第163話「忍びの調査隊」
東国、白瀬川北部。
襲撃事件から二日が経過していた。
焼け落ちた家屋の周囲には、まだ焦げた木材が散乱している。
村人たちは仮設の小屋で生活を始めていたが、以前の暮らしを取り戻すには長い時間が必要だった。
そんな村の入口に、四人の忍びが姿を現した。
「……ここが白瀬村か」
先頭に立つのは、黒影衆の上忍・神楽トウマ。
その後ろには、中忍の霧谷ハヤセ、望月サキ、そして下忍の早乙女ユウトが続いていた。
「想像以上に酷いですね」
サキが焼けた家々を見渡した。
「家屋の半数近くが被害を受けているようです」
ハヤセは手元の地図を確認する。
「襲撃者は二十人以上。しかし、馬の足跡は数頭分しか確認されていない……」
トウマは頷いた。
「報告書にはそうある」
ユウトが尋ねた。
「やっぱり忍びが関わっているんでしょうか?」
「可能性はある。だが、決めつけるな」
トウマは村の奥へ目を向けた。
「まずは現場を調べる。俺たちの仕事は、誰かを犯人にすることじゃない」
三人が頷いた。
「事実を持ち帰ることだ」
村の中央。
東雲家の武将・雨宮景綱が、黒影衆の一行を出迎えた。
「神楽殿。お待ちしておりました」
「雨宮殿。被害状況は?」
「死者は三名。負傷者は十七名です。重傷者のうち二名は、まだ意識が戻っておりません」
サキの表情が曇った。
「……そんなに」
景綱は静かに頷いた。
「家を失った者も多く、現在は城下への移送を進めています」
トウマは周囲を見渡した。
「襲撃の際、敵の姿を見た者は?」
「数名おります。ただ、夜間だったため、顔までは確認できていません」
「武器は?」
「刀と槍が中心だったようです」
トウマは少し考えた。
「……忍術を使ったという証言は?」
「今のところありません」
「分かった。まずは村人から話を聞こう」
景綱は頷いた。
「案内いたします」
村の南側。
焼け残った小屋の中で、年配の男性が横になっていた。
右脚には包帯が巻かれている。
「この方が、襲撃者を最初に目撃した村人です」
景綱が紹介した。
男性は身体を起こそうとしたが、トウマが手で制した。
「そのままで構わない」
「……忍びの方ですか」
「ああ。少し話を聞かせてほしい」
男性は頷いた。
「襲撃が始まった時、何をしていた?」
「家畜小屋を見回っておりました」
「何か聞こえたか?」
「……人の声です」
トウマは続きを待った。
「村の北側から、何人かが歩いてくるのが見えました。最初は旅人かと思ったんですが……」
男性の声が震えた。
「突然、家に火をつけ始めたんです」
「その者たちは、何か話していたか?」
「……一人が、急げと言っていました」
「ほかには?」
男性はしばらく考えた。
「……そういえば」
トウマが顔を上げる。
「何だ?」
「一人だけ、ほとんど喋らない男がいました」
「……」
「ほかの連中は、その男の様子を何度も窺っていたんです」
ハヤセが筆を動かした。
「指揮官だった可能性がありますね」
男性は首を振った。
「分かりません。ただ……その男だけ、刀を抜いていませんでした」
トウマの目が細くなった。
「……なるほど」
昼過ぎ。
村の北側にある林。
ハヤセとサキは、地面に残された痕跡を調べていた。
「……ここを見てください」
サキが木の根元を指差した。
土の表面に、細い溝が残っている。
「何かを引きずった跡?」
ハヤセはしゃがみ込んだ。
「いや、これは……」
指先で土を払う。
「縄の跡に近いな」
「縄?」
「ああ。木と木の間に張られていた可能性がある」
サキは周囲を見渡した。
「何のために?」
「分からない」
ハヤセは木の幹を調べた。
そこには、樹皮が僅かに削れた部分があった。
「……何かを固定していたようだ」
サキは隣の木へ歩いた。
「こちらにも同じ跡があります」
二人は顔を見合わせた。
「……偶然ではなさそうですね」
ハヤセは頷いた。
「だが、襲撃に使われたものかどうかは、まだ分からない」
その時、少し離れた場所から声がした。
「ハヤセさん!」
ユウトだった。
「どうした?」
「こっちに足跡があります!」
林の奥。
ユウトが見つけたのは、柔らかい土に残された複数の足跡だった。
ハヤセは慎重に近づいた。
「……よく見つけたな」
ユウトは少し嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
「ただし、踏み荒らさないように気をつけろ」
「はい!」
サキが足跡を確認した。
「少なくとも五人分はありそうですね」
「そうだな」
ハヤセは一つの足跡に注目した。
ほかよりも浅く、歩幅が不自然に広い。
「……妙だ」
「何がですか?」
「この足跡だけ、着地の仕方が違う」
サキが覗き込む。
「……確かに」
「普通に歩いたというより、高い場所から降りたような形だ」
ユウトが木の上を見上げた。
「じゃあ、木の上を移動していたんでしょうか?」
「その可能性はある」
ハヤセは周囲を見渡した。
「だが、これだけでは忍びと断定できない」
サキが頷いた。
「まずは記録しましょう」
三人は足跡の位置と形を丁寧に書き留めた。
夕方。
村の入口に設けられた仮設の詰所。
トウマは三人の報告を聞いていた。
「……林に縄の痕跡と、複数の足跡か」
「はい」
ハヤセが答えた。
「襲撃者が使った可能性はありますが、確証はありません」
トウマは頷いた。
「十分だ。現時点で断定する必要はない」
サキが口を開いた。
「それと、村人の証言についてですが……」
「何だ?」
「黒田家の旗を見たという人は複数います。でも、旗を持っていた人物の顔を見た人はいませんでした」
トウマは腕を組んだ。
「……そうか」
ユウトが尋ねた。
「じゃあ、やっぱり黒田家の人じゃなかったんでしょうか?」
「それも分からん」
トウマは静かに答えた。
「本物の兵だった可能性もあるし、誰かが旗を利用した可能性もある」
ユウトは少し考えた。
「……調べるって、難しいですね」
トウマは僅かに笑った。
「そうだな」
そして、真剣な表情に戻った。
「だが、分からないことを分かったつもりになる方が危険だ」
その夜。
東雲城。
景綱は、マサツグへ調査の途中経過を報告していた。
「黒影衆の調査隊が、村の北側で不審な痕跡を発見しました」
「……忍びが関わっていたのか?」
「まだ断定できないとのことです」
マサツグは頷いた。
「慎重な判断だな」
「はい」
景綱は続けた。
「また、黒田家の武将・柿崎忠勝との遭遇についても、改めて報告しました」
「……忠勝か」
マサツグは少し考えた。
「黒田家にも、話の通じる者がいるようだ」
「少なくとも、あの場で戦を始める意思はなかったように思います」
「そうか」
マサツグは窓の外を見つめた。
「……ならば、まだ交渉の余地はある」
景綱が頷いた。
「はい」
「だが、村を襲った者を放置するわけにはいかん」
マサツグは立ち上がった。
「黒影衆には、引き続き調査を頼む」
「承知しました」
同じ頃。
白瀬川北部の林。
トウマは一人、昼間に見つかった痕跡を確認していた。
木の幹に残る細い傷。
地面に刻まれた不自然な足跡。
そして、村人が証言した無口な男。
「……組織的な襲撃だった可能性は高いな」
トウマは呟いた。
しかし、誰が命じたのかは分からない。
黒田家か。
それとも、別の勢力か。
トウマは腰の槍に手を添えた。
「……戦を始めるための襲撃なら、これで終わるはずがない」
夜の林を、冷たい風が通り抜けた。
トウマは村へ戻るため、静かに歩き始めた。
東国の火種は、まだ消えていなかった。
第163話 完




