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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第5章「黒影衆内部抗争編」
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第157話「忍びの意地」

北側旧街道、深夜。

黒い文字に囲まれた空間で、犬飼シンは膝をついていた。

目の前には、幾重にも重なった黒い壁がある。

その向こうに、仮面の忍の姿が見えた。

「……どうする、シン」

佐伯イツキが尋ねた。

右肩からは血が滲んでいる。

傷は深くないものの、短刀を握る腕には痛みが残っていた。

「まずは、この術の仕組みを確かめる」

シンは壁に触れようとした。

しかし、指先が近づいた瞬間、腕に強い痺れが走った。

「……っ!」

慌てて手を引く。

「触れるな。術が身体に干渉してくる」

イツキは眉を寄せた。

「斬って壊すのも危険か」

「恐らくな」

壁の向こうから声が聞こえた。

「無駄な抵抗はやめろ」

仮面の忍だった。

「その檻は、力任せに破れるものではない」

シンは顔を上げた。

「……随分と自信があるようだな」

「事実を言っているだけだ」

仮面の忍は懐から黒札を取り出した。

「お前たちは、知る必要のないことに踏み込みすぎた」

「だったら教えてもらおうか」

イツキが言った。

「誰の命令で動いている?」

仮面の忍は答えなかった。

代わりに、黒札へ指を滑らせた。

檻の内側に新たな文字が浮かび上がる。

シンはすぐに立ち上がった。

「イツキ、下がれ!」

二人の足元に、細い線が伸びてきた。

イツキは後方へ跳んだ。

しかし、右肩の痛みで姿勢が崩れる。

「……くっ!」

シンが腕を掴み、支えた。

「無理をするな!」

「分かってる!」

黒い線は二人の足元を通り過ぎ、反対側の壁へ繋がった。

その瞬間、周囲の景色が変わった。

林が消え、代わりに黒影衆本部の廊下が現れる。

「……本部?」

イツキが目を見開いた。

見慣れた廊下。

壁に掛けられた灯籠。

その奥から、誰かが歩いてくる。

「イツキ」

聞き覚えのある声だった。

現れたのは、如月セツナだった。

「任務は終了よ。こちらへ来なさい」

イツキが一歩踏み出しかけた。

だが、シンが腕を掴んだ。

「待て」

「……何だ?」

「ここは旧街道だ」

シンは目の前のセツナを見つめた。

「本物のセツナ様が、何の連絡もなくここへ来るはずがない」

イツキは息を呑んだ。

「……幻術か」

目の前のセツナは、穏やかな表情のまま立っている。

「どうしたの? 二人とも」

シンは答えなかった。

代わりに目を閉じ、足元の土へ意識を向けた。

湿った地面。

冷たい夜風。

木の葉が擦れ合う音。

見えている景色とは違う感覚が、確かに残っている。

「……イツキ、俺の声だけを聞け」

「ああ」

「目を閉じろ。足元の感触を確かめるんだ」

二人はゆっくりと呼吸を整えた。

やがて、廊下の景色が薄れていく。

セツナの姿も消えた。

再び現れたのは、黒い文字に囲まれた森だった。

「……戻った」

イツキが呟いた。

シンは頷いた。

「幻術そのものは、絶対じゃない」

檻の外。

仮面の忍は、二人の様子を見つめていた。

「……また幻を破ったか」

男は黒札を握り直した。

その表面には、三本の細い線が刻まれている。

だが、札の端には小さな亀裂が生じていた。

先ほどから何度も術を使った影響なのか。

男は一瞬、札を見つめた。

「……長引かせるべきではないな」

仮面の忍は石碑の方向へ視線を向けた。

本来なら、情報部門の忍を足止めするだけで十分だった。

しかし、二人は予想以上に粘っている。

男は新たな札を取り出した。

「……これで終わらせる」

「シン、あれを見ろ」

イツキが壁の一部を指差した。

黒い文字が、一定の間隔で明滅している。

「……何か気づいたか?」

「さっきから、あの部分だけ光が弱い」

シンは目を凝らした。

確かに、壁全体が同じ強さで光っているわけではなかった。

「……術の流れに偏りがあるのか」

シンは懐から、先ほど剥がした札の破片を取り出した。

そこにも、似た文字が記されている。

「この術は、複数の札を繋げているのかもしれない」

「なら、どこか一つを壊せば……」

「術全体が弱まる可能性はある」

ただし、確証はない。

シンは壁の外側を見た。

木の幹に貼られた札。

石碑の根元。

そして、仮面の忍が持つ黒札。

「……イツキ」

「何だ?」

「俺が合図したら、あの光の弱い部分へ短刀を突き立ててくれ」

イツキは右肩を押さえた。

「……分かった」

「無理なら左手を使え。傷を悪化させるな」

「心配するな。まだ動ける」

シンは小さく頷いた。

「俺は術の流れを乱す」

「……どうやって?」

「札の破片を使う」

イツキは驚いた。

「危険じゃないのか?」

「危険だ。だから、長くは続けられない」

シンは破片を見つめた。

「でも、何もしなければここから出られない」

イツキは短刀を握り直した。

「……なら、やろう」

シンは札の破片を地面に置いた。

そして、少量のチャクラを流し込む。

破片に刻まれた文字が、淡く光った。

その瞬間、檻の壁が僅かに揺れた。

「……反応した!」

イツキが声を上げる。

だが、次の瞬間。

シンの腕に強い痺れが走った。

「……っ!」

身体が前へ傾く。

「シン!」

「まだだ……!」

シンは歯を食いしばった。

札の破片と檻の文字が、互いに干渉している。

(……このままでは、身体が持たない)

しかし、壁の一部が確かに薄くなっていた。

「イツキ、今だ!」

イツキは短刀を構えた。

右肩に痛みが走る。

それでも、足を踏み出した。

「……ここで終わってたまるか!」

短刀の先端が、光の弱まった部分へ突き立てられる。

黒い文字が乱れた。

そして、壁の一部に亀裂が走った。

「……!」

仮面の忍が振り返った。

「何だと……!」

シンはすぐにチャクラを止めた。

「イツキ、離れろ!」

二人は後方へ跳んだ。

次の瞬間、亀裂が広がり、黒い文字の壁が崩れ始めた。

幻封陣・黒迷ノ檻。

その一角が、ついに破られた。

「……出られたな」

イツキが荒い息を吐いた。

シンは片膝をついたまま頷いた。

「……ああ」

だが、二人とも消耗していた。

特にシンの右腕には、まだ痺れが残っている。

仮面の忍は、少し離れた場所に立っていた。

「……まさか、あの術を破るとはな」

イツキが短刀を構える。

「次はお前の番だ」

男は静かに笑った。

「まだ戦えるつもりか?」

「……当然だ」

シンも立ち上がった。

「俺たちは、ここで引くわけにはいかない」

仮面の忍は二人を見つめた。

「……忍びの意地、というやつか」

シンは答えた。

「違う」

「……何?」

「俺たちは、仲間を守るために真実を追っている」

シンは一歩前へ出た。

「お前たちのせいで、脅され、傷ついた人間がいる」

三枝ナオト。

そして、その弟ハルキ。

彼らの顔が脳裏をよぎった。

「……これ以上、好きにはさせない」

仮面の忍は黙った。

やがて、ゆっくりと短刀を抜いた。

「……なら、止めてみろ」

月明かりの下。

三人は再び向かい合った。

戦いは、まだ終わっていない。

第157話 完

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