↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影狼ノ忍  作者: 次男坊
第6章「戦国武将編」
PR
171/184

第171話「谷に潜む影」

東国北部、白瀬峠の北東。

山々に囲まれた谷には、朝から濃い霧が立ち込めていた。

黒影衆の調査隊を率いる神楽トウマは、谷の入口で足を止めた。

後ろには霧谷ハヤセ、望月サキ、早乙女ユウトが続いている。

「……ここから先は慎重に進む」

トウマが告げた。

「視界が悪いですね」

ユウトは霧の向こうを見つめた。

「十歩先もよく見えません」

「だからこそ、互いの位置を見失うな」

トウマは三人を振り返った。

「敵がいると決まったわけではない。だが、山中では地形そのものが危険になる」

「了解しました」

ハヤセは地図を広げた。

「この谷は途中で二つに分かれています。東側は古道へ続き、西側は行き止まりです」

「まずは東側を調べる」

「はい」

四人は霧の中へ足を踏み入れた。


谷の内部は、両側を高い岩壁に挟まれていた。

足元には大小の石が転がり、ところどころに雨水が流れている。

サキは周囲を見渡した。

「……人が通った形跡はありますね」

ハヤセがしゃがみ込んだ。

「そうだな。ここは山仕事の者も使う道らしい」

「二人組の足跡は?」

ユウトが尋ねた。

「雨で流されている。今のところ判別できない」

トウマは岩壁を見上げた。

「……上から見下ろされる地形だな」

サキも顔を上げた。

「待ち伏せには向いています」

「ああ」

トウマは頷いた。

「ただし、我々が襲われる理由があるとは限らん」

その時だった。

ハヤセが右手を上げた。

「……隊長」

「何だ?」

「前方の地面が不自然です」

四人は足を止めた。

ハヤセが指差した場所には、落ち葉が薄く積もっていた。

しかし、その一角だけ土の色が違っている。

「……掘り返された跡か」

トウマが呟いた。

ハヤセは細い枝で落ち葉を払った。

その下から、縄が現れた。

「……罠ですね」

ユウトが息を呑んだ。

ハヤセは縄の周囲を慎重に調べた。

「足を引っかける仕掛けのようです」

「作動させるな」

トウマが指示した。

「はい」

ハヤセは縄の先を目で追った。

細い縄は岩陰へ伸び、その先で小さな木杭に結びつけられている。

「……転倒させるためのものですね」

サキが言った。

「ただの狩猟用では?」

ユウトが尋ねた。

ハヤセは首を振った。

「獣を捕らえるなら、もっと別の場所に仕掛けることが多い」

トウマは周囲を見渡した。

「……人を狙った可能性があるということか」

「はい。ただし、誰がいつ設置したかは分かりません」

トウマは頷いた。

「位置を記録しておけ。帰りに集落へ知らせる」

「了解しました」

ユウトは縄を見つめた。

「……あの二人組が仕掛けたんでしょうか?」

トウマは首を振った。

「まだ分からん。決めつけるな」

四人は罠を避け、先へ進んだ。


しばらく歩いた頃。

谷の奥から、人の声が聞こえた。

「……もう少しだ」

低い男の声だった。

四人は即座に足を止めた。

トウマが手で合図する。

「……姿勢を低く」

全員が岩陰に身を寄せた。

霧の向こうに、二つの人影が見えた。

一人は背が高く、もう一人は若い男。

若い男は足を引きずりながら歩いている。

ユウトが小さく息を呑んだ。

「……あの二人組でしょうか」

サキは目を細めた。

「特徴は一致しているわ」

トウマは静かに頷いた。

「……まずは様子を見る」

二人の男は、谷の分かれ道で立ち止まった。

若い男が岩に手をつく。

「……もう限界だ」

背の高い男は振り返った。

「あと少しだ」

「……何度もそう言ってるじゃないか」

「ここを抜ければ、次の道に出る」

若い男は顔をしかめた。

「……俺たちは、いつまで逃げるんだ?」

背の高い男は答えなかった。

ユウトはトウマを見た。

「……捕まえますか?」

トウマは首を振った。

「まだだ」

「でも、逃げられるかもしれません」

「分かっている」

トウマは二人を見つめた。

「だが、相手が何者か分からない。無理に接近すれば、こちらが危険になる」

ハヤセが低い声で言った。

「……隊長、二人の後方に別の足跡があります」

トウマが顔を向けた。

「何?」

「谷の入口から続いています。新しいものです」

サキが眉を寄せた。

「……ほかにも誰かいる?」

「可能性はあります」

トウマは周囲を確認した。

霧の中に、人影は見えない。

しかし、谷の静けさが不自然に感じられた。

「……全員、警戒を強めろ」

三人が頷いた。

その時。

谷の上方から、小石が落ちてきた。

トウマは即座に顔を上げた。

「……上だ!」

岩壁の上に、一人の人影が立っていた。

黒い頭巾を被った男。

その手には、短い弓が握られている。

男は無言のまま、矢を放った。

トウマはユウトの肩を引き、岩陰へ押し込んだ。

矢は地面に突き刺さった。

「……敵襲!」

ハヤセが叫んだ。

サキは苦無を構えた。

「……誰!?」

黒頭巾の男は答えなかった。

再び弓を引く。

トウマは岩壁を見上げた。

「……サキ、ユウトを守れ!」

「了解!」

「ハヤセ、上の敵を確認しろ!」

「はい!」

トウマは背中の槍へ手を伸ばした。

しかし、すぐには攻撃しなかった。

「……目的は何だ?」

黒頭巾の男は、三本目の矢を番えた。


一方、谷の分かれ道。

背の高い男と若い男も、突然の襲撃に気づいていた。

「……何だ!?」

若い男が振り返った。

背の高い男は岩壁の上を見た。

「……まずい」

「……知ってる奴か?」

「分からん」

背の高い男は若い男の腕を掴んだ。

「……ここを離れるぞ」

「待ってくれ! 足が……!」

「今は動け!」

二人は東側の古道へ向かって進み始めた。

トウマは敵の動きを観察していた。

黒頭巾の男は、こちらを狙っている。

しかし、狙いが定まっていない。

「……妙だな」

トウマが呟いた。

ハヤセが尋ねた。

「何がですか?」

「こちらを殺すつもりなら、もっと有利な位置から攻撃できたはずだ」

サキが顔を上げた。

「……足止めが目的?」

「可能性はある」

トウマは東側の道を見た。

二人組の姿は、既に霧の中へ消えかけている。

「……逃がすためか」

トウマは槍を構えた。

「ハヤセ、敵の位置を確認し続けろ!」

「了解!」

「サキ、ユウト、二人組を追うな。まずはここを抜ける!」

「はい!」

黒頭巾の男が再び矢を放った。

トウマは槍の柄で矢を弾き、岩壁の陰へ身を移した。

そして、低い声で告げた。

「……相手が誰であろうと、これ以上好きにはさせん」

谷の霧の中で、黒影衆と正体不明の襲撃者が向かい合った。

第171話 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。