第65話「風を操る」
朝。
蒼真は森の中に立っていた。
目の前には、何本もの細い木の棒が地面に突き刺さっている。
影宗は少し離れた場所から蒼真を見ていた。
「今日は風弾じゃない」
「じゃあ、何をする?」
「風を操れ」
蒼真は眉を寄せた。
「操る……?」
「風を出すだけなら、もうできる。だが、それではまだ未熟だ」
影宗は一本の小石を拾い、空へ放った。
小石が落ちてくる。
その瞬間、影宗が手を動かした。
風が渦を巻き、小石を横へ弾き飛ばす。
「風は一方向に飛ばすだけのものじゃない。曲げることも、流すことも、止めることもできる」
蒼真は風影刀に手を添えた。
「やってみる」
目を閉じる。
周囲の木々。
葉の揺れ。
肌を撫でる風。
すべてを感じ取る。
そして――
「風遁!」
蒼真の周囲に風が集まった。
最初は小さな風。
だが、蒼真が手を動かすと、その風が右へ流れる。
「……!」
風が木の棒を避け、その向こうにある葉だけを吹き飛ばした。
影宗の目が細くなる。
「今の感覚を忘れるな」
「できた……」
「まだだ」
「え?」
影宗が新しい小石を五つ投げる。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
「全部、落とせ」
蒼真は目を見開いた。
「五つ同時に!?」
「風を操るなら、それくらいはできろ」
小石が落下してくる。
蒼真は集中した。
風を一つ。
二つ。
三つ。
四つ――
「くっ……!」
五つ目だけ風が届かない。
小石が地面に落ちた。
「四つ……」
蒼真は悔しそうに拳を握る。
影宗は静かに告げた。
「今はそれでいい」
「……いいのか?」
「ああ。昨日のお前なら、一つも狙えなかった」
蒼真は顔を上げた。
「少しずつ……か」
「力を急ぐな。風は急げば乱れる」
蒼真は小さく笑った。
「分かった。もう一回だ」
再び小石が投げられる。
今度は――
五つすべてが、風に弾かれた。
「……!」
蒼真の顔に笑みが浮かぶ。
影宗は何も言わず、背を向けた。
「次は、動きながらだ」
「えっ?」
「修行は始まったばかりだ」
蒼真は苦笑しながら風影刀を握り直した。
「……厳しすぎるだろ」
森に、再び風が吹き抜けた。
その風は昨日よりも強く、そして確かに蒼真の意思に従っていた。
第65話 完




