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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第5章「黒影衆内部抗争編」
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137/183

第137話「奪われた古文書」

黒影衆の里。

北側第二補給所で正体不明の忍が古い巻物を持ち去った翌朝。

黒影衆本部の情報室には、夜明け前から複数の忍が集まっていた。

机の上には北側補給路の地図。

その隣には、監視記録と物資の運搬帳簿が広げられている。

如月セツナは、昨夜の報告書を読み返していた。

「……古い巻物を持ち去ったのね」

「はい」

向かいに立つ情報忍が答えた。

「第二補給所の倉庫から、頭巾を被った忍が巻物を取り出しました」

「巻物の特徴は?」

「古びた布に包まれていました。表面には、風を思わせる紋様があったように見えます」

セツナの指が止まった。

「……風の紋様?」

「はい。ただ、距離があったため、細部までは確認できていません」

「追跡は?」

「倉庫の裏口から逃走しました。旧街道へ続く山道で足跡を見失っています」

セツナは地図を見た。

「……なるほど」

別の部下が尋ねる。

「夜叉衆でしょうか?」

「可能性はあるわ」

セツナは静かに答えた。

「でも、まだ決めつけないこと」

「……はい」

「それより、巻物がどこから運ばれたのかを調べたい」

セツナは運搬帳簿を指差した。

「第二補給所へ運ばれた六箱のうち、二箱は予定外だった」

「はい」

「その二箱を最初に用意したのは?」

「本部の補給倉庫です」

「担当者は?」

「……三枝ナオトです」

セツナは目を細めた。

「本人を呼んで」

「承知しました」

部下が退出する。

セツナは椅子へ腰を下ろした。

「……さて」

机の上の帳簿を閉じる。

「何を知っているのかしら」

黒影衆・補給倉庫。

三枝ナオトは、朝から物資の確認を行っていた。

しかし、その手つきは普段よりも落ち着きがなかった。

「……」

帳簿を開く。

薬草の数を確認する。

木箱の数を数える。

それでも、何度も同じ場所へ視線が戻ってしまう。

北側第二補給所。

昨日、運ばせた二つの木箱。

「……」

ナオトは小さく息を吐いた。

その時。

「三枝さん」

背後から声がした。

ナオトが振り返る。

そこには、情報部門の忍が立っていた。

「……何でしょうか」

「如月セツナ様がお呼びです」

ナオトの表情が強張った。

「……セツナ様が?」

「はい」

「……何の用でしょう」

「詳しいことは聞いていません」

ナオトは帳簿を閉じた。

「……分かりました」

立ち上がる。

しかし、足がすぐには動かなかった。

情報忍が首を傾げる。

「どうしました?」

「……いえ」

ナオトは首を振った。

「行きましょう」

二人は補給倉庫を後にした。

黒影衆・医務室。

「……よし」

白石ユズハが蒼真の包帯を確認した。

「傷は順調に回復しているわ」

蒼真の表情が明るくなる。

「じゃあ、もう修行しても?」

「軽い動作だけよ」

「……はい」

「風遁の連続使用はまだ禁止」

蒼真は苦笑した。

「分かってます」

ユズハは笑った。

「本当に?」

「……多分」

「蒼真?」

「分かってます!」

隣で診察を受けていた蓮司が笑う。

「お前も怒られてんじゃねぇか!」

凛が腕を組んだ。

「蓮司も人のこと言えないでしょ」

「俺は今日は何もしてねぇぞ!」

「昨日、木刀を持ってたじゃない」

「構えただけだろ!」

「お腹に力が入るでしょ!」

蓮司は黙った。

レイは寝台からその様子を眺めていた。

「……学習しないな」

「レイまで言うな!」

蒼真は笑いながらレイへ顔を向けた。

「肩はどうだ?」

「……少しずつ良くなっている」

「よかった」

「ただ、まだ左腕は使えない」

レイは固定された腕を見下ろした。

蒼真は少し考えた。

「……焦らなくていいからな」

レイが顔を上げる。

「……分かっている」

蓮司が笑う。

「治ったらまた四人で任務行こうぜ!」

凛が頷いた。

「そうね」

蒼真も笑った。

「ああ」

レイは三人を見つめた。

そして、静かに頷いた。

「……そのつもりだ」

黒影衆本部・情報室。

三枝ナオトは、セツナの前に座っていた。

机の上には、北側補給路の運搬帳簿が置かれている。

「……三枝さん」

セツナが口を開いた。

「昨日の運搬について、確認したいことがあるの」

ナオトは頷いた。

「……はい」

「第二補給所へ六箱運ばせたわね」

「はい」

「本来の予定は四箱だった」

ナオトの指が僅かに動いた。

「……追加の物資がありましたので」

「誰の指示?」

「……本部からです」

「具体的には?」

ナオトは黙った。

セツナは急かさなかった。

しばらくして、ナオトが答えた。

「……書状が届きました」

「誰から?」

「……分かりません」

「書状は?」

「……処分しました」

セツナは静かに頷いた。

「どうして?」

「運搬が終われば不要だと思いまして」

「通常の運搬命令書は保管する決まりよね」

「……はい」

「なぜ今回は違ったの?」

ナオトは視線を落とした。

「……」

セツナは少し身を乗り出した。

「三枝さん」

「……はい」

「あなたが何かを隠していることは分かっているわ」

ナオトの表情が変わった。

「……!」

「でも、今すぐ犯人だと決めつけるつもりはない」

「……」

「だから、正直に話してほしいの」

ナオトは拳を握りしめた。

しばらく沈黙が続く。

そして。

「……俺は」

セツナは静かに待った。

「……中身までは知りませんでした」

セツナの目が細くなる。

「何の中身?」

ナオトは顔を上げた。

「……追加の二箱です」

「……」

「ただ、運べと言われただけなんです」

セツナは頷いた。

「誰に?」

ナオトは口を閉じた。

「……」

「三枝さん」

「……言えません」

セツナは少し考えた。

「脅されているの?」

ナオトの肩が僅かに震えた。

「……」

その反応だけで、セツナには十分だった。

「……そう」

セツナは声を和らげた。

「誰か、大切な人が関わっているのね」

ナオトは顔を伏せた。

「……お願いです」

「何?」

「……今は、聞かないでください」

セツナはしばらく黙った。

そして、静かに答えた。

「分かったわ」

ナオトが顔を上げる。

「……え?」

「ただし、これ以上の運搬には関わらないで」

「……」

「あなた自身のためにも」

ナオトは震える声で答えた。

「……はい」

セツナは立ち上がった。

「今日は帰っていいわ」

ナオトはゆっくり立ち上がった。

そして、深く頭を下げる。

「……ありがとうございます」

部屋を出ていく。

セツナはその背中を見送った。

「……」

机の上の帳簿へ目を落とす。

「やっぱり、単純な裏切りではなさそうね」

昼過ぎ。

黒影衆本部・評定の間。

黒崎玄十郎、影宗、鬼塚ジン、神楽トウマ、風間コウガ。

五人の上忍たちが集まっていた。

机の上には、風影刀に関する管理案が置かれている。

玄十郎が口を開いた。

「……では、議論を続けよう」

ジンが頷く。

「はい」

「まず、風影刀を使用する任務についてだ」

トウマが書類を見た。

「上忍の承認を必須とする案ですね」

「そうだ」

ジンは答えた。

「現状、蒼真は風影刀の力を完全に理解していません」

コウガが腕を組む。

「それは本人も認めている」

「だからこそ、慎重な運用が必要です」

影宗が口を開いた。

「任務の承認については、俺も反対しない」

ジンが顔を上げる。

「……影宗様」

「ただし、蒼真だけを特別に監視するような扱いは避けるべきだ」

トウマが頷いた。

「確かに。本人の意欲を損なう可能性があります」

玄十郎は静かに聞いていた。

ジンが続ける。

「では、刀の調査については?」

コウガが答えた。

「俺が協力しよう」

「……風間コウガが?」

「ああ」

コウガは頷いた。

「風遁の扱いについてなら、俺にも多少の知識がある」

影宗が口を開く。

「俺も立ち会う」

ジンは少し考えた。

「……分かりました」

玄十郎が頷く。

「では、刀の調査は本人の同意を得た上で進める」

ジンは頭を下げた。

「承知しました」

しかし。

玄十郎は続けた。

「一時保管については、まだ結論を出さない」

ジンの表情が僅かに変わる。

「……頭領」

「危険性が明らかになってから判断する」

「……」

「それまでは、蒼真が持つことを認める」

ジンはしばらく黙っていた。

そして、深く頭を下げた。

「……承知しました」

影宗は静かに息を吐いた。

だが、風影刀を巡る議論が完全に終わったわけではなかった。

夕方。

黒影衆本部・情報室。

セツナのもとへ、影宗が訪れていた。

「……三枝ナオトはどうだった?」

セツナは報告書を差し出した。

「運搬への関与を認めました」

影宗の表情が変わる。

「……何?」

「ただし、巻物の中身は知らなかったようです」

「誰の指示だ?」

「そこまでは話しませんでした」

影宗は眉を寄せた。

「……口を割らなかったか」

セツナは首を振った。

「恐らく、誰かに脅されています」

「……」

「無理に問い詰めれば、相手が動く可能性があります」

影宗は少し考えた。

「……なるほど」

セツナは続ける。

「それと、持ち出された巻物について調べました」

影宗が顔を上げる。

「何か分かったのか?」

「はい」

セツナは古い資料を取り出した。

「黒影衆の保管記録に、似た紋様の巻物がありました」

影宗は資料を覗き込む。

そこには、風を模した古い紋様が描かれていた。

「……これは」

影宗の表情が変わった。

セツナが尋ねる。

「ご存じですか?」

影宗はしばらく黙っていた。

そして、静かに答えた。

「……昔、見たことがある」

「どこで?」

「黒影衆の古文書庫だ」

セツナの目が細くなる。

「……古文書庫?」

「ああ」

影宗は続けた。

「風影刀に関する古い記録が、そこに保管されていた」

セツナは資料を見下ろした。

「では、持ち出された巻物も……」

「可能性はある」

影宗は頷いた。

「だが、紋様が似ているだけでは断定できん」

セツナは頷いた。

「確認する必要がありますね」

「ああ」

影宗は立ち上がった。

「古文書庫へ行こう」

黒影衆本部・古文書庫。

地下にある石造りの部屋。

壁一面には、古い巻物や書物が保管されていた。

影宗とセツナは、管理担当の忍から記録帳を受け取った。

「……風影刀に関する資料は、こちらです」

管理担当者が棚を示す。

影宗は頷いた。

「ありがとう」

二人は棚へ近づいた。

古い巻物。

傷んだ書物。

そして、木箱に収められた記録。

セツナが帳簿を確認する。

「……この番号ですね」

影宗が棚を見る。

「……ああ」

しかし。

そこには、何もなかった。

「……?」

セツナが眉を寄せる。

「……空いている」

影宗は帳簿を確認した。

『風影刀関連古文書・第三巻』

保管場所は、確かにこの棚だった。

「……管理担当者!」

影宗が声をかける。

忍が駆け寄る。

「はい!」

「この巻物は、いつ持ち出された?」

管理担当者は帳簿を確認した。

「……それが」

「何だ?」

「持ち出し記録がありません」

影宗の表情が険しくなる。

「……何?」

セツナは空になった棚を見つめた。

「……やはり」

影宗が顔を向ける。

「どういうことだ?」

セツナは静かに答えた。

「第二補給所から持ち出された巻物と、関係がある可能性があります」

影宗は拳を握りしめた。

「……内部から盗まれたということか」

「まだ確定ではありません」

セツナは続けた。

「ただ、保管記録にない移動が起きていることは確かです」

影宗は空の棚を見つめた。

「……風影刀の記録を、なぜ今になって」

セツナは答えなかった。

その時。

管理担当者が口を開いた。

「……影宗様」

「何だ」

「一つ、気になることがあります」

影宗が振り返る。

「言ってみろ」

「数日前、古文書庫の整理命令が出ていました」

セツナの目が細くなる。

「整理命令?」

「はい」

「誰の指示?」

管理担当者は帳簿を開いた。

そして、一部分を指差した。

「……こちらです」

影宗とセツナが覗き込む。

そこには、正式な命令印が押されていた。

しかし。

署名の部分だけが、不自然に滲んでいた。

セツナは静かに息を吐いた。

「……また同じ偽装ね」

影宗が眉を寄せる。

「監視塔の命令書と同じか」

「はい」

セツナは帳簿を閉じた。

「同じ手口が使われています」

影宗はしばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「……誰かが、黒影衆の内部から風影刀の記録を持ち出している」

セツナが頷いた。

「その可能性が高くなりました」

二人は空の棚を見つめた。

風影刀。

風守刀。

風継ぎ。

そして、地下で発見された古い記録。

その全てに関わるかもしれない文書が、何者かの手に渡っていた。

夜。

黒影衆の里。

蒼真は自室で風影刀を見つめていた。

昼間、蓮司たちと話したことを思い出す。

怪我が治ったら、また四人で任務へ行く。

その約束が、今は何よりも大切だった。

「……」

蒼真は刀を鞘へ収めた。

「……早く治さないとな」

その時。

窓の外から、穏やかな風が吹き込んだ。

蒼真は顔を上げる。

遠くに見える黒影衆本部。

そこでは今も、灯りが消えていなかった。

「……まだ仕事してるのか」

蒼真は小さく呟いた。

自分の知らないところで、何かが動いている。

そんな感覚が、胸の奥に残っていた。

しかし、今の蒼真には、その正体が分からない。

ただ一つ。

風影刀を巡る問題が、まだ終わっていないことだけは理解していた。

黒影衆本部・古文書庫。

影宗とセツナは、最後の確認を終えていた。

「……セツナ」

影宗が口を開く。

「はい」

「この件は、蒼真にはまだ伝えるな」

セツナは少し考えた。

「……理由を聞いても?」

「今は怪我を治すことが先だ」

「……」

「それに、証拠が揃っていない」

セツナは頷いた。

「分かりました」

影宗は空の棚を見つめた。

「……だが」

セツナが顔を上げる。

「何でしょう」

影宗は静かに言った。

「風影刀の記録を狙う者がいるなら、蒼真自身も狙われる可能性がある」

セツナの表情が険しくなる。

「……はい」

影宗は続けた。

「警戒を強めろ」

「承知しました」

二人は古文書庫を後にした。

残された棚には、巻物が一つ欠けていた。

その空白が意味するものを、まだ誰も知らない。

だが、黒影衆の内部で進む何者かの計画は、確実に次の段階へ進もうとしていた。

第137話 完

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