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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第6章「戦国武将編」
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第178話「忍びの死闘」

東国北部、白瀬峠の北方。

山道に広げられた巻物から、淡い光が放たれていた。

黒頭巾の忍びは片膝をつき、右手で印を結んでいる。

その正面では、神楽トウマの両足が泥に沈み、自由を奪われていた。

「……封印術か」

トウマは巻物を見据えた。

黒頭巾の男は荒い息を吐きながら答えた。

「お前たちが、余計なことをするからだ」

「その二人を狙ったのはお前だろう」

「……黙れ」

巻物の文字が次々と光り始めた。

トウマは槍を握り直した。

「ハヤセ! 全員を巻物から離せ!」

「了解!」

霧谷ハヤセは即座に後方へ振り返った。

「サキ! ユウト! 証人を連れて下がれ!」

望月サキが頷く。

「分かった!」

早乙女ユウトは負傷した若い男の肩を支えた。

「立てますか?」

「……何とか」

「無理に走らなくていいです。俺に体重を預けてください」

二人はゆっくりと後退した。

その後ろを、腹部を蹴られた背の高い男が続く。

黒頭巾の男は、その動きを横目で確認した。

「……逃がさん」

巻物の光が一段と強くなった。

「封術・土鎖陣」

黒頭巾の男が術名を告げた。

巻物から伸びた黒い文字が地面へ広がり、土の中へ沈んでいく。

次の瞬間、トウマの足元から複数の土の鎖が伸び上がった。

「……!」

トウマは槍を横へ払った。

炎を纏った穂先が鎖の一本を砕く。

しかし、残る鎖が槍の柄へ絡みついた。

「武器まで封じるつもりか」

「お前の火遁は厄介だからな」

黒頭巾の男は立ち上がった。

「動きを止めれば、それで十分だ」

トウマは槍を引いた。

だが、鎖は地面に繋がり、容易には動かない。

黒頭巾の男は短刀を抜いた。

「……終わりだ」

男が踏み込む。

その時、横から苦無が飛んできた。

黒頭巾の男は短刀で弾いた。

「……誰だ!」

「隊長には近づかせません!」

ハヤセだった。

黒頭巾の男は舌打ちした。

「……またお前か」

「何度でも止めます」

ハヤセは苦無を構えた。

黒頭巾の男はハヤセへ向き直った。

「お前一人で、俺を止められると思うか?」

「一人ではありません」

ハヤセは答えた。

「……何?」

男が眉を寄せた瞬間、トウマが声を上げた。

「火遁・炎槍!」

槍の穂先に炎が集中する。

しかし、トウマは鎖を無理に引きちぎろうとはしなかった。

槍を地面へ押しつけ、巻物から伸びる術式の線を焼き払った。

「……っ!」

黒頭巾の男の表情が変わる。

「術式を……!」

「鎖そのものを壊す必要はない」

トウマは静かに答えた。

「術を維持している流れを断てばいい」

巻物の光が揺らいだ。

土の鎖が一本、崩れ落ちる。

黒頭巾の男は慌てて印を結び直した。

「……させるか!」

ハヤセが踏み込んだ。

苦無が男の右手を狙う。

黒頭巾の男は印を中断し、後方へ下がった。

「……邪魔をするな!」

「それが俺の役目です」

ハヤセは距離を詰めた。


少し離れた岩陰。

サキは二人の男を安全な場所へ移動させていた。

「ここなら、少なくとも巻物の術式からは離れられるわ」

若い男は地面に座り込んだ。

「……あの人たちは大丈夫なのか?」

「簡単には負けないわ」

サキは答えた。

しかし、視線は戦場へ向けたままだった。

ユウトが尋ねた。

「サキさん、俺も援護に行った方が……」

「今は駄目」

「でも、隊長たちが……」

「私たちが離れたら、この二人を誰が守るの?」

ユウトは言葉を失った。

サキは続けた。

「敵が一人とは限らない。忘れないで」

「……はい」

その時、背の高い男が口を開いた。

「……あいつは、俺たちを北へ連れていこうとしていた」

サキが振り返った。

「それは聞いたわ」

「だが、昨日までは殺そうとはしていなかった」

「……そうね」

「なのに、今は違う」

男は拳を握った。

「俺たちが戻ると言ったからだ」

若い男は俯いた。

「……やっぱり、話されたくないんだ」

サキは二人を見つめた。

「だからこそ、生きて帰ってもらう必要があるの」

山道の中央。

ハヤセと黒頭巾の男は、短い間合いで攻防を続けていた。

黒頭巾の男が短刀を突き出す。

ハヤセは苦無で受け流し、左足を軸に身体を回した。

続けて相手の手首を狙う。

しかし、男は腕を引き、肘でハヤセの肩を打った。

「……っ!」

ハヤセは後退した。

男は追撃しようとしたが、トウマの槍が横から伸びた。

「……!」

黒頭巾の男は身を屈めた。

槍の穂先が頭上を通過する。

トウマの右足は、既に泥から抜けていた。

「……もう動けるのか」

男が呟いた。

「術式が弱まっている」

トウマは左足も引き抜いた。

「お前がハヤセに気を取られている間にな」

黒頭巾の男は巻物を見た。

光は弱まり、文字の一部が焼け焦げている。

「……くそっ」

トウマは槍を構えた。

「もう一度聞く。誰の命令で動いている?」

男は答えなかった。

「二人を殺してまで隠したいものは何だ?」

「……知らない方がいい」

「それは忠告か?」

黒頭巾の男は短刀を握り直した。

「……警告だ」

トウマは男の言葉を聞き、僅かに目を細めた。

「警告する相手を間違えているな」

「……何?」

「俺たちは、村で何が起きたのかを調べているだけだ」

トウマは槍を向けた。

「その調査を妨害し、人を殺そうとしているのはお前だ」

黒頭巾の男は沈黙した。

「事情があるなら話せ」

「……話せるものか」

「なぜだ?」

男は一瞬だけ視線を逸らした。

「……俺にも、守るものがある」

トウマは答えなかった。

その言葉には、単なる脅しとは違う響きがあった。

しかし、次の瞬間。

黒頭巾の男は再び印を結んだ。

「土遁・岩槍!」

地面から鋭い岩の突起が伸び上がる。

トウマは横へ跳んだ。

ハヤセも後退する。

「……まだ術を使えるのか!」

ハヤセが叫んだ。

黒頭巾の男は荒い息を吐いた。

「……当然だ」

だが、その右肩からは血が流れ続けていた。

「隊長!」

ハヤセが声をかけた。

「敵の動きが鈍っています!」

「分かっている」

トウマは槍を握り直した。

「だが、油断するな」

黒頭巾の男は岩の突起を利用し、二人との距離を取った。

トウマは追いかけず、周囲を確認した。

岩槍によって道が狭くなっている。

その先には、サキたちが避難した岩陰があった。

「……まずいな」

トウマが呟いた。

ハヤセが尋ねた。

「どうしました?」

「敵は逃げ道を作っているんじゃない」

「……?」

「こちらの進路を制限している」

ハヤセの表情が変わった。

「……証人の方へ?」

トウマは頷いた。

「可能性がある」

その時、黒頭巾の男が地面へ手をついた。

「土遁・地潜り」

男の身体が土の中へ沈んでいく。

「……やはり!」

トウマは槍を地面へ突き立てた。

「ハヤセ、サキたちに知らせろ!」

「了解!」

ハヤセが駆け出した。


岩陰。

サキは周囲の地面に目を向けていた。

「……何かおかしい」

ユウトが振り返る。

「どうしました?」

「地面の下から、僅かに振動が伝わってくる」

ユウトは足元を見た。

「……まさか」

サキは即座に立ち上がった。

「二人を連れて離れて!」

「はい!」

ユウトは若い男の肩を支えた。

背の高い男も立ち上がる。

その直後、先ほどまで二人が座っていた場所の土が盛り上がった。

黒頭巾の男が姿を現す。

「……逃がさん」

サキは苦無を構えた。

「……やっぱり来たわね」

男は短刀を握り直した。

「どけ」

「断るわ」

「その二人を渡せば、お前たちには手を出さん」

サキは首を振った。

「さっきまで殺そうとしていた人間の言葉を、信じると思う?」

黒頭巾の男は沈黙した。

そして、短刀を構えた。

「……ならば、仕方ない」

サキも姿勢を低くした。

「ユウト、二人を頼む!」

「了解!」

黒頭巾の男が踏み込んだ。

短刀がサキの肩口を狙う。

サキは苦無で受け流した。

しかし、男は攻撃を止めず、続けて足元を払った。

「……!」

サキは後方へ跳んだ。

その隙に男は若い男へ向かって走り出す。

「……させない!」

サキが苦無を投げた。

男は身体を捻って避けた。

しかし、僅かに動きが止まる。

その瞬間、背後から声が響いた。

「……そこまでだ!」

トウマだった。

槍の穂先に炎が宿る。

「火遁・炎槍!」

黒頭巾の男は振り返った。

しかし、避けるには距離が近すぎた。

トウマは槍を突き出した。

男は短刀で受け止めたが、炎の熱と槍の勢いに押される。

「……っ!」

黒頭巾の男は後方へ弾かれ、地面に膝をついた。

トウマは追撃せず、槍の穂先を向けた。

「……これ以上はやめろ」

男は肩で息をしていた。

「……まだ、終わっていない」

「終わらせるんだ」

トウマは静かに告げた。

「お前が何を守ろうとしているのかは知らん。だが、そのために無関係の人間を殺すことは許さん」

黒頭巾の男は俯いた。

短刀を握る手が震えている。

しかし、その目から戦意は消えていなかった。


少し離れた場所。

ハヤセがサキたちと合流した。

「全員、無事か?」

「ええ」

サキは答えた。

「ただ、あの男はまだ諦めていない」

ハヤセは黒頭巾の男を見た。

「……相当な執念ですね」

ユウトが尋ねた。

「……どうして、そこまでして二人を狙うんでしょう?」

誰も答えられなかった。

黒頭巾の男は、ゆっくりと立ち上がった。

「……俺が失敗すれば、次が来る」

トウマの表情が変わった。

「……何?」

男は低い声で続けた。

「俺一人を止めても、何も変わらん」

「……どういう意味だ?」

黒頭巾の男は答えなかった。

代わりに、短刀を構え直した。

トウマは槍を握り直した。

「……ならば、何度でも止める」

霧の向こうで、朝日が山の稜線を照らし始めていた。

だが、戦いはまだ終わらない。

黒頭巾の忍びが守ろうとする秘密。

そして、その背後に存在する何者か。

真相へ続く道は、依然として閉ざされていた。

第178話 完

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