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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第5章「黒影衆内部抗争編」
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131/183

第131話「帰還の里」

黒影衆の里。

山々に囲まれた忍びの里には、朝から穏やかな風が吹いていた。

修行場では若い忍たちが刀を交え、通りでは商人たちが店を開き始めている。

そんな見慣れた景色の中を、四人の忍が歩いていた。

「……やっと帰ってきたなぁ」

蓮司が大きく背伸びをする。

その直後、腹部に痛みが走った。

「いってぇ……!」

凛が振り返る。

「だから無理しないでって言ってるでしょ!」

「いや、ちょっと伸びしただけだろ!」

「そのちょっとが駄目なの!」

「分かった、分かった!」

蒼真は二人のやり取りを聞きながら笑った。

「相変わらずだな」

「蒼真も人のこと言えないからね?」

「え?」

「脇腹の傷、まだ治ってないでしょ」

「……まあ」

「帰ったらちゃんと診てもらうこと!」

「はいはい」

「返事は一回!」

「はい!」

蓮司が吹き出した。

「お前、完全に怒られてんじゃねぇか!」

「蓮司もだからね!」

「……はい」

その様子を、レイが静かに眺めていた。

左腕は包帯で固定され、肩から胸にかけて布が巻かれている。

蒼真が声をかけた。

「レイ、大丈夫か?」

「……歩く分には問題ない」

「肩は?」

「痛む」

「正直だな」

「……嘘をつく理由がない」

蓮司が笑った。

「お前、そういうとこ変わんねぇよな」

「……お前も騒がしいままだ」

「何だと!?」

四人の笑い声が、里の通りに広がった。

その時だった。

「おーい!」

前方から声が聞こえた。

振り返ると、黒影衆の若い忍が走ってくる。

蒼真たちと顔見知りの、小野寺タクミだった。

「お前ら! 本当に帰ってきたのか!」

蒼真が手を上げる。

「タクミ!」

「久しぶりだな!」

タクミは四人の前で立ち止まった。

しかし、傷だらけの姿を見て目を丸くする。

「……おいおい、何があったんだよ」

蓮司が笑う。

「ちょっと地下で暴れてきた」

「ちょっとって傷じゃねぇだろ!」

「まあ、色々あってな」

タクミは呆れたように息を吐いた。

「相変わらず無茶する連中だな……」

蒼真が尋ねる。

「里は変わりないか?」

「ん?」

タクミは一瞬、言葉を止めた。

「……まあ、表向きはな」

蒼真が眉を寄せる。

「表向き?」

「ああ……」

タクミは周囲を見た。

そして、少し声を落とす。

「最近、本部の上忍たちがやたら集まってるんだ」

「上忍たちが?」

凛が尋ねる。

タクミは頷いた。

「何でも、風影刀のことらしい」

蒼真の表情が変わった。

「……俺の刀?」

「ああ」

タクミは蒼真の腰にある風影刀を見る。

「詳しいことは知らねぇけど、鬼塚ジン様が何か言ってるって噂だ」

蓮司が首を傾げる。

「鬼塚ジン?」

レイが静かに口を開く。

「……黒影衆の上忍だ」

凛も頷いた。

「雷遁と体術を使う人よね」

「そうそう」

タクミが続ける。

「強い人なんだけど、結構厳しいんだよ」

蒼真は風影刀に手を添えた。

「……何で俺の刀の話になってるんだ?」

「さあな」

タクミは肩をすくめる。

「ただ、あんまりいい雰囲気じゃねぇみたいだぞ」

その時。

「蒼真!」

別の声が響いた。

振り返ると、里の本部から一人の女性が歩いてきた。

白い医療服の上に、黒影衆の羽織を纏っている。

白石ユズハ。

黒影衆の医療部門を任される上忍だった。

「……ユズハさん!」

凛が声を上げる。

ユズハは四人の姿を見るなり、表情を険しくした。

「……あなたたち」

蒼真が苦笑する。

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい」

ユズハは一度だけ微笑んだ。

しかし、すぐに真顔へ戻る。

「それで?」

「……え?」

「その怪我は何?」

蓮司が視線を逸らす。

「いやぁ……」

「蓮司」

「はい」

「説明して」

「……地下で戦闘がありまして」

「見れば分かるわ」

ユズハの視線がレイへ向いた。

「レイ、その左肩」

「……負傷しました」

「それも見れば分かる」

ユズハは深く息を吐いた。

「全員、今すぐ医務室へ」

蒼真が口を開く。

「あの、先に任務報告を……」

「報告は治療の後」

「でも……」

「蒼真」

ユズハが静かに名前を呼んだ。

「あなたたちが無事に帰ってきたことは嬉しいわ」

「……」

「だからこそ、これ以上無茶をしないで」

蒼真は少し黙った。

そして頷く。

「……分かりました」

ユズハは表情を和らげた。

「よろしい」

蓮司が小声で呟く。

「……怖ぇ」

凛が肘で蓮司をつついた。

「聞こえるわよ」

「……っ!」

ユズハが振り返る。

「蓮司?」

「何でもありません!」

蒼真と凛は思わず笑った。

黒影衆・医務室。

レイは寝台に腰掛け、ユズハの診察を受けていた。

ユズハは肩の包帯を慎重に外す。

傷口を確認した瞬間、表情が険しくなった。

「……かなり深いわね」

レイは黙っていた。

「いつ負傷したの?」

「……地下での戦闘中です」

「その後も戦った?」

「……少し」

ユズハの手が止まる。

「少し?」

レイは視線を逸らした。

「……」

「レイ」

「……はい」

「しばらく任務は禁止」

レイが顔を上げる。

「……どれくらいですか」

「傷の回復次第ね。少なくとも数週間は安静にしてもらうわ」

「……」

「それに、肩の動きが戻るか確認する必要もある」

レイは左手を見つめた。

指は動く。

だが、腕を持ち上げようとすると強い痛みが走る。

「……分かりました」

ユズハは頷いた。

「無理をしなければ回復は見込めるわ。焦らないこと」

その隣では、蓮司が腹部の診察を受けていた。

「……いてっ!」

「動かないで」

「いや、そこ痛いんですって!」

「だから確認してるの」

蓮司は顔を歪めた。

ユズハは診察を終えると、包帯を巻き直した。

「骨に大きな異常はなさそうだけど、打撲がひどいわね」

「じゃあ、明日から修行できます?」

「できません」

「……ですよね」

「最低でも数日は安静」

「はい……」

蒼真はその様子を見て笑った。

「お前、さっきから怒られてばっかりだな」

蓮司が睨む。

「お前もこれからだぞ」

「え?」

ユズハが蒼真へ向き直った。

「そうね。次は蒼真」

「……はい」

凛が笑う。

「頑張って」

「何を!?」

昼過ぎ。

治療を終えた四人は、本部の中庭に集まっていた。

蓮司は腹部に新しい包帯を巻かれ、レイの左腕は固定し直されている。

凛も医療忍から休養を命じられた。

蒼真は木陰に腰を下ろした。

「……やっと終わった」

蓮司が隣に座る。

「俺、戦闘より疲れたかもしれねぇ」

「それはないだろ」

「いや、あの人に怒られるのは別の怖さがある」

凛が呆れる。

「怒られるようなことするからでしょ」

レイは静かに木にもたれた。

「……正論だな」

蓮司が顔を向ける。

「お前まで!」

蒼真は笑いながら空を見上げた。

久しぶりの里。

見慣れた景色。

仲間たちとの何気ない会話。

地下での戦いが、遠い出来事のように感じられた。

「……やっぱり、ここは落ち着くな」

凛が頷く。

「そうね」

蓮司が大きく息を吐く。

「しばらく任務は勘弁だな」

レイが静かに答える。

「……同感だ」

その時。

中庭の入り口から、一人の男が現れた。

黒影衆の羽織。

鋭い目つき。

背には長い槍を携えている。

神楽トウマ。

黒影衆の戦闘部門を指揮する上忍だった。

「お前たち、戻っていたか」

蒼真たちが立ち上がろうとする。

トウマは片手を上げた。

「そのままでいい。負傷しているんだろう」

蒼真が頭を下げる。

「ただいま戻りました」

「ああ。よく帰ってきた」

トウマは四人を見渡した。

「人質を全員救出したそうだな」

「はい」

「見事な働きだ」

蓮司が笑う。

「ありがとうございます!」

しかし、トウマは続けた。

「だが、任務の詳細を確認する必要がある」

蒼真が頷く。

「分かっています」

「特に、地下で発見したものについてだ」

蒼真の表情が変わった。

「……風の道のことですか?」

トウマは頷いた。

「それも含めてだ」

そして、蒼真の腰にある風影刀へ視線を向ける。

「頭領がお呼びだ」

「……俺を?」

「ああ」

トウマは少し間を置いた。

「影宗様も待っている」

蒼真は立ち上がった。

「分かりました」

蓮司も立ち上がろうとする。

「俺たちも――」

「いや」

トウマが首を振る。

「今回は蒼真だけだ」

「……え?」

凛が眉を寄せる。

「どうしてですか?」

トウマは答えを急がなかった。

「詳しくは頭領から聞け」

蒼真は仲間たちを見た。

蓮司が小さく頷く。

「行ってこいよ」

凛も頷いた。

「何かあったら教えてね」

レイは静かに言った。

「……気をつけろ」

蒼真は笑った。

「大丈夫だって」

そして、トウマの後を追った。

黒影衆本部。

長い廊下を歩きながら、蒼真はトウマへ尋ねた。

「あの……」

「何だ?」

「俺、何か問題を起こしましたか?」

トウマは足を止めた。

「どうしてそう思う?」

「いや、帰ってきたばかりなのに、いきなり呼び出されたので……」

トウマは少し笑った。

「少なくとも、今回の任務についてお前を責めるつもりはない」

「……よかった」

「だが」

トウマの表情が真剣になる。

「お前の持つ風影刀について、里の中で意見が分かれているのは事実だ」

蒼真は腰の刀へ目を向けた。

「……どうしてですか?」

「風影刀は、普通の忍刀ではない」

「それは……分かっています」

「お前が思っている以上にな」

蒼真は黙った。

トウマは再び歩き始めた。

「俺から言えるのは、ここまでだ」

「……はい」

二人は本部の奥へ進んでいった。

黒影衆・評定の間。

広い部屋の中央には、長い机が置かれていた。

奥の席には、頭領・黒崎玄十郎。

その隣には影宗が座っている。

さらに数名の上忍たちが集まっていた。

蒼真が部屋へ入ると、全員の視線が向けられた。

「……失礼します」

玄十郎が頷く。

「蒼真。よく戻った」

「はい」

「まずは任務の成功を称えよう」

蒼真は頭を下げた。

「ありがとうございます」

玄十郎は続けた。

「人質の救出。そして、夜叉衆の地下施設の破壊。どちらも大きな成果だ」

「……はい」

「しかし、報告には気になる点がある」

蒼真が顔を上げる。

「気になる点?」

玄十郎は机の上の書状を手に取った。

「地下深部で、風影刀によって古い道が開かれたそうだな」

「……はい」

「その先で、風継ぎに関する記録を発見した」

「はい」

「そして、神谷宗玄という男と出会った」

蒼真は頷いた。

「宗玄は、風守刀を持っていました」

部屋の空気が僅かに変わった。

上忍の一人が顔を上げる。

「……風守刀?」

別の上忍も呟く。

「まさか、実在していたとは……」

蒼真は周囲を見た。

「……?」

その時。

低い声が響いた。

「つまり、その刀は古代の封印に関わっている可能性があるわけだな」

蒼真が振り返る。

机の右側。

腕を組んだ男が座っていた。

短く刈り込まれた髪。

鍛え上げられた身体。

鋭い眼差し。

鬼塚ジン。

黒影衆の上忍。

雷遁と体術を得意とする実力者だった。

玄十郎が口を開く。

「ジン、まだ話の途中だ」

「承知しています」

ジンはそう答えながらも、蒼真から視線を外さなかった。

「だが、確認しておきたい」

蒼真が背筋を伸ばす。

「……何でしょうか」

ジンは静かに尋ねた。

「お前は、その風影刀を完全に扱えているのか?」

蒼真は一瞬、言葉に詰まった。

「……いえ」

「では、刀の力を全て理解しているのか?」

「それも……まだです」

ジンが頷く。

「そうだろうな」

そして、机に肘をついた。

「ならば、黒影衆として考えなければならん」

蒼真が眉を寄せる。

「……何をですか?」

ジンは言った。

「風影刀を、このままお前一人に預けておいてよいのかをな」

部屋が静まり返った。

蒼真の手が、無意識に刀の柄へ伸びる。

「……どういう意味ですか?」

ジンは表情を変えない。

「その刀は、里全体に影響を及ぼす可能性がある」

「……」

「お前の判断一つで、何が起きるか分からん」

蒼真はジンを見つめた。

「でも、この刀は……」

「お前だけのものだと言いたいのか?」

「……!」

ジンの声が低くなる。

「忍の力は、組織のためにある」

蒼真は何も言えなかった。

その時。

「ジン」

影宗が口を開いた。

「言い過ぎだ」

ジンが顔を向ける。

「影宗様」

「蒼真は任務から戻ったばかりだ。しかも負傷している」

「だからこそ、早急に判断する必要があります」

「判断を急ぐことと、正しい判断をすることは違う」

ジンの表情が僅かに険しくなった。

「……では、影宗様はどうお考えですか」

影宗は蒼真を見た。

「風影刀は、蒼真が使いながら学ぶべきものだ」

ジンが即座に答える。

「危険です」

「危険だからこそ、学ばねばならん」

「その過程で里に被害が出たら?」

影宗は黙った。

ジンは続ける。

「私は蒼真を責めているのではありません」

そして、蒼真へ視線を戻した。

「未熟な者に、未知の力を持たせ続けることが正しいのか。それを問うているのです」

蒼真は拳を握りしめた。

反論したかった。

だが、ジンの言葉を全て否定することもできなかった。

地下では、風影刀の力を完全に理解できず、何度も危険な目に遭った。

仲間たちも傷ついた。

「……」

玄十郎が静かに口を開く。

「そこまでだ」

ジンと影宗が顔を向ける。

「この件について、今日結論を出すつもりはない」

玄十郎は蒼真を見た。

「蒼真」

「……はい」

「お前はしばらく休養しろ」

「……え?」

「任務報告は後日、改めて聞く」

玄十郎は続けた。

「風影刀についても、すぐに取り上げるつもりはない」

蒼真の表情が僅かに和らぐ。

「……ありがとうございます」

しかし。

玄十郎は真剣な表情で言った。

「ただし、今後は刀の扱いについて、里として一定の方針を決める必要がある」

蒼真は頷いた。

「……分かりました」

「今日は下がってよい」

「失礼します」

蒼真は頭を下げ、評定の間を後にした。

蒼真が去った後。

評定の間には、重い沈黙が残っていた。

ジンが口を開く。

「……頭領」

玄十郎が顔を向ける。

「何だ」

「私は、風影刀の管理を提案します」

影宗が眉を寄せる。

「ジン」

「蒼真個人を信用していないわけではありません」

ジンは続けた。

「しかし、夜叉衆が狙うほどの刀です」

「……」

「敵が再び襲ってきた時、蒼真一人に守らせるつもりですか?」

玄十郎は答えなかった。

ジンは立ち上がった。

「私は、黒影衆を守るために言っています」

その言葉に、影宗が静かに答える。

「……それは分かっている」

ジンが振り返る。

「ならば――」

「だが、守るという言葉を理由に、何でも許されるわけではない」

ジンの表情が変わった。

影宗は続けた。

「蒼真も、黒影衆の忍だ」

「……」

「守るべき仲間の一人だということを忘れるな」

ジンはしばらく黙っていた。

そして、深く頭を下げる。

「……承知しました」

しかし、その目から迷いは消えていなかった。

夕方。

黒影衆の里。

蒼真は一人、修行場の近くを歩いていた。

評定の間で聞いた言葉が、頭から離れない。

『風影刀を、このままお前一人に預けておいてよいのか』

蒼真は腰の刀を見下ろした。

「……俺は」

刀の柄に触れる。

「ちゃんと使えてるのかな」

その時。

「何難しい顔してんだよ」

背後から声がした。

蓮司だった。

蒼真が振り返る。

「……蓮司」

「話、終わったのか?」

「ああ」

蓮司は隣へ並んだ。

「何か言われた?」

蒼真は少し迷った。

そして、評定の間での出来事を話した。

蓮司は黙って聞いていた。

やがて。

「……なるほどな」

「どう思う?」

蒼真が尋ねる。

蓮司は腕を組んだ。

「難しいことは分かんねぇけどさ」

「うん」

「俺は、お前がその刀を持ってていいと思うぜ」

蒼真が顔を上げる。

「……何で?」

蓮司は笑った。

「だって、お前が使ってたから俺たちは助かったんだろ?」

「……」

「地下でも、俺たちを守ってくれたじゃねぇか」

蒼真は黙った。

蓮司が続ける。

「刀が強いのかもしれねぇけど」

そして、蒼真の肩を軽く叩いた。

「俺は、使ってるお前の方を信用してる」

蒼真は目を見開いた。

「……蓮司」

「ま、だからって調子に乗んなよ!」

蓮司が笑う。

「次の修行じゃ俺が勝つからな!」

蒼真も笑った。

「……負けないからな」

「言ったな!」

二人は並んで歩き始めた。

夕暮れの修行場には、まだ若い忍たちの声が響いている。

蒼真は風影刀を見下ろした。

答えは、まだ分からない。

自分が風影刀を持つ意味も。

風継ぎとは何なのかも。

それでも。

「……俺は」

蒼真は小さく呟いた。

「この刀で、みんなを守りたい」

蓮司が顔を向ける。

「何か言ったか?」

蒼真は笑った。

「いや、何でもない」

二人は里の通りへ戻っていった。

その背中を、遠くから一人の忍が見つめていた。

黒影衆の上忍。

鬼塚ジン。

「……守りたい、か」

ジンは静かに呟いた。

「その覚悟だけで、守れるものならいいがな」

そして、背を向けた。

黒影衆の里には、まだ穏やかな夕暮れが広がっていた。

しかし、その内側では、少しずつ異なる考えがぶつかり始めていた。

第131話 完

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