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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第5章「黒影衆内部抗争編」
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第150話「忍びの決断」

黒影衆本部。

朝の光が差し込む一室で、三枝ナオトは静かに座っていた。

情報部門の保護下に置かれてから、数日が経っている。

補給部門の仕事から外され、外出にも制限が設けられていた。

机の上には、小さな木彫りの鳥が置かれている。

十年前、弟のハルキが作ってくれたものだった。

「……ハルキ」

ナオトは鳥を手に取った。

その時、扉が叩かれた。

「三枝さん。如月です」

「……どうぞ」

入ってきたのは、情報部門の責任者である如月セツナだった。

彼女の表情を見て、ナオトは何かあったのだと察した。

「……弟に、何か?」

セツナは向かい側に座った。

「昨日、ハルキさんの働く薬草店に、不審な男が訪れました」

ナオトの顔色が変わった。

「ハルキは……無事なんですか?」

「はい。現在は警護を強化しています」

その言葉を聞き、ナオトは胸を撫で下ろした。

しかし、安心は長く続かなかった。

セツナは一枚の紙を机に置いた。

「男が残した伝言です」

ナオトは文字を読んだ。

『三枝ナオトへ。約束を忘れるな。弟の居場所は分かっている』

「……」

紙を持つ指が震えた。

「まだ……弟を利用するつもりなのか」

セツナは静かに尋ねた。

「この言葉に、心当たりはありますか?」

ナオトは頷いた。

「……あります」

そして、目を伏せた。

「最初に、あの男から協力を求められた時のことです」


二十日ほど前。

黒影衆本部の補給倉庫。

ナオトは一日の仕事を終え、帳簿を片づけていた。

そこへ、頭巾を被った人物が現れた。

「三枝ナオトだな」

「……そうですが」

「北側第二補給所の担当記録を確認したい」

相手は懐から命令書を取り出した。

黒影衆本部の印章が押されている。

「正式な命令ですか?」

「急ぎの案件だ。上には話が通っている」

ナオトは書類を確認した。

形式に不自然な点は見当たらなかった。

だが、署名だけが僅かに滲んでいた。

「……発行元を確認してもよろしいでしょうか」

「時間がない」

相手の声が低くなった。

「北側の補給が滞れば、任務中の忍が困ることになる」

ナオトは迷った。

しかし、正式な印章がある以上、命令を無視するわけにもいかないと思った。

「……分かりました」

その時だった。

相手が、何気なく言った。

「弟は元気か?」

ナオトの手が止まった。

「……なぜ、弟のことを?」

「南東の宿場町で働いているそうだな」

「……」

「薬草店だったか」

ナオトは相手を見つめた。

「何が言いたいんですか?」

頭巾の人物は答えなかった。

ただ、命令書を机の上へ置いた。

「頼まれた仕事をしてくれれば、それでいい」

その言葉を聞いた瞬間、ナオトは理解した。

これは単なる補給任務ではない。

相手は、弟の存在を利用して自分を従わせようとしているのだ。


「……あの時から、私は間違っていたんです」

ナオトは俯いたまま話していた。

「正式な命令ではないかもしれないと、薄々気づいていました」

セツナは黙って聞いている。

「ですが、弟のことを持ち出されて……逆らえませんでした」

「その人物の特徴は、以前話してくれた通りですか?」

「はい。細身で、低い声でした。右足を少し引くように歩いていました」

ナオトはそこで言葉を止めた。

「……待ってください」

セツナが顔を上げる。

「何か思い出しましたか?」

「最初に会った日ではありません。二度目に会った時のことです」

ナオトは記憶を辿った。

「あの人物は、倉庫の裏で私を待っていました。その時、別の忍が近くを通ったんです」

「別の忍?」

「はい。巡回中の中忍だったと思います」

「顔は見ましたか?」

「暗かったので、はっきりとは……」

ナオトは眉を寄せた。

「ただ、あの人物は、その忍が近づいてきても逃げようとしませんでした」

セツナは静かに尋ねた。

「知り合いだった可能性がある?」

「分かりません。でも……」

ナオトは顔を上げた。

「その忍は、私たちの方を見た後、何も言わずに通り過ぎたんです」

「……」

「普通なら、夜の倉庫裏で顔を隠した人物を見かければ、声をかけるはずです」

セツナは頷いた。

「確かに、確認する理由にはなるわね」

「……それだけではありません」

ナオトは続けた。

「その忍が通り過ぎる直前、頭巾の人物が小さく手を動かしたんです」

「手を?」

「はい。指を二本、胸元に当てるような動きでした」

セツナは手帳を開いた。

「合図だったと思いますか?」

「当時は気にしませんでした。でも、今考えると……」

「分かったわ。重要な証言として記録します」

セツナは筆を走らせた。

ただし、それが仲間同士の合図だったとは、まだ決まっていない。

偶然の仕草だった可能性も残っていた。


しばらくして。

ナオトは机の上の木彫りの鳥を見つめた。

「……セツナ様」

「何でしょう」

「弟に、伝言を届けてもらえませんか」

「内容によりますが、可能です」

ナオトは深く息を吸った。

「私のことは心配するな、と」

セツナは静かに答えた。

「……それだけでいいんですか?」

ナオトは少し驚いた。

「え?」

「ハルキさんは、あなたを助けたいと話していたそうです」

「……ハルキが?」

「はい。自分ももう子供ではない、と」

ナオトは目を見開いた。

そして、ゆっくりと俯いた。

「……そうですか」

長い沈黙が流れた。

やがて、ナオトは小さく笑った。

「私は、いつまでもあいつを子供だと思っていたんですね」

セツナは何も言わなかった。

「両親が亡くなってから、私が守らなければと……ずっと、そればかり考えていました」

ナオトは木彫りの鳥を握った。

「ですが、弟にも自分の考えがある。私が勝手に決めていいことではありませんでした」

顔を上げる。

「伝言を変えてもいいですか?」

「ええ」

「……必ず、もう一度会いに行く。それまで、どうか無事でいてほしい」

セツナは頷いた。

「伝えます」


午後。

情報部門の執務室。

セツナは佐伯イツキに、ナオトの新しい証言を説明していた。

「倉庫裏で、別の忍が通り過ぎた……」

イツキは手帳を見つめた。

「その人物が協力者だった可能性もありますね」

「ええ。でも、まだ分からない」

「巡回記録を調べますか?」

「お願い」

セツナは続けた。

「ナオトさんが二度目に接触した日の夜。補給倉庫周辺を担当していた忍を確認して」

「承知しました」

イツキは立ち上がった。

「それと、セツナ様」

「何?」

「三枝さんの処遇は、どうなるのでしょうか」

セツナは少し考えた。

「今すぐ結論は出せないわ」

「……」

「命令に従って不正な補給を手配した事実は消えない。でも、脅迫されていたことも考慮しなければならない」

「そうですね」

「まずは事件の全容を明らかにする。それが先よ」

イツキは頷き、部屋を出ていった。


夕方。

ナオトのいる部屋に、再びセツナが訪れた。

「三枝さん」

「はい」

「一つ、確認したいことがあります」

「何でしょう」

「今後、あの人物から再び連絡があった場合、私たちに協力してもらえますか?」

ナオトは迷わず答えた。

「……はい」

セツナは続けた。

「ただし、あなたを危険な場所へ送り出すつもりはありません。必要なことはこちらで判断します」

「分かっています」

ナオトは真剣な表情になった。

「私は、自分がしたことから逃げません」

「……」

「弟を守りたいという気持ちは、今も変わりません。ですが、そのために他の忍や仲間を危険にさらしていいわけではなかった」

セツナは静かに頷いた。

「その言葉、覚えておきます」

ナオトは机の上の木彫りの鳥へ目を向けた。

「……今度こそ、正しいことをしたいんです」

窓の外では、夕日が黒影衆の里を照らしていた。

過去の過ちを消すことはできない。

だが、その過ちと向き合い、これから何をするかを選ぶことはできる。

三枝ナオトは、ようやく自分の意思で歩き始めようとしていた。

第150話 完

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