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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第5章「黒影衆内部抗争編」
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141/184

第141話「情報部の追跡」

黒影衆本部・情報室。

朝の陽光が窓から差し込み、机の上に積まれた書類を照らしていた。

如月セツナは、昨夜届いた報告書を読み返していた。

北側第二補給所から持ち去られた古文書。

正式な記録のない物資の運搬。

そして、三枝ナオトに接触していた正体不明の忍。

それぞれの情報は集まり始めている。

しかし、肝心の人物の正体だけが分からない。

「……」

セツナは筆を取り、報告書の一部分に印をつけた。

『黒い札』

これまで、少なくとも二人の忍が、その札を目撃している。

北側監視塔の北条ユウキ。

そして、補給担当の三枝ナオト。

二人とも、札を提示した人物から命令を受けていた。

「……同じ人物とは限らない」

セツナは小さく呟いた。

黒い札が一枚だけとは限らない。

複数の人物が使っている可能性もある。

その時、扉が叩かれた。

「セツナ様」

「入って」

情報部門の若い忍が姿を現した。

「三枝ナオトが面会を求めています」

セツナが顔を上げる。

「……本人が?」

「はい。至急、お話ししたいことがあるそうです」

「分かったわ。通して」

「承知しました」

若い忍が退出する。

セツナは机の上の書類を片付けた。

「……決めたのね、三枝さん」


しばらくして。

三枝ナオトが情報室へ入ってきた。

その顔には疲労の色が濃く残っていた。

「……おはようございます」

「おはよう、三枝さん」

セツナは椅子を示した。

「座って」

「……はい」

ナオトはゆっくり腰を下ろした。

しばらく沈黙が続く。

セツナは急かさなかった。

やがて、ナオトが懐から一通の手紙を取り出した。

「……これを」

セツナは受け取った。

「読んでも?」

「……はい」

紙を広げる。

そこには、ナオト自身の筆跡で、これまでの行動が記されていた。

正式な手続きを経ない物資の移動。

北側補給路の情報提供。

正体不明の人物から受けた指示。

そして、弟への脅迫。

セツナは最後まで読み終えた。

「……自分で書いたのね」

ナオトが頷く。

「はい」

「書かれていることに、間違いはない?」

「……ありません」

セツナは手紙を机へ置いた。

「分かったわ」

ナオトは顔を伏せた。

「……処罰は覚悟しています」

「それについては、私だけでは決められない」

「……はい」

「でも、あなたが自分から話してくれたことは、きちんと報告するわ」

ナオトは小さく頷いた。

「……ありがとうございます」

セツナは続けた。

「それと、弟さんについて」

ナオトが顔を上げる。

「……ハルキは?」

「昨日の時点では無事を確認しているわ」

「……!」

ナオトの表情が変わった。

「本当ですか?」

「ええ。宿場町の薬草店で働いていることも確認できている」

ナオトは深く息を吐いた。

「……よかった」

しかし、セツナは続けた。

「ただ、周囲に不審な旅人が現れているという報告もある」

ナオトの表情が再び強張った。

「……やっぱり」

「心当たりがあるのね」

「……はい」

ナオトは昨日の出来事を話し始めた。

補給倉庫の裏手で、頭巾を被った忍と接触したこと。

相手から、セツナに何を話したのか確認されたこと。

そして、最後に言われた言葉。

『明日の朝になれば分かる』

セツナは黙って聞いていた。

「……その言葉を聞いた時、弟に何か起こるんじゃないかと思いました」

「……」

「だから、もう黙っていられなくなったんです」

セツナは頷いた。

「話してくれてありがとう」

ナオトは俯いた。

「……俺は、遅すぎました」

セツナは少し考えた。

「遅かったかどうかは、これからの行動にもよるわ」

「……」

「あなたが知っていることを、できるだけ正確に教えてほしい」

ナオトは顔を上げた。

「……はい」


セツナは机の上に白い紙を広げた。

「まず、相手について確認するわ」

「はい」

「最初に接触されたのは、いつ?」

ナオトは少し考えた。

「……二十日ほど前です」

「場所は?」

「補給倉庫の裏手でした」

「その時から顔を隠していた?」

「はい」

セツナは筆を動かした。

「身長は?」

「俺と同じくらいか、少し高い程度です」

「体格は?」

「細身でした」

「声は?」

「低い声でした。ただ……」

ナオトが言葉を止める。

セツナが顔を上げた。

「ただ?」

「……少し、不自然だったんです」

「どういうこと?」

「言葉の途中で、声が変わるような感じがありました」

セツナは目を細めた。

「……声色を変えていた可能性があるわね」

「はい」

「歩き方に特徴は?」

ナオトはしばらく考えた。

「……右足を、少し引くように歩いていた気がします」

セツナの筆が止まった。

「右足?」

「はい。でも、毎回ではありませんでした」

「……なるほど」

セツナは書き留めた。

歩き方まで偽装していた可能性もある。

あるいは、複数の人物が同じ装いをしていたのかもしれない。

「他に気づいたことは?」

ナオトは首を振りかけた。

しかし、何かを思い出したように顔を上げた。

「……手です」

「手?」

「札を持っていた手に、傷がありました」

セツナが身を乗り出した。

「どこに?」

「左手の親指の付け根です」

「傷の形は?」

「……細長い傷でした」

セツナは慎重に記録した。

「いつ見たの?」

「昨日です。札を懐へ戻す時に見えました」

「……分かったわ」

それだけで人物を特定することはできない。

忍なら、手に傷のある者など珍しくない。

しかし、照合できる特徴が一つ増えた。


「……それと」

ナオトが懐へ手を入れた。

セツナは顔を上げる。

「何?」

ナオトは小さな布包みを取り出した。

「これを、渡そうと思っていました」

布を開く。

中には、黒い札の欠片があった。

セツナの表情が変わった。

「……これは」

「相手が持っていた札の一部です」

「どうしてあなたが?」

「以前、命令書を受け取った時、札の角が欠けて落ちたんです」

セツナは欠片を見つめた。

表面には、細い文字。

そして、縁には三本の線の一部が残っている。

「……いつから持っていたの?」

「最初に接触された頃からです」

「なぜ保管していたの?」

ナオトは少し俯いた。

「……最初から、どこかおかしいと思っていたんです」

「……」

「でも、正式な命令印があったから、疑うのをやめようとしていました」

セツナは静かに頷いた。

「そう」

ナオトが続ける。

「もし何かあった時、証拠になるかもしれないと思って……」

「よく残してくれたわ」

セツナは直接触れず、清潔な布の上へ欠片を移した。

「これはこちらで調べる」

「……はい」

「ただし、札が本物かどうかも含めて確認する必要があるわ」

ナオトは頷いた。

セツナは欠片を見つめた。

黒い札。

北条ユウキを監視塔から離れさせたもの。

本部の扉を開けるために使われた可能性があるもの。

そして、三枝ナオトへ偽装命令を伝えるために提示されたもの。

ようやく、実物の一部が手に入った。


昼前。

黒影衆本部・情報室。

ナオトが別室で待機する間、セツナは部下を呼んだ。

「この欠片を調べたいの」

若い情報忍が覗き込む。

「……黒い札ですか?」

「ええ」

「封印術の痕跡があるように見えますね」

セツナは頷いた。

「私もそう思う」

「専門の者を呼びますか?」

「お願い」

「誰を?」

「天野ミコト」

部下が顔を上げる。

「封印術の解析を担当している、あの方ですね」

「ええ。札を壊さずに調べてもらいたい」

「承知しました」

部下が退出する。

セツナは欠片を小さな箱へ収めた。

しばらくして、扉が開いた。

「……呼ばれたと聞いたけど」

一人の女性が入ってきた。

肩まで伸びた黒髪を後ろでまとめ、腰には複数の封印札を下げている。

天野ミコト。

黒影衆の封印術を専門とする忍だった。

「久しぶりね、セツナ」

セツナが顔を上げる。

「来てくれてありがとう」

「何を調べればいいの?」

セツナは箱を差し出した。

「これよ」

ミコトは蓋を開いた。

そして、黒い欠片を見つめる。

「……」

表情が僅かに変わった。

「……珍しいわね」

セツナが尋ねる。

「何か分かる?」

「少し待って」

ミコトは欠片を机へ置いた。

懐から白い封印札を取り出す。

そして、黒い欠片の隣へ並べた。

指先に少量のチャクラを集める。

白い札に刻まれた文字が、淡く光った。

しかし、黒い欠片には変化がない。

ミコトは眉を寄せた。

「……なるほど」

「どう?」

「普通の封印札とは違うわ」

セツナが身を乗り出す。

「詳しく聞かせて」

ミコトは欠片を指差した。

「この細い文字。見た目は封印術に似ているけど、術式の流れが途中で途切れている」

「欠けているから?」

「それもある。でも、元から一枚だけでは成立しない構造だった可能性があるわ」

セツナは考えた。

「……複数の札を組み合わせる術?」

「その可能性もあるし、札そのものが何か別の術式に反応する仕組みかもしれない」

「……」

ミコトは続けた。

「それに、表面の黒い顔料にも細工がある」

セツナが顔を上げる。

「幻術?」

「断定はできない。ただ、チャクラを留めやすい材料が混ざっているようね」

「……なるほど」

ミコトは欠片を箱へ戻した。

「もっと詳しく調べたい」

「お願いできる?」

「ええ。ただし、数日は必要よ」

セツナは頷いた。

「構わないわ」

ミコトは少し考えた。

「……セツナ」

「何?」

「この札、どこで手に入れたの?」

セツナは答えた。

「内部調査の証拠品よ」

ミコトの表情が引き締まる。

「……そう」

「今は詳しく話せないけど、慎重に扱ってほしい」

「分かった」

ミコトは箱を受け取った。

「解析の途中で分かったことがあれば、すぐに知らせるわ」

「ありがとう」


午後。

黒影衆本部・情報室。

セツナは、三枝ナオトの証言をまとめていた。

そこへ、南東の宿場町へ向かった情報忍から連絡が届いた。

「……三枝ハルキの状況は?」

セツナが尋ねる。

伝令役の忍が答えた。

「本日も薬草店に出勤しています。今のところ、怪我や異常は確認されていません」

「不審な旅人は?」

「二人のうち、一人を確認しました」

「特徴は?」

「背の高い男です。店の前を通りましたが、立ち寄ることなく去っています」

セツナは頷いた。

「追跡は?」

「距離を保って追いましたが、宿場町の西側で見失いました」

「……そう」

「申し訳ありません」

「謝る必要はないわ。無理に追えば、こちらの存在を知られる可能性もある」

「はい」

セツナは少し考えた。

「ハルキ本人には、まだ兄の事情を話さないで」

「承知しました」

「ただし、身の危険が迫った場合は安全を優先して」

「はい」

伝令役が退出する。

セツナは椅子へ腰を下ろした。

「……」

ナオトの証言。

黒い札の欠片。

そして、弟の周囲に現れる不審な旅人。

脅迫が実際の危険につながっている可能性は、無視できなくなっていた。


夕方。

情報室の奥にある小さな面談室。

三枝ナオトは、セツナから弟の無事を伝えられていた。

「……今日も無事なんですね」

「ええ」

ナオトは深く息を吐いた。

「……ありがとうございます」

セツナは向かいに座った。

「三枝さん。これからのことを話したいの」

ナオトが顔を上げる。

「……はい」

「あなたには、しばらく補給業務から離れてもらう」

「……分かりました」

「正式な処分については、頭領の判断を仰ぐことになるわ」

「……はい」

セツナは続ける。

「それまで、こちらで安全を確保できる場所にいてほしい」

ナオトの表情が変わった。

「……俺を拘束するんですか?」

「今は保護を優先したいの」

「……」

「あなたが証言したことを、相手が知れば危険かもしれない」

ナオトは俯いた。

「……そうですね」

「無理に外へ出ないこと。誰かから連絡があったら、すぐに知らせて」

「分かりました」

セツナは少し表情を和らげた。

「弟さんのことも、引き続き確認するわ」

ナオトは深く頭を下げた。

「……お願いします」

しばらくして、ナオトが口を開いた。

「……セツナ様」

「何?」

「俺は、黒影衆に戻れるんでしょうか」

セツナはすぐには答えなかった。

「……それは、今の私には約束できない」

ナオトは静かに頷いた。

「……そうですよね」

「でも」

セツナは続けた。

「これから何をするかは、まだ選べるわ」

ナオトが顔を上げる。

「……」

「あなたが知っていることを話してくれたおかげで、調査は進んだ」

「……はい」

「だから、今は逃げずに協力してほしい」

ナオトは目を閉じた。

そして、ゆっくり頷いた。

「……分かりました」


夜。

黒影衆本部・情報室。

セツナは一人、今日の記録を整理していた。

三枝ナオトの証言。

黒い札の欠片。

天野ミコトによる解析の開始。

弟の安全確認。

ようやく、調査が前へ進み始めている。

しかし、まだ分からないことが多すぎた。

黒い札を使っている人物は何者なのか。

正式な命令印を、どうやって偽装したのか。

そして、古文書を持ち出した目的は何なのか。

「……」

セツナは机の上の地図を広げた。

北側監視塔。

東棟小会議室。

補給倉庫。

北側第二補給所。

それぞれの場所に、小さな印をつける。

「……移動経路だけなら、ある程度見えてきた」

しかし、相手の目的までは見えない。

セツナは筆を置いた。

その時、扉が叩かれた。

「セツナ様」

「入って」

若い情報忍が姿を現した。

「三枝ナオトの自宅を確認していた者から報告です」

セツナが顔を上げる。

「何かあった?」

「はい」

部下は巻物を開いた。

「昨夜、ナオトの自宅前に頭巾を被った人物が現れていたそうです」

セツナの目が細くなる。

「……昨夜?」

「はい。巡回中の忍が遠目に確認していました」

「なぜ、今まで報告がなかったの?」

「その時点では、不審者と判断できなかったそうです。今日になって、ナオトの証言と照合した結果、報告が上がりました」

セツナは静かに頷いた。

「……分かったわ」

部下が続ける。

「それと、もう一つ」

「何?」

「その人物は、ナオトの家を離れた後、北側へ向かったようです」

セツナは地図へ視線を落とした。

「……北側」

「はい」

「どこまで追えたの?」

「本部の外周に近い通りまでです」

セツナは少し考えた。

「……その先には、旧街道へ続く道がある」

部下が頷いた。

「はい」

セツナは立ち上がった。

「明日、その周辺の監視記録を確認しましょう」

「承知しました」

部下が退出する。

セツナは窓の外を見た。

夜の里には、静かな灯りが並んでいる。

「……黒い札」

小さく呟いた。

「あなたたちは、何を隠そうとしているの?」

答えは、まだ見つからない。

しかし、三枝ナオトが沈黙を破ったことで、情報部門は初めて実物の証拠を手にした。

その小さな欠片が、黒影衆内部に潜む何者かへ繋がるのか。

それとも、さらに深い謎を明らかにするのか。

調査は、まだ始まったばかりだった。

第141話 完

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