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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第5章「黒影衆内部抗争編」
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第147話「偽りの命令」

一 命令書の違和感

黒影衆本部・情報室。

朝の陽光が窓から差し込む中、如月セツナは机に並べた三枚の命令書を見つめていた。

一枚目は、北側監視塔の巡回交代を変更した命令書。

二枚目は、古文書庫の整理を指示した命令書。

そして三枚目は、北側巡回班へ倒木の確認を命じた命令書だった。

いずれも黒影衆本部の印章が押されている。

しかし、署名には不自然な滲みがあった。

「……同じ方法なのかしら」

セツナは三枚を並べ直した。

印章の位置。

文字の間隔。

紙の種類。

命令書の形式そのものに、大きな違いはない。

だが、署名だけが奇妙だった。

「セツナ様」

情報部門の佐伯イツキが入ってきた。

「おはようございます」

「おはよう、イツキ」

「昨日の巡回記録について、追加の確認が取れました」

セツナが顔を上げる。

「聞かせて」

イツキは報告書を差し出した。

「北側通路に倒木があったという連絡ですが、現場では倒木を確認できなかったそうです」

「……そう」

「巡回班は指定された場所まで向かいましたが、道を塞ぐような木はなかったとのことです」

セツナは報告書を受け取った。

「周辺の木が倒れた痕跡は?」

「ありませんでした」

「別の場所と間違えた可能性は?」

「巡回班にも確認しましたが、命令書に書かれた地点を調べたそうです」

セツナは静かに頷いた。

「分かったわ」

イツキが尋ねる。

「……やはり、偽の命令だったのでしょうか」

「その可能性は高くなったわね」

セツナは三枚の命令書へ視線を戻した。

「ただし、誰が作ったのかは別の問題よ」

「……はい」

「今日は、命令書が作られた経路を調べましょう」


二 文書管理室

黒影衆本部・西棟。

文書管理室には、任務命令や人員配置に関する書類が保管されている。

棚には大量の巻物と帳簿が並び、中央には大きな作業机が置かれていた。

セツナとイツキが入ると、一人の男性が顔を上げた。

「……如月様?」

文書管理を担当する中忍、宮坂シゲルだった。

四十代半ばの落ち着いた男で、長年にわたり本部の文書整理を任されている。

「おはようございます。今日はどうされました?」

セツナは軽く頭を下げた。

「少し、命令書について確認したいことがあるの」

「命令書ですか?」

「ええ」

セツナは三枚の写しを取り出した。

「この形式の書類は、どこで作成されるの?」

シゲルは紙を受け取り、順番に確認した。

「……本部の正式な命令書ですね」

「ええ」

「通常は、各部門が内容を起案し、責任者の確認を受けてから文書管理室へ回されます」

セツナが尋ねる。

「印章は?」

「承認された後に押されます」

「誰でも使えるの?」

シゲルは首を振った。

「いいえ。印章は管理箱に保管してあります。使用する際は、担当者と時刻を記録します」

「その記録を確認したいの」

シゲルは少し驚いた。

「……何か問題でも?」

セツナは静かに答えた。

「現在、情報部門で調査している案件に関係しているの」

「……承知しました」

シゲルは棚から厚い帳簿を取り出した。

「こちらです」


三 印章使用記録

セツナは帳簿を開いた。

そこには、日付ごとに印章の使用記録が記されていた。

使用者。

承認者。

書類の種類。

そして、使用時刻。

「……」

セツナは、北側巡回班へ倒木確認の命令が出された日を探した。

該当する日付には、いくつかの記録があった。

物資輸送命令。

人員配置変更。

任務終了報告。

しかし、倒木確認の命令書に該当する記録はない。

「……宮坂さん」

「はい」

「この日に、北側巡回班への臨時命令は発行されている?」

シゲルは帳簿を覗き込んだ。

「……少々お待ちください」

別の記録も確認する。

やがて、首を振った。

「ありませんね」

イツキが尋ねた。

「記録を忘れることはありますか?」

シゲルは少し考えた。

「絶対にないとは言い切れませんが、印章を使用した記録は必ず残す決まりです」

セツナは頷いた。

「なるほど」

続いて、古文書庫の整理命令が出された日を確認する。

こちらも、該当する命令書の発行記録は見つからなかった。

「……二枚ともないわね」

イツキが呟いた。

シゲルは眉を寄せた。

「……それは、おかしいですね」

セツナは尋ねた。

「印章を使わずに、正式な命令書を作る方法はある?」

「通常はありません」

「印章の写しを作ることは?」

シゲルは表情を引き締めた。

「技術的には可能でしょうが、厳しく禁じられています」

セツナは頷いた。

「……分かったわ」

しかし、まだ一つ確認することがあった。

「宮坂さん」

「はい」

「印章の管理箱を見せてもらえる?」


四 管理箱

文書管理室の奥。

小さな保管庫の中に、印章を収めた箱が置かれていた。

箱には簡単な封印術が施されている。

シゲルは管理用の札を取り出した。

「こちらが正式な印章です」

封印を解除し、箱を開く。

中には、黒影衆の紋章が刻まれた印章が収められていた。

セツナは近づいた。

「……触れても?」

「構いません。ただし、使用する場合は記録が必要です」

「見るだけよ」

セツナは印章を確認した。

木製の持ち手。

金属製の印面。

長年使われているため、縁には僅かな摩耗がある。

「……」

セツナは、持参した命令書の写しを見た。

印章の輪郭は、よく似ている。

しかし、写しだけでは細部を比較できない。

「原本との照合が必要ね」

イツキが頷いた。

「はい」

シゲルは尋ねた。

「……印章が偽造された可能性があるのですか?」

セツナは少し考えた。

「まだ断定できないわ」

「……」

「ただ、正式な記録にない命令書が存在している」

シゲルの表情が曇った。

「……それは、重大な問題ですね」

「ええ」

セツナは続けた。

「だからこそ、慎重に調べたいの」

シゲルは深く頷いた。

「必要な記録があれば、協力します」

「ありがとう」


五 消えた用紙

午後。

文書管理室での調査は続いていた。

イツキは、命令書に使用される紙の管理記録を確認していた。

「……セツナ様」

「何かあった?」

「少し気になることがあります」

イツキは帳簿を差し出した。

「正式な命令書用の紙は、毎月まとめて支給されています」

「ええ」

「ただ、先月の使用枚数と残数が合っていません」

セツナが顔を上げた。

「どのくらい?」

「……四枚です」

「四枚?」

「はい」

イツキは数字を指差した。

「支給された枚数から使用記録を差し引くと、残っているはずの紙が四枚足りません」

セツナは帳簿を確認した。

「……廃棄記録は?」

「ありません」

「書き損じは?」

「それも記録されていません」

セツナは考え込んだ。

四枚。

現在確認されている不審な命令書は三種類。

数は近い。

しかし、それだけで関連があるとは言えない。

「……紙の紛失は、以前にもあった?」

イツキは別の帳簿を開いた。

「確認します」

しばらくして、答えた。

「……過去にも数枚の差が出た月はあります」

セツナは頷いた。

「なら、今回だけが異常とは言い切れないわね」

「はい」

「それでも、調べる価値はある」

セツナは続けた。

「紙を管理している担当者と、書き損じの処理方法を確認して」

「承知しました」

イツキは手帳に書き留めた。


六 署名の秘密

夕方。

黒影衆本部・情報室。

セツナは、三枚の命令書の原本を並べていた。

机の上には、小さな拡大鏡と筆が置かれている。

「……」

彼女が注目していたのは、署名だった。

文字の輪郭が不自然に滲んでいる。

しかし、紙そのものが濡れた様子はない。

「……普通の墨の滲みじゃない」

セツナは呟いた。

イツキが隣から覗き込む。

「……何か分かりましたか?」

「まだ確かなことは少ないわ」

セツナは一枚を示した。

「ここを見て」

イツキは目を凝らした。

「……文字の周りが、少し薄くなっていますね」

「ええ」

「消そうとしたのでしょうか?」

「その可能性もある」

セツナは別の命令書を示した。

「でも、三枚とも似た状態なの」

イツキは頷いた。

「……確かに」

セツナは静かに続けた。

「幻術で文字を隠したのかもしれない」

「……」

「あるいは、特殊な墨を使って署名を変化させた可能性もある」

イツキが尋ねる。

「セツナ様の幻術で確認できますか?」

セツナは首を振った。

「無理に術をかければ、残っている痕跡を壊すかもしれない」

「……なるほど」

「まずは、文書そのものを調べる必要があるわ」

セツナは紙を丁寧に重ねた。

「明日、専門の者に確認してもらいましょう」


七 もう一つの経路

その日の夕方。

イツキが追加の報告を持ってきた。

「セツナ様」

「どうしたの?」

「文書管理室で、命令書の配布方法について確認できました」

セツナが顔を上げる。

「聞かせて」

イツキは手帳を開いた。

「正式な命令書は、通常、各部門の伝令担当者が受け取ります」

「ええ」

「ただし、緊急命令の場合は、発行元の担当者が直接届けることもあるそうです」

セツナは頷いた。

「……つまり、文書管理室を経由しない場合もあるのね」

「はい」

「その場合、記録は?」

「発行元の部門に残されることになっています」

セツナは考え込んだ。

「……なるほど」

イツキが続ける。

「今回の倒木確認命令は、巡回班へ直接届けられています」

「そうね」

「もし緊急命令を装ったなら、文書管理室の配布記録がなくても不自然には見えません」

セツナは静かに頷いた。

「……確かに」

ただし、発行元の記録が存在するはずだった。

「イツキ」

「はい」

「北側巡回班の命令書に記されている発行元を確認して」

「承知しました」

イツキは原本を手に取った。

「……本部警備部門となっています」

セツナが顔を上げる。

「警備部門?」

「はい」

「なら、そこに発行記録があるか確認しましょう」


八 存在しない命令

夜。

黒影衆本部・警備部門。

セツナとイツキは、当直の上忍補佐から説明を受けていた。

「……倒木確認の命令ですか?」

「ええ」

セツナは命令書を差し出した。

「こちらから発行された記録はある?」

上忍補佐は書類を確認した。

「……少々お待ちください」

棚から当日の命令記録を取り出す。

一枚ずつ確認していく。

しばらくして、首を振った。

「……ありません」

イツキが尋ねた。

「臨時の口頭命令は?」

「それも記録される決まりです」

セツナは頷いた。

「つまり、この命令を出した記録はないのね」

「はい」

上忍補佐は命令書を見つめた。

「……ですが、印章は正式なものに見えます」

セツナは静かに答えた。

「そこも調査中よ」

「……」

「この件については、まだ外部へ話さないで」

上忍補佐は頷いた。

「承知しました」

セツナは命令書を受け取った。

「協力ありがとう」


九 偽りの権限

黒影衆本部・情報室。

夜も更けた頃。

セツナとイツキは、今日の調査結果を整理していた。

「……分かったことは、いくつかあります」

イツキが報告書を読み上げる。

「不審な命令書に、正式な発行記録がないこと」

セツナが頷く。

「ええ」

「命令書用の紙が、帳簿上の数と一致していないこと」

「……」

「そして、北側巡回班への命令は、警備部門から発行されていないこと」

セツナは静かに答えた。

「そうね」

イツキは少し考えた。

「……これなら、偽造命令だと判断できるのでは?」

セツナは首を振った。

「正式な命令ではなかった可能性は、かなり高いわ」

「……」

「でも、誰が作ったのかは分からない」

イツキは頷いた。

「……はい」

セツナは続けた。

「印章の偽造なのか、正式な印章が不正に使われたのかも分かっていない」

「……」

「それに、署名が滲んでいる理由も不明よ」

イツキは報告書へ目を落とした。

「……まだ、調べることが多いですね」

セツナは小さく笑った。

「ええ」

そして、真剣な表情に戻った。

「でも、一つだけはっきりしてきた」

イツキが顔を上げる。

「……何でしょう?」

セツナは三枚の命令書を見つめた。

「相手は、黒影衆の命令系統をよく知っている」

「……!」

「どの部門の名前を使えば、忍が動くのか」

「……」

「どんな形式の命令書なら、不自然に見えないのか」

セツナは続けた。

「それを理解している可能性が高い」

イツキは眉を寄せた。

「……内部の人間でしょうか」

セツナは少し考えた。

「その可能性はあるわ」

「……」

「でも、過去に黒影衆へ所属していた人物や、内部の情報を得た外部の人物かもしれない」

イツキは頷いた。

「……決めつけられませんね」

「ええ」


十 次の調査

深夜。

情報室には、セツナ一人が残っていた。

机の上には、三枚の命令書。

それぞれが、異なる場所で使われている。

北側監視塔。

古文書庫。

北側巡回路。

しかし、共通点もあった。

正式な命令を装っていること。

署名が不自然に滲んでいること。

そして、結果として本来の監視や管理が弱まっていると。

「……」

セツナは筆を取った。

新しい調査項目を書き加える。

『命令書用紙の管理経路』

『印章の使用記録と保管状況』

『署名に残された術式の有無』

そして、最後にもう一つ。

『緊急命令を直接届けられる立場の人物』

セツナは筆を置いた。

「……少しずつ、絞れてきた」

しかし、相手の正体はまだ分からない。

黒い札を使う忍。

命令書を作った人物。

そして、それを実際に届けた人物。

全てが同じ人物とは限らなかった。

セツナは窓の外を見つめた。

里は静かだった。

しかし、その静けさの裏で、何者かが黒影衆の仕組みを利用していた。

正式な権限を持たない者が、正式な命令を装う。

そして、忍たちは命令に従って動く。

それは、黒影衆が長い年月をかけて築いてきた信頼を利用する行為だった。

「……許すわけにはいかない」

セツナは静かに呟いた。

ただし、怒りだけで動くつもりはなかった。

必要なのは、確かな証拠。

そして、誰が何をしたのかを明らかにすること。

セツナは命令書を丁寧に封筒へ収めた。

調査は、次の段階へ進もうとしていた。

第147話 完

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