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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第6章「戦国武将編」
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第180話「明かされた依頼」

白瀬峠の南方にある小さな宿場町。

山中での戦闘から半日が経過し、神楽トウマ率いる黒影衆の調査隊は、保護した二人の男を連れて宿へ入っていた。

宿の主人に事情を説明し、人目につきにくい奥の部屋を借りている。

「……足の具合はどうだ?」

トウマが尋ねた。

若い男は布で固定された右足を見下ろした。

「まだ痛むけど、さっきよりは楽です」

望月サキが答えた。

「宿の主人に薬師を呼んでもらったわ。診てもらうまでは無理に動かないで」

「ありがとうございます」

若い男は頭を下げた。

隣では背の高い男が、腹部を押さえながら座っている。

霧谷ハヤセは二人の向かいに腰を下ろした。

「では、改めて話を聞かせてください」

背の高い男が頷いた。

「……分かった」

トウマは静かに告げた。

「まず、名前から聞こう」

「俺は宮原宗介。三十四歳だ」

背の高い男が答えた。

「普段は荷運びや道案内の仕事をしている」

若い男も口を開いた。

「俺は小野寺春樹。二十二歳です。宗介さんと一緒に仕事をしています」

トウマは二人の名前を記録した。

「宮原宗介と小野寺春樹だな」

「ああ」

「では、今回の依頼について話してくれ」

宗介は深く息を吸った。

「……始まりは、十日ほど前だった」

宗介は膝の上で拳を握った。

「白瀬村から少し離れた宿場で、仕事を探していた時だ」

「誰かに声をかけられたのか?」

ハヤセが尋ねた。

「ああ。三十代くらいの男だった」

「顔は?」

「深く編笠を被っていた。顔の下半分しか見えなかった」

トウマが尋ねた。

「名前は名乗ったか?」

「いや。ただ、商いに使う道を調べてほしいと言われた」

宗介は続けた。

「白瀬村の北側にある林道と、川の上流へ抜ける山道だ」

サキの表情が変わった。

「……北の林道?」

「そうだ」

「ほかには?」

「村の見張りが交代する時間と、夜間に人が通れる道があるかどうか」

トウマは筆を止めた。

「……それを商いに使うと言ったのか?」

宗介は頷いた。

「最初はそう説明された」

「不自然だとは思わなかったのか?」

宗介は俯いた。

「……思った」

春樹が口を開いた。

「俺も変だと思いました。でも、報酬が普通の仕事の何倍もあったんです」

「いくらだ?」

ハヤセが尋ねた。

「銀貨で三十枚です」

ユウトが驚いた。

「……道を調べるだけで?」

春樹は頷いた。

「はい」

トウマは静かに言った。

「……それだけの金を払う理由があったということだな」

宗介は話を続けた。

「俺たちは二日かけて道を調べた」

「白瀬村にも入ったのか?」

「いや。村の中までは入っていない」

宗介は首を振った。

「北の林から見張りの動きを確認しただけだ」

ハヤセが尋ねた。

「交代時間は分かったのか?」

「一度だけ確認できた。夜中に二人の見張りが交代していた」

トウマは以前、林で発見した紙片を思い出した。

『北の見張り、三刻後に交代』

「……報告はどうやって渡した?」

宗介が答えた。

「紙に書いて、指定された場所へ置いた」

「場所は?」

「北の林にある、倒れた大木の根元だ」

サキが尋ねた。

「依頼主に直接渡したわけではないのね?」

「ああ」

「誰が受け取ったかは?」

「分からない」

トウマは記録を続けた。

「……報告した内容を、覚えている範囲で教えてくれ」

宗介は頷いた。

「北の林道には古い炭焼き道がある。川沿いを通らずに村の裏手へ出られる」

ハヤセが顔を上げた。

「……その道は、我々も調査しました」

「そうなのか?」

「ああ。木に縄を張ったような痕跡があった」

宗介は少し考えた。

「……俺たちが調べた時には、縄はなかったと思う」

トウマは頷いた。

「分かった。続けてくれ」

「報告を終えた翌日、報酬を受け取った」

宗介が言った。

「同じ男からか?」

「いや。別の男だった」

「……どんな男だ?」

「黒い頭巾を被っていた」

部屋の空気が変わった。

ユウトが思わず身を乗り出す。

「……山で襲ってきた男ですか?」

宗介は頷いた。

「間違いない」

トウマは静かに尋ねた。

「その時、何を言われた?」

「仕事は終わった。だが、しばらく白瀬村の近くには戻るなと」

「……それだけか?」

「北の峠へ向かえとも言われた」

宗介は続けた。

「途中の古い関所を通り、その先で次の指示を待てと」

ハヤセが呟いた。

「……廃関所か」

サキも頷いた。

「私たちが調べた場所ね」

春樹が口を開いた。

「でも、その後で村が襲われたって聞いたんです」

トウマは春樹を見た。

「いつ知った?」

「峠へ向かう途中です。旅人が話していました」

春樹は拳を握った。

「村が焼かれて、人が死んだって……」

「……」

「俺たちが調べた道が使われたんじゃないかと思って」

春樹の声が震えた。

「だから、戻って話そうとしたんです」

トウマはしばらく黙っていた。

そして、宗介へ尋ねた。

「依頼主は、東雲家か黒田家の人間だと名乗ったか?」

「いや」

「家紋や旗は見たか?」

「見ていない」

「武士だったと思うか?」

宗介は首を傾げた。

「……分からん。ただ、言葉遣いは丁寧だった」

ハヤセが尋ねた。

「特徴的なものは?」

宗介は目を閉じ、記憶を辿った。

「……右手に手袋をしていた」

「右手だけ?」

「ああ。左手には何も着けていなかった」

トウマは筆を動かした。

「ほかには?」

「……歩き方が少し変わっていた」

サキが尋ねた。

「怪我をしていた?」

「いや。足を引きずっていたわけじゃない」

宗介は考え込んだ。

「ただ、右足をあまり大きく前へ出さなかった」

ハヤセは頷いた。

「……覚えておきます」

トウマは記録を閉じた。

「重要な証言だ。ありがとう」

宗介は顔を上げた。

「……俺たちは、どうなる?」

トウマは二人を見つめた。

「今の段階では、事件への関与を断定できない」

宗介は黙って聞いていた。

「だが、見張りの交代時間や村の裏道を調べ、依頼主へ渡したことは事実だ」

「……ああ」

「その情報が襲撃に使われた可能性はある」

春樹は俯いた。

「……やっぱり」

トウマは続けた。

「ただし、可能性と事実は違う」

春樹が顔を上げた。

「……?」

「お前たちが襲撃を計画した証拠はない。実行した証拠もない」

宗介は小さく息を吐いた。

「……そうか」

「だが、調査への協力は続けてもらう」

「分かった」

トウマは頷いた。

「それから、家族の件だ」

宗介の表情が引き締まった。

「……守ってもらえるのか?」

「里へ報告し、警護を要請する」

「……ありがとう」

「ただし、相手が何者か分からない以上、慎重に動く必要がある」

宗介は深く頭を下げた。


夕方。

宿の別室。

トウマは三人の部下を集めていた。

机の上には、これまでに集めた記録が並んでいる。

「……整理しよう」

トウマが告げた。

ハヤセが頷いた。

「依頼主は編笠を被った男。右手だけに手袋を着けていた」

サキが続けた。

「二人に調べさせたのは、北の林道と見張りの交代時間」

ユウトが言った。

「そして、報酬を渡したのが黒頭巾の忍びですね」

「そうだ」

トウマは頷いた。

「ただし、黒頭巾の男が依頼主と同じ組織に属しているかは分からん」

ハヤセは記録を見つめた。

「……村の襲撃と関係している可能性は高いですね」

「ああ。だが、決定的な証拠はない」

サキが尋ねた。

「東雲家へ報告しますか?」

「する」

トウマは答えた。

「ただし、黒田家が犯人だと決めつけるような報告はしない」

「……分かりました」

「両家が疑い合っている今、誤った情報は戦を招く」

ユウトは頷いた。

「……慎重に扱う必要がありますね」

トウマは窓の外を見た。

「それに、まだ気になることがある」

ハヤセが尋ねた。

「何でしょう?」

「黒頭巾の男が言っていた言葉だ」

『俺が失敗すれば、次が来る』

トウマは静かに続けた。

「……あの男だけで終わるとは思えん」


夜。

宿の廊下では、ユウトが見張りに立っていた。

部屋の中では宗介と春樹が休んでいる。

春樹は布団に横になりながら、宗介へ尋ねた。

「……俺たち、帰れるかな」

宗介は少し考えた。

「……帰れるようにする」

「母さん、大丈夫かな」

「黒影衆が動いてくれる」

春樹は天井を見つめた。

「……俺、もう危ない仕事はしない」

宗介は小さく笑った。

「俺もだ」

しばらく沈黙が続いた。

やがて春樹が口を開いた。

「……宗介さん」

「何だ?」

「話してよかったな」

宗介は静かに頷いた。

「……ああ」

二人はようやく、長い逃亡生活から解放されようとしていた。

しかし、その夜。

宿場町の外れにある林の中で、一人の男が立ち止まっていた。

黒い頭巾を被った男だった。

右肩には包帯が巻かれ、動くたびに顔をしかめている。

男は懐から小さな紙片を取り出した。

そこには、短い文字が記されていた。

『報告を待つ』

黒頭巾の男は紙片を握り潰した。

「……失敗した」

男は暗い空を見上げた。

「……次が来る前に、何とかしなければ」

そして、森の奥へ姿を消した。

白瀬村の襲撃事件。

その背後にいる者の正体は、まだ明らかになっていない。

だが、二人の証言によって、事件の輪郭は少しずつ見え始めていた。

第180話 完

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