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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第5章「黒影衆内部抗争編」
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第136話「北側補給路の影」

黒影衆の里。

夜明け前。

北側の山道には、薄い霧が漂っていた。

木々の間を縫うように続く道。

そこは、黒影衆が食料や薬草、忍具を運搬するために使用している補給路だった。

普段なら、夜明けとともに荷車が行き交う。

しかし、この日は違っていた。

まだ空が明るくなる前から、三人の忍が補給倉庫の前に集まっていた。

「……準備は?」

一人の男が尋ねる。

「終わっています」

若い忍が答えた。

荷車には、布で覆われた木箱が積まれている。

その数は六つ。

「運搬先は?」

「北側の第二補給所です」

男は頷いた。

「では、出発する」

三人が荷車を動かし始めた。

しかし。

少し離れた屋根の上。

その様子を見つめる者がいた。

黒影衆の情報部門に所属する忍だった。

「……予定より早い」

監視役は小さな巻物を取り出す。

『北側補給路、夜明け前に荷車出発』

短く記録する。

そして、仲間へ合図を送った。

黒影衆本部・情報室。

如月セツナは、夜間監視の報告を受けていた。

「……三枝ナオトと接触した忍の正体は?」

「確認できませんでした」

部下が答える。

「顔を覆っており、接触時間も短かったためです」

セツナは頷いた。

「会話は?」

「一部だけ聞き取れました」

「内容は?」

部下は巻物を開いた。

「『次の荷物は、予定通りに』という言葉です」

セツナの目が細くなる。

「……荷物」

「はい」

「ナオトの反応は?」

「何かを拒もうとしているようでした」

セツナはしばらく考えた。

「……今朝の運搬記録は?」

別の部下が答えた。

「北側第二補給所へ、物資を運ぶ予定があります」

「何時?」

「通常は日の出後です」

「実際には?」

「……先ほど、夜明け前に出発しました」

セツナが顔を上げる。

「運搬責任者は?」

「三枝ナオトです」

「本人が同行しているの?」

「いえ。ナオトは倉庫に残っています」

セツナは地図を広げた。

「……なるほど」

部下が尋ねる。

「荷車を止めますか?」

セツナは首を振った。

「まだよ」

「……?」

「何を運んでいるのか確認したい」

セツナは北側補給路を指差した。

「ただし、監視をつけて」

「承知しました」

「荷車に異常があれば、すぐに知らせて」

「はい」

部下が退出する。

セツナは机の上の報告書を見つめた。

「……三枝ナオト」

小さく呟く。

「あなたは、何を運ばされているの?」

朝。

黒影衆・医務室。

「……蒼真、そこに座って」

白石ユズハが指示した。

蒼真は寝台に腰掛ける。

「はい」

ユズハは脇腹の傷を確認した。

「……うん」

「どうですか?」

「かなり良くなっているわ」

蒼真の表情が明るくなる。

「じゃあ、修行も?」

「軽い動作だけならね」

「本当ですか!」

「ただし、風遁の連続使用は禁止」

「……はい」

ユズハは笑った。

「そんなに修行したいの?」

蒼真は頷く。

「はい」

「どうして?」

蒼真は少し考えた。

「……もっと強くなりたいんです」

ユズハは静かに聞いていた。

「地下で、仲間を守りきれなかったから」

「……」

「次は、もっとちゃんと守れるようになりたい」

ユズハは包帯を巻き直した。

「……蒼真」

「はい」

「強くなることは大切よ」

「……」

「でも、怪我を治すことも、仲間を守るために必要なことなの」

蒼真は顔を上げた。

「……はい」

「あなたが無理をして倒れたら、仲間が心配するでしょう?」

蒼真は少し笑った。

「……そうですね」

ユズハも笑った。

「だから、焦らないこと」

「分かりました」

同じ頃。

黒影衆・第二修行場。

蓮司は木刀を手にしていた。

しかし、振り下ろすことはせず、構えを確認しているだけだった。

「……」

その様子を、凛が少し離れた場所から見ていた。

「蓮司」

「ん?」

「何してるの?」

「見りゃ分かるだろ。修行」

凛が眉を寄せる。

「まだ禁止されてるでしょ」

「振ってねぇよ!」

「構えるだけでも、お腹に力が入るじゃない」

「……」

蓮司は木刀を下ろした。

「お前、最近ユズハさんみたいになってきたな」

凛が笑顔になる。

「何か言った?」

「何でもありません!」

その時。

蒼真が修行場へやってきた。

「おーい!」

蓮司が振り返る。

「蒼真!」

「何してるんだ?」

「修行しようとして怒られた」

蒼真が笑った。

「またかよ」

凛が腕を組む。

「蒼真は?」

「軽い動作なら許可が出た」

蓮司が目を見開く。

「ずるい!」

「ずるくないだろ!」

「俺も修行したい!」

凛が即座に言った。

「蓮司はまだ駄目」

「……はい」

蒼真は笑いながら、木刀を手に取った。

「じゃあ、少しだけ動いてみるかな」

凛が心配そうに見る。

「無理しないでね」

「ああ」

蒼真は木刀を構えた。

足を開く。

呼吸を整える。

そして、ゆっくりと刀を振る。

以前よりも、動きは静かだった。

力任せに振り下ろすのではなく、身体の流れに合わせる。

蓮司が首を傾げる。

「……何か変わったな」

蒼真が振り返る。

「そうか?」

「ああ」

凛も頷いた。

「前より、無駄な動きが少ない気がする」

蒼真は木刀を見下ろした。

「……宗玄に教わったことを思い出してた」

蓮司が笑う。

「あの爺さん、厳しかったもんな!」

蒼真も笑った。

「でも、すごい人だった」

凛が静かに頷く。

「……また会いに行きたいわね」

「ああ」

蒼真は空を見上げた。

地下の奥に残った宗玄。

右腕の傷は深く、今も苦しんでいるかもしれない。

「……必ず、また行こう」

三人は静かに頷き合った。

北側補給路。

山道を進む荷車。

三人の忍は、周囲を警戒しながら歩いていた。

「……今日は霧が濃いな」

若い忍が呟く。

「山道だからな」

先頭の男が答える。

「第二補給所まで、あとどれくらいですか?」

「半刻ほどだ」

その時。

荷車の後方にいた忍が足を止めた。

「……ん?」

「どうした?」

「いや……」

忍は木箱を見た。

「何か、変な匂いがしませんか?」

先頭の男が振り返る。

「匂い?」

「はい」

木箱へ近づく。

布の隙間から、僅かに薬草の匂いが漂っていた。

「……普通の薬草だろ」

「でも、少し違うような……」

先頭の男は首を振った。

「余計なことは考えるな」

「……はい」

荷車は再び動き始めた。

しかし。

その後方。

木々の上を、二人の忍が静かに移動していた。

情報部門の監視役だった。

「……荷車に異常は?」

一人が尋ねる。

「今のところ、なし」

「運搬先は?」

「第二補給所」

「……」

「ただ、予定より早い」

二人は距離を保ちながら追跡を続けた。

黒影衆本部・頭領室。

黒崎玄十郎は、影宗から報告を受けていた。

「……北側の補給路か」

影宗が頷く。

「ああ。セツナが調べている」

玄十郎は机の上の地図を見た。

「監視記録の改ざんと関係があるのか?」

「まだ分からん」

「……」

「だが、三枝ナオトという補給担当者が関わっている可能性がある」

玄十郎は眉を寄せた。

「三枝ナオト……」

影宗が尋ねる。

「知っているのか?」

「名前は聞いたことがある」

玄十郎は少し考えた。

「真面目な中忍だと報告を受けている」

「……そうか」

「だからこそ、慎重に調べる必要があるな」

影宗は頷いた。

「セツナも同じ考えだ」

玄十郎は静かに言った。

「……内部に協力者がいるとしても」

影宗が顔を上げる。

「何だ?」

「全員が自分の意思で動いているとは限らん」

影宗は黙った。

玄十郎は続ける。

「脅されている者もいるかもしれん」

「……ああ」

「その可能性も考えておけ」

影宗は頷いた。

「分かった」

昼過ぎ。

北側第二補給所。

荷車が到着した。

「……到着しました」

若い忍が言った。

先頭の男は頷く。

「荷物を下ろせ」

三人は木箱を運び始めた。

その時。

補給所の管理人が姿を現した。

「お疲れさん」

「物資を届けに来ました」

「聞いている」

管理人は荷車を見た。

「……六箱か」

「はい」

「帳簿を確認する」

若い忍が書類を差し出した。

管理人は内容を確認した。

しかし、途中で眉を寄せた。

「……ん?」

「どうしました?」

「薬草は四箱の予定だったはずだが」

先頭の男が答える。

「変更になりました」

「変更?」

「はい」

「誰の指示だ?」

男は一枚の書状を取り出した。

「本部からの命令です」

管理人は書状を受け取った。

そこには、黒影衆本部の印が押されていた。

「……」

管理人は少し考えた。

「分かった」

書状を返す。

「残り二箱は?」

「特別保管品です」

「中身は?」

「確認不要との指示です」

管理人は眉を寄せた。

「……確認不要?」

男は頷いた。

「はい」

管理人はしばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「……分かった。奥の倉庫へ運んでくれ」

三人は木箱を運び始めた。

しかし。

その様子を、補給所の外から見つめる者がいた。

情報部門の監視役だった。

「……特別保管品?」

一人が呟く。

もう一人が頷いた。

「予定にない荷物だな」

「セツナ様へ報告する」

「頼む」

一人がその場を離れた。

残った忍は、補給所の様子を監視し続けた。

夕方。

黒影衆本部・情報室。

セツナのもとへ、新たな報告が届いた。

「……予定にない木箱が二つ?」

部下が頷く。

「はい」

「中身は?」

「確認できていません」

「運搬先は?」

「第二補給所の奥にある倉庫です」

セツナは地図を広げた。

「……」

第二補給所。

そこから先には、北側の旧街道が続いている。

「……なるほど」

セツナは静かに呟いた。

部下が尋ねる。

「荷物を押収しますか?」

セツナは少し考えた。

「まだよ」

「……?」

「中身を確認する前に動けば、関係者が証拠を消す可能性がある」

「では?」

セツナは指示を出した。

「第二補給所の監視を続けて」

「はい」

「それと、三枝ナオトの行動も確認すること」

「承知しました」

部下が退出する。

セツナは机の上の書類を見つめた。

「……次の荷物は、予定通りに」

昨夜、正体不明の忍が言った言葉。

それが、今朝の運搬を指していた可能性は高い。

しかし、まだ分からない。

二つの木箱に何が入っているのか。

そして、誰がそれを運ばせたのか。

「……」

セツナは小さく息を吐いた。

「少しずつ、見えてきたわね」

夜。

北側第二補給所。

倉庫の中には、昼間運ばれてきた木箱が並んでいた。

その奥。

予定にない二つの木箱。

一人の忍が、静かに近づいていた。

顔は頭巾で覆われている。

忍は懐から黒い札を取り出した。

そして、木箱の表面へ貼り付ける。

札に刻まれた文字が、僅かに浮かび上がった。

「……」

忍は木箱の蓋を開けた。

中には、薬草が詰められていた。

しかし、その下。

布に包まれた細長い物が隠されていた。

忍は布を持ち上げる。

中から現れたのは、古い巻物だった。

表面には、風を思わせる紋様が描かれている。

忍は巻物を見つめた。

「……これか」

小さく呟く。

そして、再び布で包んだ。

その時。

倉庫の外で、何かが動いた。

忍は顔を上げた。

「……誰だ」

返事はない。

忍は巻物を懐へしまった。

そして、倉庫の裏口へ向かう。

しかし。

その背後。

屋根の上から、一人の忍が静かに見下ろしていた。

黒影衆の情報部門。

監視役だった。

「……確認した」

忍は小さな巻物を取り出す。

『予定外の木箱から、古い巻物を回収する者あり』

記録を終える。

そして、視線を戻した。

だが。

倉庫の裏口は、既に開いていた。

「……!」

監視役は屋根から降りた。

しかし、そこには誰もいない。

霧の濃い山道。

足跡は途中で途切れていた。

「……逃げられたか」

忍は周囲を見渡した。

そして、静かに呟く。

「……セツナ様に報告しなければ」

北側補給路。

そこで動いていたのは、単なる物資の運搬ではなかった。

黒影衆の内部で、何者かが古い巻物を移動させていた。

その巻物が何を記しているのか。

誰が必要としているのか。

まだ、誰にも分からなかった。

第136話 完

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