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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第6章「戦国武将編」
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第181話「里に届く報せ」

黒影衆の里に、東国から一通の報告書が届けられた。

朝の評定を終えた黒崎玄十郎は、執務室でその内容を確認していた。

報告書を送ったのは、白瀬村襲撃事件を調査している神楽トウマだった。

「……証人を二人保護したか」

玄十郎は静かに呟いた。

報告書には、村の北側の林道、見張りの交代時間、そして正体不明の依頼主について記されていた。

さらに、調査隊を襲撃した黒頭巾の忍びについても詳しく書かれている。

玄十郎は最後まで目を通すと、机の上へ報告書を置いた。

「影宗を呼んでくれ」

控えていた忍びが頭を下げた。

「承知しました」

しばらくして、影宗が執務室へ入ってきた。

「お呼びでしょうか」

「ああ。東国から報告が届いた」

玄十郎は書状を差し出した。

影宗は内容を読み進めるにつれ、表情を険しくしていった。

「……村の見張りを調べさせた者がいるのですか」

「そうだ」

「しかも、調査を行った二人を口封じしようとした忍びまで現れた」

玄十郎は頷いた。

「単なる領地争いでは済まなくなってきたな」

影宗は報告書を机へ戻した。

「東雲家と黒田家の対立を利用しようとしている者がいるのかもしれません」

「その可能性はある。だが、まだ断定はできん」

「承知しています」

玄十郎は腕を組んだ。

「トウマには証人の保護を継続させる。必要なら増援も送る」

「黒頭巾の忍びは逃走したようですね」

「ああ。しかも、次の追跡者が現れることを示唆している」

影宗は目を細めた。

「……組織的に動いている可能性がありますね」

「それを調べる必要がある」

玄十郎は窓の外へ視線を向けた。

「東国の戦は、まだ始まっていない。今なら止められるかもしれん」

影宗は静かに頷いた。

「そのためにも、事実を積み重ねる必要があります」

その頃、里の訓練場では、蒼真が木刀を握っていた。

ただし、普段のように激しく動いているわけではない。

足を肩幅に開き、呼吸を整えながら、ゆっくりと構えを確認していた。

「……少し右肩が上がっているぞ」

背後から声がした。

蒼真が振り返る。

「コウガさん」

風間コウガが歩いてきた。

「傷の具合はどうだ?」

「だいぶ良くなりました」

「だからといって、無理をしていいわけじゃない」

「分かっています」

コウガは蒼真の脇腹へ視線を向けた。

「まだ傷が完全に塞がったわけではないんだろう?」

「はい」

「なら、今日は構えの確認だけだ」

蒼真は少し残念そうな顔をした。

「風遁の練習も駄目ですか?」

「駄目だ」

即答だった。

「……ですよね」

「焦る気持ちは分かる。だが、今のお前に必要なのは強い術じゃない」

「何ですか?」

「自分の身体を正確に理解することだ」

コウガは蒼真の正面に立った。

「忍びは、いつでも万全の状態で戦えるわけじゃない。傷を負った時こそ、無駄な動きを減らさなければならん」

蒼真は木刀を見つめた。

「……無駄な動き」

「そうだ。まずは呼吸と足の位置を意識しろ」

「はい!」

蒼真は再び構えを取った。

しかし、数呼吸ほど経ったところで、脇腹に僅かな痛みが走った。

「……っ」

コウガはすぐに気づいた。

「そこまでだ」

「でも、まだ……」

「痛みが出た時点で終わりだ」

蒼真は木刀を下ろした。

「……分かりました」

コウガは小さく頷いた。

「以前のお前なら、今の痛みを隠して続けていただろうな」

「……そうかもしれません」

「止められるようになっただけでも進歩だ」

蒼真は苦笑した。

「褒められている気がしませんね」

「褒めている」

その時、訓練場の入口から声が聞こえた。

「おーい、蒼真!」

蓮司だった。

腹部に包帯を巻いたまま、ゆっくりと歩いてくる。

蒼真は呆れたように言った。

「お前も休んでろよ」

「お前にだけは言われたくねえ」

「俺は軽い稽古だ」

「俺だって散歩だよ」

コウガが二人を見比べた。

「どちらも無理をするな」

「分かってますって」

蓮司は笑った。

しかし、歩く速度は以前より明らかに遅かった。

蒼真が尋ねた。

「腹の傷は?」

「まだ痛む。特に身体を捻るときがな」

「だったら大人しくしてろよ」

「だから散歩だって言ってるだろ」

二人のやり取りを見て、コウガは小さく息を吐いた。

「元気があるのは結構だが、ユズハに見つかったら説教だぞ」

蓮司の表情が変わった。

「……それは困る」

蒼真が笑った。

「お前、ユズハさんには弱いよな」

「お前もだろ」

「否定はしない」

二人が笑っていると、訓練場の入口にもう一人の姿が現れた。

「二人とも、こんなところにいたのね」

凛だった。

手には小さな水筒を持っている。

蒼真が尋ねた。

「凛、もう身体は大丈夫なのか?」

「まだ完全じゃないわ。チャクラを使うと疲れやすいし」

「じゃあ、何しに来たんだ?」

蓮司が尋ねる。

「散歩よ」

「……俺と同じじゃねえか」

「私は訓練しようなんて考えてないもの」

凛は蓮司の腹部を見た。

「それより、傷は?」

「まだ痛むけど、歩くくらいなら平気だ」

「本当に?」

「本当だって」

凛は蒼真へ視線を移した。

「蒼真は?」

「俺も軽く構えを確認してただけだ」

「風遁は使ってないでしょうね?」

「使ってない」

コウガが頷いた。

「それは俺が確認している」

凛は安心したように息を吐いた。

「ならいいけど」

蒼真は木刀を片づけながら尋ねた。

「そういえば、レイは?」

凛の表情が少し曇った。

「医療所にいるわ」

「まだ肩が?」

「ええ。左肩の固定も外せないみたい」

蓮司は腕を組んだ。

「……あいつが一番重傷だったからな」

蒼真は黙って頷いた。

神崎レイは、以前の戦闘で左肩と脇腹に深い傷を負っている。

今も両手で短刀を扱うことはできず、療養を続けていた。

「……後で顔を出そう」

蒼真が言った。

凛も頷いた。

「そうね」

昼過ぎ、三人は医療所を訪れていた。

部屋の奥では、レイが寝台に腰を下ろしていた。

左腕は固定され、肩から胸にかけて包帯が巻かれている。

「よう、レイ」

蓮司が声をかけた。

レイは顔を上げた。

「……何だ、お前たちか」

「見舞いに来てやったぞ」

「頼んでない」

「相変わらず愛想悪いな」

蒼真が笑った。

「具合はどうだ?」

レイは左肩へ視線を落とした。

「……変わらん」

「痛みは?」

「動かさなければ、それほどでもない」

凛が尋ねた。

「まだ固定は外せないの?」

「ああ。ユズハからも、しばらくは安静にしろと言われている」

蓮司は椅子へ腰を下ろした。

「俺たちも似たようなもんだな」

レイは蓮司を見た。

「お前は動けるだけましだろう」

「……まあな」

レイは窓の外へ目を向けた。

「俺は短刀すら握れない」

蒼真は何も言わず、レイの言葉を待った。

「左肩が治っても、以前と同じように動けるか分からん」

凛が静かに言った。

「まだ治療の途中でしょう?」

「分かっている」

レイは右手を握った。

「だが、何もできない時間が長いと、余計なことを考える」

蒼真は寝台の横に立った。

「……俺も焦ってるよ」

レイが顔を向ける。

「何?」

「傷が治らないと、思うように動けない。みんなが戦っている時に、自分だけ何もできなかったらって考える」

「……」

「でも、今無理して悪化させたら、もっと長く戦えなくなる」

レイは黙って聞いていた。

蒼真は続けた。

「だから、今はちゃんと治そうぜ」

蓮司も頷いた。

「そうそう。俺たち四人、まだやることが山ほどあるんだからな」

凛が微笑んだ。

「まずは全員が元気になることね」

レイは三人を見回した。

やがて、小さく息を吐いた。

「……お前たちは、本当に騒がしいな」

蓮司が笑った。

「それ、褒め言葉だよな?」

「違う」

「即答かよ」

蒼真と凛も笑った。

その時、部屋の扉が開いた。

「随分と賑やかですね」

白石ユズハだった。

四人の表情が一斉に変わる。

「……ユズハさん」

蒼真が呟いた。

ユズハは腕を組んだ。

「蒼真さん、午前中に訓練場へ行ったそうですね」

「……構えの確認だけです」

「コウガさんから聞いています」

「じゃあ、大丈夫ですよね?」

「痛みが出たとも聞きました」

蒼真は言葉を失った。

蓮司が横で笑いを堪える。

しかし、ユズハの視線がすぐに移った。

「蓮司さんも、散歩の距離を延ばしていませんか?」

「……いや、その」

「腹部の傷が開いたらどうするつもりです?」

「すみません」

凛は小さく笑った。

レイも僅かに口元を緩めた。

ユズハは四人を見回した。

「皆さん、戦場へ戻りたい気持ちは分かります」

その声が少し柔らかくなった。

「ですが、今は身体を治すことも大切な任務です」

蒼真は頷いた。

「……はい」

「分かっているなら、無理をしないでください」

四人は素直に返事をした。

夕刻、蒼真は医療所を出たところで、里の伝令が慌ただしく走っていく姿を目にした。

「……何かあったのか?」

蓮司も足を止めた。

「さあな」

伝令は本部の方角へ向かっていた。

その後を追うように、数人の上忍が集まっていく。

凛が呟いた。

「……東国の件かしら」

蒼真は顔を上げた。

「東国?」

「最近、東雲家と黒田家の間で争いが起きているって聞いたわ」

蓮司が頷いた。

「俺も聞いた。村が襲われたらしいな」

蒼真の表情が引き締まった。

「……村が?」

凛は頷いた。

「詳しいことは分からないけど、黒影衆の調査隊が派遣されているみたい」

蒼真は本部の方角を見つめた。

「……また、戦いが始まるのか」

誰もすぐには答えなかった。

同じ頃、黒影衆本部では、玄十郎が新たな命令書を作成していた。

向かいには影宗と如月セツナが座っている。

「証人二人の家族について、所在を確認できるか?」

玄十郎が尋ねた。

セツナが答えた。

「名前と居住地の情報があれば、調査できます。ただし、敵に気づかれないよう慎重に進めます」

「頼む」

影宗が尋ねた。

「トウマへの指示は?」

「証人を安全な場所に留め、引き続き事情を確認させる」

玄十郎は筆を置いた。

「それと、東雲家へ報告を送る」

「黒田家については?」

「現段階では犯人と断定できない。その点を明確に伝える」

セツナは頷いた。

「誤った情報が広まれば、両家の対立が深まります」

「そうだ」

玄十郎は静かに答えた。

「我々の任務は戦を起こすことではない。真実を確かめ、守るべき者を守ることだ」

影宗は頷いた。

「承知しました」

玄十郎は机の上の報告書へ視線を落とした。

黒頭巾の忍び。

編笠を被った依頼主。

村の見張りを調べさせた謎の人物。

それらがどこで繋がるのか、まだ分からない。

しかし、確かなことが一つあった。

東国で起きている異変は、もはや一つの村だけの問題ではなくなっていた。

そして、その波は少しずつ黒影衆の里にも近づいていた。

第181話 完

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