第68話「風を纏う」
朝。
修行場に蒼真が一人立っていた。
影宗は少し離れた場所から様子を見ている。
「今日は何をする?」
「風を身体に纏わせる」
「風を?」
「ああ。昨日のお前は、風で相手の攻撃を避けた」
影宗が地面に小石を置く。
「だが、風を身体そのものに纏わせれば、さらに速く動ける」
蒼真は両手を握った。
「やってみる」
目を閉じる。
風を感じる。
そして、自分の身体の周囲へ少しずつ風を集めていく。
髪が揺れる。
衣服が風になびく。
「これで……」
蒼真が一歩踏み込む。
シュッ!
身体が一気に前へ出た。
「速い!」
だが、勢いを止められない。
「うわっ!」
蒼真は地面を転がった。
影宗は表情を変えない。
「制御ができていない」
「分かってる……」
蒼真は立ち上がる。
「もう一度」
再び風を纏う。
今度は少し弱く。
一歩。
二歩。
三歩。
先ほどより安定している。
影宗が小石を拾った。
「なら、これを避けろ」
「え?」
影宗が小石を投げる。
蒼真の顔へ飛んでくる。
シュッ!
身体を横へ流す。
小石が頬をかすめて飛んでいく。
「今のだ」
「なるほど……」
蒼真は笑う。
風を強くするのではない。
必要な瞬間だけ風を使う。
それを意識しながら走り出す。
シュッ!
右。
シュッ!
左。
さらに前へ。
蒼真の動きが少しずつ速くなっていく。
影宗が次々と小石を投げる。
蒼真は身体を捻り、しゃがみ、跳び上がりながら避けていく。
最後の一個。
蒼真は避けるのではなく、風を正面へ放った。
小石が弾き飛ばされる。
「できた!」
「今の感覚を覚えておけ」
蒼真は息を整える。
「風を纏うと、身体が軽くなる」
「違う」
影宗が答える。
「身体が軽くなったのではない。風がお前の動きを助けている」
蒼真は自分の手を見る。
「風と一緒に動く……」
その時。
修行場の入り口から声が聞こえた。
「ずいぶん楽しそうだな」
蒼真が振り返る。
蓮司、凛、レイが立っていた。
「三人とも?」
「休憩中だ」
蓮司が笑う。
「お前の修行を見てた」
凛が蒼真を見る。
「前より動きが速くなったね」
レイも頷く。
「次に戦う時は、かなり厄介そうだ」
蒼真は少し笑った。
「お互い様だろ」
四人が並ぶ。
それぞれの修行によって、少しずつ力が増している。
だが――
森の奥。
一本の木の陰から、その様子を見つめる人影があった。
黒い衣。
腰には刀。
黒刃の迅牙だった。
「風を纏う……か」
迅牙は口元を僅かに上げる。
「面白い」
風が吹き抜ける。
次の瞬間には、迅牙の姿は消えていた。
蒼真はそれに気づかない。
ただ、風だけが妙に冷たく感じられた。
「……今、何かいたような」
「気のせいではない」
影宗の声が低くなる。
「だが、追う必要はない」
蒼真は頷いた。
「今は修行だな」
「ああ」
蒼真は再び風を纏う。
今度は先ほどより静かに。
そして、一気に駆け出した。
第68話 完




