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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第6章「戦国武将編」
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第179話「守るべき証人」

東国北部、白瀬峠の北方。

朝日が山の稜線から姿を現し始めていた。

霧の残る山道では、神楽トウマと黒頭巾の忍びが向かい合っている。

互いに負傷しながらも、どちらも武器を下ろそうとはしなかった。

「……俺が失敗すれば、次が来る」

黒頭巾の男が再び口にした。

トウマは槍を構えたまま尋ねた。

「次とは何だ。別の忍びが来るということか?」

「それを知ってどうする」

「二人の命を守るためだ」

男は短刀を握り直した。

「ならば、今すぐ二人を置いて立ち去れ」

「断る」

トウマは即答した。

「二人は我々が保護する」

「……後悔するぞ」

「脅しなら聞き飽きた」

トウマは背後へ視線を向けた。

少し離れた岩陰では、霧谷ハヤセ、望月サキ、早乙女ユウトが二人の証人を守っている。

若い男の右足は大きく腫れ、まともに歩ける状態ではない。

もう一人の男も腹部を蹴られ、動くたびに顔をしかめていた。

このまま戦い続ければ、二人を危険に晒すことになる。

トウマは決断した。

「……ハヤセ!」

「はい!」

「二人を連れて山を下りろ!」

ハヤセが顔を上げた。

「隊長は?」

「俺が敵を引き受ける」

「しかし、一人では……」

「命令だ」

トウマの声が強くなった。

「証人を守ることが最優先だ。忘れるな」

ハヤセは一瞬だけ迷った。

しかし、すぐに頷いた。

「……了解しました」


岩陰。

サキは若い男の肩を支えながら立ち上がった。

「歩ける?」

「……少しなら」

「無理しないで。ユウト、反対側をお願い」

「はい!」

ユウトが若い男の腕を肩へ回した。

背の高い男も立ち上がる。

「……俺は自分で歩ける」

ハヤセは男の顔色を確認した。

「苦しくなったら言ってください」

「分かった」

四人と二人の証人は、山道を南へ進み始めた。

しかし、若い男が何度も振り返る。

「……あの人は?」

サキが答えた。

「隊長が敵を止めてくれる」

「でも、一人で戦ってるんだろ?」

「そうよ」

「……俺たちのせいで」

若い男は俯いた。

サキは歩みを緩めずに言った。

「あなたたちを守ると決めたのは、私たち自身よ」

「……」

「だから、今は生きて山を下りることだけ考えて」

若い男は小さく頷いた。

「……分かった」


山道の中央。

黒頭巾の男は、証人たちが離れていくのを見ていた。

「……逃がすつもりか」

「そうだ」

トウマは答えた。

「追いたければ、俺を倒してからにしろ」

男は短刀を構えた。

「……ならば、そうする」

黒頭巾の男が踏み込んだ。

短刀がトウマの左肩を狙う。

トウマは槍の柄で受け止め、男の腕を押し返した。

続けて槍を横へ払う。

男は後方へ跳んだ。

「……っ!」

着地した瞬間、右肩の傷が痛んだのか、僅かに姿勢が崩れた。

トウマはその隙を見逃さなかった。

槍の石突きを男の胸元へ突き出す。

黒頭巾の男は左腕で防いだが、勢いに押されて数歩下がった。

「……まだ続けるか」

トウマが尋ねた。

男は荒い息を吐いた。

「……当然だ」

「これ以上戦えば、お前も命を落とすぞ」

「……それでも構わん」

トウマの眉が動いた。

「命を捨ててまで従う相手なのか?」

男は答えなかった。

その沈黙が、かえって異様だった。


南へ続く山道。

ハヤセたちは慎重に下山を続けていた。

道幅は狭く、右側には急な斜面が広がっている。

「……足元に気をつけてください」

ハヤセが告げた。

ユウトは若い男を支えながら頷いた。

「了解です」

サキは周囲を警戒していた。

「……このまま進めば、昨日の炭焼き小屋に出るはずよ」

ハヤセが地図を確認する。

「そこから石橋へ戻れます」

背の高い男が尋ねた。

「……黒影衆の里まで連れていくのか?」

「まずは安全な場所へ移動します」

ハヤセは答えた。

「その後、事情を聞かせてもらいます」

男は頷いた。

「……全部話す」

「お願いします」

「ただ、一つ頼みがある」

「何でしょう?」

男は真剣な表情で言った。

「……俺たちの家族を守ってほしい」

ハヤセは足を止めた。

「家族が狙われているんですか?」

「分からない。だが、依頼主は俺たちの家族のことまで知っていた」

サキが振り返った。

「……脅されたの?」

「直接は言われていない」

男は首を振った。

「ただ、名前も住んでいる場所も知られていた」

ハヤセは少し考えた。

「……分かりました。里へ報告します」

「本当か?」

「はい。ただし、今すぐ安全を保証できるわけではありません」

男は静かに頷いた。

「……それでも頼む」

その頃。

トウマは黒頭巾の男と距離を保っていた。

男の攻撃は、先ほどより明らかに鈍くなっている。

肩の傷からの出血も続いていた。

しかし、男は短刀を手放さなかった。

「……もう限界だろう」

トウマが言った。

「……黙れ」

「お前が倒れても、命令を下した者は助けに来ないかもしれんぞ」

男の目が鋭くなった。

「……何が言いたい」

「お前は使い捨てにされている可能性がある」

「……違う」

「本当にそうか?」

男は一瞬だけ動きを止めた。

トウマは続けた。

「二人を北へ連れていけと言われ、今度は口封じを命じられた」

「……」

「お前自身は、その理由を知っているのか?」

黒頭巾の男は答えなかった。

トウマは槍を下げずに言った。

「知らされていないのなら、誰のために命を懸けている?」

男の表情が僅かに歪んだ。

しかし、次の瞬間には短刀を構え直していた。

「……俺には、選択肢がない」

トウマは目を細めた。

「……どういう意味だ?」

「それ以上、聞くな」

男は再び踏み込んだ。

トウマは槍を横へ払った。

黒頭巾の男は身を屈め、懐へ飛び込もうとする。

しかし、トウマは槍を短く持ち替え、柄で男の腕を打った。

短刀が手から離れ、地面へ落ちる。

「……!」

黒頭巾の男は後方へ下がった。

トウマは追撃しなかった。

「……もう終わりにしろ」

男は落ちた短刀を見つめた。

「……まだだ」

「武器を失ってまで続けるつもりか?」

男は左手で印を結んだ。

「土遁・岩壁!」

地面から土の壁が立ち上がる。

トウマは即座に後方へ跳んだ。

「……逃げる気か!」

壁の向こうから、男の声が聞こえた。

「……覚えておけ」

「何?」

「お前たちが守ろうとしている二人は、もう狙われている」

トウマは槍を構えた。

「……だからこそ守る」

「……ならば、次はもっと多くの血が流れる」

その言葉を最後に、男の気配が遠ざかっていった。

トウマは土壁を迂回しようとしたが、足を止めた。

追えば、証人たちから離れすぎる。

「……深追いは危険か」

トウマは槍を下ろした。

「……まずは合流だ」

しばらくして。

炭焼き小屋の近く。

ハヤセたちは、若い男を休ませていた。

「……少し休みましょう」

サキが言った。

若い男は地面に腰を下ろした。

「……助かった」

ユウトも息を吐いた。

「思ったより時間がかかりましたね」

ハヤセは周囲を確認した。

「……隊長が戻るまで、ここで待機する」

サキが頷いた。

「分かった」

その時、背の高い男が口を開いた。

「……あんたたちは、俺たちの話を信じてくれるのか?」

ハヤセは男を見た。

「話を聞いて、事実を確かめます」

「……そうか」

「信じるかどうかを決めるのは、その後です」

男は少し驚いたような顔をした。

やがて、小さく頷いた。

「……それでいい」


さらに時間が経った頃。

山道の向こうから、一人の人影が現れた。

「……隊長!」

ユウトが立ち上がった。

トウマだった。

左腕には浅い傷が残り、衣服には土が付着している。

ハヤセが駆け寄った。

「ご無事でしたか!」

「ああ」

トウマは頷いた。

「敵には逃げられた」

「……そうですか」

「だが、二人を守れたなら十分だ」

トウマは証人たちを見た。

「……怪我は?」

サキが答えた。

「若い方の右足がかなり腫れています。早めに治療が必要です」

「分かった」

トウマは背の高い男へ視線を向けた。

「……話を聞かせてもらいたい」

男は頷いた。

「……全部話す」

トウマは静かに答えた。

「それなら、まず安全な場所へ移動しよう」

そして、三人の部下を見た。

「……任務は続行だ」

ハヤセ、サキ、ユウトが頷いた。

「了解!」

六人は再び山道を進み始めた。

黒頭巾の忍びは逃走した。

だが、二人の証人は黒影衆の保護下に入った。

白瀬村襲撃事件の真相へ、確かな一歩が踏み出されようとしていた。

第179話 完

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