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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第5章「黒影衆内部抗争編」
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第138話「忍び寄る疑念」

黒影衆の里。

朝の陽光が、山々に囲まれた里を照らしていた。

修行場からは若い忍たちの声が聞こえ、商店の並ぶ通りには少しずつ人が集まり始めている。

普段と変わらない朝。

しかし、黒影衆本部では、夜通し調査が続けられていた。

古文書庫から消えた第三巻。

北側監視塔の改ざんされた記録。

そして、正体不明の黒い札。

別々に見えていた出来事が、少しずつ結びつき始めていた。

黒影衆本部・情報室。

「……やはり、記録が合わないわね」

如月セツナは机の上に二冊の帳簿を広げていた。

一冊は古文書庫の管理記録。

もう一冊は本部の物資移動記録だった。

隣では、情報部門の若い忍が書類を確認している。

「セツナ様。こちらの記録では、古文書庫から補給倉庫への移動はありません」

「ええ」

「ですが、第三巻が消えている」

「そうね」

セツナは帳簿の一部分を指差した。

「この日を見て」

部下が覗き込む。

「……古文書庫の整理が行われた日ですね」

「その日に、補給倉庫へ古い木箱が三つ運ばれている」

「……!」

「でも、移動元が記載されていないの」

部下は別の帳簿を確認した。

「確かに……」

セツナは静かに続ける。

「第三巻がその中にあったとは限らないわ。ただ、確認する価値はある」

「運搬担当者を調べますか?」

「お願い」

「承知しました」

部下が退出すると、セツナは椅子の背にもたれた。

「……」

三枝ナオト。

補給管理を担当する中忍。

昨日の聞き取りでは、追加の木箱を運ばせたことを認めている。

しかし、指示した人物の名前は話さなかった。

『……今は、聞かないでください』

その言葉を思い出す。

「……何を恐れているのかしら」

セツナは小さく呟いた。

黒影衆・第二修行場。

蒼真は木刀を手に、ゆっくりと足を運んでいた。

右足を前へ。

腰を落とす。

呼吸を整え、木刀を斜めに構える。

そこから一歩踏み込もうとして、脇腹に僅かな痛みが走った。

「……」

蒼真は動きを止めた。

「まだ、少し痛むか」

木刀を下ろす。

その時、背後から声がした。

「無理をしないのは、いい判断だ」

振り返ると、風間コウガが立っていた。

「コウガさん」

「傷の具合は?」

「かなり良くなりました。でも、踏み込むと少し痛みます」

「なら、まだ踏み込むな」

「……はい」

コウガは隣に立った。

「今日は何を意識していた?」

「身体の動きです」

「風遁ではなく?」

「はい。宗玄に、風は無理に動かすものじゃないって教わったので」

コウガは頷いた。

「なるほどな」

蒼真は木刀を見下ろした。

「前は、速く振ることばかり考えてました」

「今は?」

「……相手がどう動くかを考えるようになりました」

コウガは少し笑った。

「悪くない」

「本当ですか?」

「ああ。ただし、相手を見ることに集中しすぎるな」

「……?」

「自分の足元も忘れるなということだ」

蒼真が首を傾げる。

コウガは木刀を一本手に取った。

「例えば、相手が右へ動いたとする」

「はい」

「お前は追いかけるか?」

「……状況によります」

「いい答えだ」

コウガはゆっくりと横へ移動した。

「相手を追えば、自分の立つ場所も変わる。そこで仲間との距離が開くこともある」

蒼真は頷いた。

「……地下で、それがありました」

「そうか」

「蓮司と離れそうになって、凛たちのところへ戻るのが遅れました」

コウガは木刀を下ろした。

「なら、次はその経験を生かせ」

「はい」

蒼真は少し笑った。

「……早く、みんなと修行したいです」

「焦るな。蓮司もレイも、まだ治療中だろう」

「そうですね」

コウガは蒼真の肩を軽く叩いた。

「今は考える修行をしておけ」

黒影衆本部・評定の間。

鬼塚ジンは、黒崎玄十郎の前に立っていた。

机の上には、風影刀に関する新しい調査計画が置かれている。

「……調査は三段階に分けます」

ジンが説明を始めた。

「まず、風影刀の外観と材質の確認」

玄十郎が頷く。

「続けろ」

「次に、風遁との反応を調べます。ただし、実際に術を使用するのは蒼真の傷が完治してからです」

「……うむ」

「最後に、過去の記録との照合を行います」

玄十郎は書類を読んだ。

「危険な試験は含まれていないな」

「はい」

「蒼真の同意は?」

「これから確認します」

玄十郎は書類を机へ戻した。

「ならば、この方針で進めてよい」

ジンが頭を下げる。

「承知しました」

その時、玄十郎が口を開いた。

「……ジン」

「はい」

「お前は、蒼真をどう見ている?」

ジンは少し考えた。

「……未熟ですが、見込みのある忍です」

「それだけか?」

「仲間を守ろうとする意志は強い」

玄十郎は頷いた。

「そうか」

ジンは続けた。

「ただ、その意志が強すぎるあまり、自分の危険を顧みないところがあります」

「……」

「風影刀が、その無理を助長しないか心配しています」

玄十郎はしばらく黙っていた。

そして、静かに答えた。

「ならば、それを本人に教えてやれ」

ジンが顔を上げる。

「……私が、ですか」

「お前は上忍だろう」

「……はい」

「管理するだけが上忍の仕事ではない」

ジンは深く頭を下げた。

「……承知しました」

昼過ぎ。

黒影衆・医務室。

「だから、まだ駄目だって言ってるでしょう!」

白石ユズハの声が響いた。

蓮司は寝台の端に腰掛けていた。

「いや、少し歩くだけですよ!」

「さっき修行場まで走ろうとしたでしょう」

「……走ろうとはしてません」

「蓮司」

「……ちょっと早歩きしようとしました」

凛が呆れた顔をする。

「ほとんど同じじゃない」

蒼真は隣で笑っていた。

「お前、本当に懲りないな」

「だって、身体が鈍るだろ!」

レイが静かに言った。

「……傷が開いたら、もっと長く休むことになる」

蓮司はレイを見た。

「お前、最近ユズハさん側だな」

「……正しいことを言っているだけだ」

ユズハが頷く。

「レイを見習いなさい」

しかし、次の瞬間。

「それとレイ」

「……はい」

「昨日、右手で短刀の手入れをしようとしていたわね」

レイの表情が止まった。

蓮司が笑い出す。

「お前もじゃねぇか!」

「……手入れだけだ」

「駄目なものは駄目」

ユズハは二人を見比べた。

「まったく、似た者同士ね」

凛が笑う。

「本当にそうですね」

蒼真も頷いた。

「ああ」

蓮司とレイは、同時に顔を背けた。

午後。

黒影衆・補給倉庫。

三枝ナオトは、物資の帳簿を整理していた。

昨日から、ほとんど眠れていない。

セツナとの会話が頭から離れなかった。

『あなたが何かを隠していることは分かっているわ』

「……」

ナオトは帳簿を閉じた。

その時。

倉庫の入り口から、若い忍が声をかけた。

「三枝さん!」

「……何だ?」

「こちら、届いていました」

若い忍は小さな封筒を差し出した。

「誰からだ?」

「分かりません。荷物の確認台に置いてありました」

ナオトの表情が変わった。

「……そうか」

封筒を受け取る。

「ありがとう」

若い忍が立ち去ると、ナオトは周囲を確認した。

そして、封筒を開いた。

中には一枚の紙が入っていた。

『次の運搬は不要』

ナオトは息を吐いた。

「……終わったのか」

しかし、文章はそこで終わっていなかった。

『余計なことは話すな』

ナオトの顔から血の気が引いた。

さらに、紙の下には短い一文があった。

『お前の弟が暮らす町を忘れるな』

「……!」

ナオトは紙を握りしめた。

「……やめてくれ」

震える声が漏れた。

「弟には……関係ないだろ……」

倉庫には、誰もいなかった。

ナオトは椅子へ座り込んだ。

「……どうすればいいんだ」

黒影衆本部・古文書庫。

影宗とセツナは、第三巻が保管されていた棚を調べていた。

「……管理記録は?」

影宗が尋ねる。

「確認しました」

セツナは帳簿を開いた。

「第三巻の正式な持ち出し記録はありません」

「……」

「ただし、整理命令が出された日に、古い木箱が補給倉庫へ移動しています」

影宗が眉を寄せる。

「古文書庫からか?」

「移動元は空欄です」

「……なるほど」

セツナは続けた。

「その木箱を運んだ者を調べています」

影宗は棚を見つめた。

「……第三巻には何が書かれていた?」

セツナが尋ねる。

「影宗様は、ご存じないのですか?」

影宗は首を振った。

「昔、存在だけは聞いたことがある」

「……」

「だが、内容までは知らん」

セツナは少し考えた。

「第三巻ということは、第一巻と第二巻もあるはずですね」

「ああ」

「そちらを確認しましょう」

影宗は頷いた。

二人は隣の棚へ移動した。

第一巻。

第二巻。

どちらも古い木箱に収められていた。

セツナは第一巻を取り出す。

慎重に広げた。

そこには、風遁に関する古い記述が並んでいた。

「……」

影宗が覗き込む。

「何と書いてある?」

セツナはゆっくり読み上げた。

「『風を操る者、風に従う者にあらず』」

影宗は黙った。

セツナは続ける。

「『風を知る者、その道を守るべし』」

「……」

影宗が小さく呟いた。

「宗玄が守っていた教えに似ているな」

セツナが顔を上げる。

「神谷宗玄ですか?」

「ああ」

「……なるほど」

セツナは第二巻を開いた。

しかし、そこには破損した部分が多く、文章の一部しか残っていなかった。

「……読めない箇所が多いですね」

影宗は頷いた。

「古い記録だからな」

セツナは慎重にページをめくった。

そして、ある部分で手を止めた。

「……?」

影宗が尋ねる。

「どうした?」

セツナは一行を指差した。

『風影刀と風守刀、二つの刃は――』

その先は、破れていた。

影宗の表情が変わった。

「……二つの刃」

セツナが頷いた。

「蒼真が持つ風影刀と、宗玄が守っていた風守刀ですね」

「ああ」

セツナは第二巻を閉じた。

「第三巻には、この続きが記されていた可能性があります」

影宗はしばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「……だから狙われたのかもしれん」

セツナは頷いた。

「可能性はあります」

しかし、まだ断定できない。

第三巻が本当に第二補給所へ運ばれたのか。

持ち出した忍は誰なのか。

そして、何のために必要としているのか。

答えは、まだ見つかっていなかった。

夕方。

黒影衆・第二修行場。

蒼真は、風影刀を鞘に収めたまま座っていた。

そこへ鬼塚ジンが現れた。

「……蒼真」

蒼真が顔を上げる。

「ジン様」

ジンは隣へ立った。

「少し時間はあるか」

「はい」

「風影刀の調査について、方針が決まった」

蒼真の表情が変わる。

「……本当ですか?」

「ああ」

ジンは説明を始めた。

「まず、刀の材質と外観を確認する」

「はい」

「次に、風遁との反応を調べる。ただし、怪我が治ってからだ」

「……分かりました」

「調査には、風間コウガと影宗様も立ち会う」

蒼真は少し安心した表情を見せた。

「……そうなんですね」

ジンは続ける。

「そして、危険性が確認されない限り、刀を取り上げることはしない」

蒼真が顔を上げた。

「……本当ですか?」

「ああ」

ジンは頷いた。

「ただし、任務で使用する場合は上忍の承認が必要になる」

蒼真は少し考えた。

「……分かりました」

ジンは蒼真を見た。

「納得できるか?」

蒼真は頷いた。

「はい」

「……そうか」

蒼真は続けた。

「俺も、この刀のことをもっと知りたいです」

ジンは静かに頷いた。

「それなら、協力してもらう」

「はい!」

ジンは少し表情を和らげた。

「……蒼真」

「はい」

「お前は、この刀で何をしたい?」

蒼真は少し考えた。

そして、答えた。

「……仲間を守りたいです」

ジンは黙って聞いていた。

蒼真が続ける。

「でも、それだけじゃ足りないんですよね」

ジンの目が細くなる。

「……どういう意味だ?」

「仲間を守るためにも、刀のことを知らないといけない」

「……」

「知らないまま使って、誰かを傷つけたくないです」

ジンはしばらく黙っていた。

そして、小さく頷いた。

「……少しは考えるようになったな」

蒼真が笑った。

「ありがとうございます」

「褒めたつもりはない」

「えっ?」

ジンは背を向けた。

しかし、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

「調査の日程は、後日伝える」

「はい!」

夜。

黒影衆本部・情報室。

セツナのもとへ、情報部門の忍が駆け込んできた。

「セツナ様!」

「どうしたの?」

「三枝ナオトの様子に変化がありました」

セツナが顔を上げる。

「……何があった?」

「今日の午後、差出人不明の封筒を受け取っています」

「中身は?」

「確認できていません」

「その後は?」

「倉庫の仕事を早めに切り上げ、自宅へ戻りました」

セツナは少し考えた。

「……そう」

部下が続ける。

「普段より警戒している様子でした」

セツナは椅子から立ち上がった。

「三枝ナオトの家族について、調べて」

「……家族ですか?」

「ええ」

セツナは静かに続けた。

「彼が何を守ろうとしているのか、知る必要がある」

部下は頷いた。

「承知しました」

セツナは窓の外を見た。

夜の里には、静かな灯りが並んでいる。

「……三枝さん」

小さく呟く。

「一人で抱え込まないでくれればいいけれど」

同じ頃。

黒影衆の里・三枝ナオトの自宅。

ナオトは机の前に座っていた。

手には、昼間届いた手紙。

『お前の弟が暮らす町を忘れるな』

何度読んでも、その文字は変わらない。

「……」

ナオトは顔を覆った。

「……どうして、こんなことに」

最初は、小さな頼み事だった。

補給路の確認。

物資の移動。

誰にも迷惑をかけないと言われていた。

しかし、気づけば監視記録が消え、古い巻物が持ち出されていた。

そして今。

弟の名前まで持ち出されている。

「……」

ナオトはゆっくり立ち上がった。

棚の奥から、小さな木箱を取り出す。

中には、一枚の古い写真が入っていた。

まだ幼い頃の自分と弟。

二人で笑っている写真だった。

ナオトはそれを見つめた。

「……俺が、何とかしないと」

しかし、その言葉には自信がなかった。

窓の外では、夜風が木々を揺らしている。

黒影衆の里。

仲間を守るために存在するはずの組織。

その内部で、誰かが誰かを脅し、秘密を動かしていた。

そして、三枝ナオトはその渦中から抜け出せずにいた。

第138話 完

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