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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第6章「戦国武将編」
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第182話「剣を握れぬ日々」

黒影衆の里に朝日が差し込んでいた。

医療所の一室で、神崎レイは寝台に腰を下ろしていた。

左肩から胸にかけて包帯が巻かれ、腕は固定されたままだ。

窓の外からは、訓練場へ向かう忍びたちの声が聞こえてくる。

「……もう朝か」

レイは右手を見つめた。

指をゆっくりと曲げ、再び開く。

右腕そのものに大きな怪我はない。

しかし、左肩と脇腹の傷が残る今、身体を動かすことは医療忍から禁止されていた。

レイは寝台の横に置かれた二本の短刀へ視線を向けた。

以前なら、目を覚ましてすぐにでも握っていた武器だ。

今は鞘に収められたまま、何日も動かされていない。

「……いつまでこうしていればいい」

思わず言葉が漏れた。

その時、扉が開いた。

「レイさん、起きていますか?」

白石ユズハだった。

「……ああ」

「傷を確認しますね」

ユズハは寝台の横へ腰を下ろし、左肩の包帯を慎重に外し始めた。

レイは黙って天井を見つめていた。

「痛みはどうですか?」

「昨日と変わらない」

「安静にしている時も痛みますか?」

「いや。動かそうとした時だけだ」

ユズハは傷の状態を確認した。

「出血は落ち着いています。傷口も少しずつ回復していますね」

「……なら、固定を外せるか?」

「まだです」

即答だった。

レイは小さく息を吐いた。

「……そうか」

ユズハは新しい包帯を巻きながら続けた。

「肩は無理に動かすと、回復が遅れることがあります。脇腹の傷も完全には治っていません」

「分かっている」

「本当に分かっていますか?」

レイはユズハを見た。

「……何が言いたい」

「昨日、短刀を見つめていましたよね」

「……」

「今朝も同じことを考えていたんじゃありませんか?」

レイは視線を逸らした。

ユズハは静かに言った。

「焦る気持ちは分かります。でも、今は武器を握る時ではありません」

「……俺は忍びだ」

「はい」

「戦えなければ、仲間を守れない」

ユズハは包帯を巻く手を止めた。

「では、無理をして傷を悪化させたらどうなりますか?」

レイは答えなかった。

「今より長く戦えなくなるかもしれません」

「……」

「仲間を守りたいなら、まず自分の身体を守ってください」

レイはしばらく黙っていた。

やがて、小さく頷いた。

「……分かった」

ユズハは包帯を固定した。

「今日は傷の確認だけです。訓練は禁止ですよ」

「……ああ」

ユズハが部屋を出た後、レイは再び短刀へ目を向けた。

その表情には、まだ迷いが残っていた。

昼前になると、医療所へ蓮司が訪ねてきた。

「よう、レイ」

「……またお前か」

「何だよ。見舞いに来てやったのに」

蓮司は椅子へ腰を下ろそうとした。

しかし、腹部に痛みが走り、ゆっくりと身体を下ろす。

レイはその様子を見て眉を寄せた。

「……お前も大して変わらないだろう」

「まあな」

蓮司は苦笑した。

「まだ走れねえし、剣も振れねえ」

「なら大人しく寝ていろ」

「お前に言われたくねえよ」

二人はしばらく黙っていた。

窓の外では、若い忍びたちが木刀を使って訓練している。

蓮司はその光景を眺めながら言った。

「……羨ましいよな」

レイは答えなかった。

「俺たちだって、少し前まではあそこにいたのにな」

「……そうだな」

蓮司は自分の腹部へ手を当てた。

「昨日、木刀を握ろうと思ったんだ」

レイが顔を向けた。

「握ったのか?」

「いや。ユズハさんに見つかったら怒られると思ってやめた」

「……珍しく賢明だな」

「珍しくって何だよ」

レイは僅かに笑った。

蓮司も笑ったが、すぐに表情を戻した。

「……でもさ」

「何だ?」

「正直、怖いんだよ」

レイは黙って続きを待った。

「俺たちが休んでいる間にも、敵は動いているだろ」

「……ああ」

「東国じゃ戦が始まりそうだって話だし、里の中にも裏切り者がいた」

蓮司は拳を握った。

「次に何か起きた時、俺たちは間に合うのかなって」

レイは窓の外へ視線を戻した。

「……俺も同じことを考えていた」

蓮司は驚いたように顔を上げた。

「お前も?」

「当然だ」

レイは静かに続けた。

「俺は二刀を使う。片方の腕が使えないだけで、戦い方そのものが変わる」

「……」

「傷が治ったとしても、以前と同じ動きができる保証はない」

蓮司はしばらく考えた。

「……だったら、また練習すればいいじゃねえか」

レイが顔を向けた。

「簡単に言うな」

「簡単じゃねえのは分かってる」

蓮司は真剣な表情で続けた。

「でも、お前が二刀を諦めるなんて、俺には想像できねえ」

「……」

「時間がかかってもいいだろ。俺だって腹が治ったら、一から身体を戻すつもりだ」

レイは何も言わなかった。

蓮司は立ち上がろうとして、再び腹部を押さえた。

「……やっぱり、まだ痛えな」

「だから無理をするなと言っている」

「分かってるよ」

レイは小さく息を吐いた。

「……お前は本当に落ち着きがない」

「それが俺の長所だ」

「短所だろう」

二人の間に、久しぶりに自然な笑みが生まれた。

午後になると、蒼真と凛も医療所を訪れた。

「レイ、調子はどうだ?」

蒼真が尋ねた。

「……変わらん」

「そっか」

凛は蓮司を見た。

「あなた、またここにいたの?」

「またって何だよ」

「朝も医療所に来てたでしょう」

「暇なんだよ」

「だったら部屋で休んでいればいいのに」

蓮司は肩をすくめた。

「一人で寝てるより、誰かと話してた方が気が紛れるんだ」

蒼真は椅子へ腰を下ろした。

「それは分かるな」

凛も頷いた。

「私も、何もできない時間が長いと落ち着かないもの」

レイが尋ねた。

「……お前たちは訓練していないのか?」

蒼真は首を振った。

「今日は休みだ。昨日、コウガさんに止められたからな」

「当然だ」

「分かってるって」

凛は窓の外を見た。

「でも、みんな少しずつ回復しているのよね」

「……そうだな」

蒼真は頷いた。

「俺はまだ風遁を使えないけど、呼吸と構えなら確認できる」

蓮司が続けた。

「俺も歩ける距離は少しずつ伸びてる」

凛は自分の手を見つめた。

「私はチャクラの回復を優先しているわ。水遁を使うのは、まだ先ね」

三人の視線がレイへ向いた。

レイは少し困ったように眉を寄せた。

「……何だ」

蒼真が笑った。

「いや、俺たち全員まだ途中なんだなって」

「……」

「誰か一人だけ遅れてるわけじゃない」

レイは目を伏せた。

凛が言った。

「それに、レイが戻ってくるまで待つつもりよ」

蓮司も頷いた。

「四人揃わなきゃ、いつもの俺たちじゃねえだろ」

レイは三人を見回した。

「……勝手なことを言う」

蒼真は笑った。

「そうか?」

「俺が戻る前に、お前たちが先に任務へ出ることもあるだろう」

「その時は、その時だ」

蒼真は答えた。

「でも、だからってお前を置いていくつもりはない」

レイはしばらく黙っていた。

やがて、静かに口を開いた。

「……なら、必ず戻る」

蓮司が笑った。

「おう。それでこそレイだ」

夕方、蒼真たちが帰った後も、レイは窓際に座っていた。

訓練場から戻る忍びたちの姿が見える。

以前なら、その中に自分もいたはずだった。

レイは寝台の横に置かれた二本の短刀を見つめた。

そして、右手を伸ばしかけた。

しかし、途中で止めた。

「……今は、まだだ」

小さく呟く。

短刀を握ることはできるかもしれない。

だが、それで傷が悪化すれば、仲間たちとの約束を守れなくなる。

レイは手を引いた。

「……必ず戻る」

その言葉を、今度は自分自身へ言い聞かせた。

ちょうどその頃、医療所の廊下では影宗がユズハと話していた。

「四人の回復状況はどうだ?」

影宗が尋ねた。

ユズハは記録を確認した。

「蒼真さんは脇腹の傷が回復途中です。軽い動作なら可能ですが、強い風遁はまだ禁止しています」

「蓮司は?」

「腹部の傷が残っています。歩行はできますが、走ったり剣を振ったりするのは危険です」

「凛は?」

「身体の傷は比較的軽いですが、チャクラの消耗が大きいです。十分な回復が必要ですね」

影宗は頷いた。

「……レイは?」

ユズハの表情が少し険しくなった。

「四人の中では、最も時間がかかるでしょう」

「左肩か」

「はい。それに脇腹の傷もあります。二刀を扱えるようになるまでには、慎重な経過観察が必要です」

影宗はしばらく考えた。

「……本人も焦っているだろうな」

「ええ」

ユズハは頷いた。

「ですが、無理をさせるわけにはいきません」

「分かっている」

影宗は廊下の奥へ視線を向けた。

「東国の情勢は悪化している。だが、あの四人を今すぐ戦場へ送るつもりはない」

ユズハは安心したように頷いた。

「それを聞いて安心しました」

影宗は静かに答えた。

「忍びを育てるのは、戦わせるためだけではない」

「……」

「生きて帰らせることも、我々の責任だ」

ユズハは深く頭を下げた。

「承知しています」

影宗は医療所を後にした。

その背中には、指導者としての責任が重くのしかかっていた。

東国では、今も不穏な動きが続いている。

黒影衆の里にも、新たな任務が次々と舞い込んでいた。

しかし、蒼真たち四人には、まだ戦場へ戻る時が来ていない。

今は傷を癒やし、再び立ち上がるための時間だった。

レイは窓の外に広がる夕空を見つめた。

「……次に剣を握る時は」

言葉を途中で止める。

そして、静かに目を閉じた。

もう一度、仲間たちと肩を並べて戦う。

その日を迎えるために、今は待つことを選んだ。

第182話 完

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