?」
「風を読む能力」
迅牙は蒼真の足元を見る。
「戦いの中で、お前は俺の雷遁による動きまで読み始めた」
レイが口を開く。
「それが理由?」
「一つの理由だ」
迅牙が答える。
「もう一つある」
森の風が吹く。
葉が揺れた。
迅牙はその風を感じるように目を細めた。
「風影刀だ」
蒼真の表情が変わる。
「やっぱり……」
「夜叉衆は、あの刀を警戒している」
「なぜ?」
迅牙は答えない。
蓮司が一歩前へ出る。
「ここまで来たんだ。いい加減話せよ」
迅牙が蓮司を見る。
「俺が知っているのは一部だけだ」
「一部?」
「風影刀について、夜叉衆の中でも意見が分かれている」
凛が聞く。
「意見が?」
「ああ」
迅牙はゆっくり立ち上がった。
「破壊すべきだという者」
「……」
「監視すべきだという者」
そして蒼真を見る。
「利用できると考えている者もいる」
蒼真の表情が険しくなる。
「利用するって……何に?」
「それは知らない」
迅牙が首を振る。
「ただ、一つだけ確かなことがある」
「何だ?」
「お前が風影刀を持っている限り、夜叉衆はお前を放っておかない」
沈黙が落ちた。
凛が小さく呟く。
「また狙われる……」
「そうなるだろうな」
迅牙が答える。
蓮司が拳を握る。
「だったら、また来たら倒すだけだ」
「簡単に言うな」
迅牙が蓮司を見る。
「俺より強い忍は、夜叉衆にまだいる」
蒼真が聞く。
「四刃衆か?」
迅牙は少しだけ目を細めた。
「知っているのか」
「黒牙のガクや、鉄鬼のゴウとは戦った」
「なら分かるだろう」
迅牙は落ちた刀を拾った。
「俺は四刃衆ではない」
蓮司が驚く。
「……じゃあ、お前は?」
迅牙は刀についた土を払う。
「ただの夜叉衆の忍だ」
レイが静かに尋ねる。
「四刃衆より下?」
「そういうことになる」
蓮司が言葉を失う。
蒼真も黙った。
これまで戦った四刃衆。
そのさらに上にいる者たち。
そして――
目の前の迅牙でさえ、その一角ではない。
迅牙は刀を腰へ戻した。
「今日のところは終わりだ」
蒼真が風影刀を向ける。
「逃がすと思うか?」
「俺は負けを認めた」
迅牙は蒼真を見る。
「だが、今ここで殺し合う理由もない」
「……」
「お前たちの実力は確認した」
迅牙が森の奥へ歩き出す。
蒼真は追わなかった。
「待て」
迅牙が振り返る。
「何だ?」
「次に来る奴は?」
迅牙は少し考える。
「俺より強いとは限らない」
「……」
「だが、俺とは違う」
迅牙の目が鋭くなる。
「忍術を見せることすらせず、お前たちを仕留める奴もいる」
その言葉を残し、迅牙は森の奥へ消えていった。
蓮司がため息をつく。
「……結局、嫌な情報だけ残していったな」
凛が蒼真を見る。
「蒼真、大丈夫?」
「ああ」
蒼真は風影刀を見る。
「でも……」
風影刀の刃に、森の風が触れる。
「俺たちはまだ知らないことが多すぎる」
レイが短刀を収める。
「だから修行する」
蒼真が頷く。
「そうだな」
四人は傷ついた身体を引きずりながら、黒影衆の里へ戻ることにした。
だが――
その頃。
森から離れた場所。
迅牙は一人で歩いていた。
肩の傷を押さえながら、空を見上げる。
「……四人とも、想像以上だった」
そして小さく呟く。
「特に蒼真……」
その表情には、わずかな警戒が浮かんでいた。
「風を読むだけじゃない」
迅牙は歩みを止める。
「戦いながら、相手の動きを変えている」
その先に、黒い影が一つ現れた。
「報告しろ」
迅牙は影へ向き直る。
「……蒼真たちは、確実に成長している」
影は何も答えない。
「ならば、次の段階へ進める」
迅牙はその言葉を聞き、黙って目を伏せた。
第82話 完




