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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第4章「夜叉衆暗躍編」
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第130話「風の道、その先へ」

地下深部から地上へ続く通路。

蒼真たちは、薄暗い石段をゆっくりと上っていた。

「……あと、どれくらいだ?」

蓮司が息を切らしながら尋ねる。

その背中にはレイがいた。

「さあな。宗玄が言ってた通りなら、もう少しだと思う」

蒼真は風影刀を腰に戻した。

「それより蓮司、大丈夫か?」

「何が?」

「腹、痛むんだろ」

「……まあな」

蓮司は苦笑する。

「でも、こいつを置いてくわけにもいかねぇだろ」

背中のレイが静かに答えた。

「……自分で歩ける」

「さっき歩こうとして倒れかけただろ」

「……一度だけだ」

「一度で十分だろ!」

凛が二人を見て、小さく笑った。

「喧嘩できるなら、まだ元気そうね」

「元気じゃねぇよ!」

「……同感だ」

珍しく意見が一致した二人に、蒼真も笑った。

だが、笑った瞬間、脇腹の傷が痛んだ。

「……っ!」

凛が振り返る。

「蒼真?」

「いや、何でもない」

「何でもなくないでしょ」

「……ちょっと痛んだだけだ」

凛は呆れたように息を吐いた。

「本当に、みんな無茶ばっかり」

蓮司が笑う。

「お前も人のこと言えねぇだろ」

「私は必要な時に術を使っただけ!」

「それを無茶って言うんだよ!」

そんなやり取りを続けながら、四人は石段を上っていった。

やがて。

通路の先に、僅かな光が見えた。

蒼真が足を止める。

「……見えた」

蓮司が顔を上げる。

「おっ!」

凛も前を見る。

「出口……?」

蒼真は頷いた。

「ああ。地上だ」

四人は最後の石段を上った。

山の斜面。

崩れた岩壁の隙間から、夕暮れの光が差し込んでいた。

蒼真が外へ出る。

冷たい風が頬を撫でた。

「……」

思わず空を見上げる。

茜色に染まった雲。

遠くの山々。

そして、木々の間を流れる穏やかな風。

地下では感じられなかった、広い空の下の風だった。

「……帰ってきた」

蒼真が呟く。

蓮司も外へ出た。

「やっとかよ……!」

近くの岩に腰を下ろす。

「もう地下はしばらく勘弁してくれ」

レイが背中から降ろされる。

「……同感だ」

凛は周囲を見渡した。

「ここ、宿場町の裏山ね」

蒼真も見覚えのある山道に気づいた。

「なら、町まではそんなに遠くないな」

蓮司が立ち上がろうとする。

しかし、腹部の痛みで顔を歪めた。

「……っ!」

「蓮司!」

凛が駆け寄る。

「もう! 無理しないで!」

「分かってるって!」

蒼真が肩を貸した。

「今度は俺が支える」

蓮司が笑う。

「悪いな」

「さっきまでレイを背負ってたんだ。少しくらい休め」

「……そうする」

蒼真は仲間たちを見た。

誰もが傷だらけだった。

それでも、全員が生きて地上へ戻ってきた。

その事実に、ようやく胸の奥が軽くなった。

宿場町。

町の入り口には、数人の見張りが立っていた。

蒼真たちの姿を見つけると、一人が駆け寄ってきた。

「お前たち!」

蒼真が顔を上げる。

「……あ!」

以前、宿場町で協力してくれた男だった。

「無事だったのか!」

男は四人の姿を見て、表情を変えた。

「ひどい傷じゃないか!」

「ちょっと、色々あって……」

蒼真が苦笑する。

男はすぐに町の方へ振り返った。

「誰か! 手当ての準備を!」

凛が尋ねる。

「それより、地下から助け出した人たちは?」

男は頷いた。

「ああ、全員無事だ」

四人の表情が変わった。

「……本当か?」

蓮司が尋ねる。

「もちろんだ。怪我人はいるが、命に別状はない。町の者たちで世話をしている」

凛は胸に手を当てた。

「……よかった」

レイも静かに目を閉じた。

「……任務は、果たせたな」

蒼真は小さく頷いた。

「ああ」

その時。

町の奥から、一人の少年が走ってきた。

「お兄ちゃんたち!」

蒼真が振り返る。

地下施設から救出した人質の一人だった。

少年は蒼真の前で立ち止まった。

「……帰ってきたんだ!」

「ああ」

蒼真が笑う。

「元気そうだな」

少年は何度も頷いた。

「うん! お母さんも元気になった!」

「そっか」

「みんな、お兄ちゃんたちのこと心配してたんだよ!」

蒼真は少し驚いた。

「俺たちを?」

「うん!」

少年は笑った。

「だって、助けてくれたのに帰ってこなかったから!」

蒼真は言葉に詰まった。

少年が続ける。

「ありがとう!」

「……」

「助けてくれて、本当にありがとう!」

蒼真はゆっくり膝をついた。

少年と目線を合わせる。

「……どういたしまして」

そして、優しく頭を撫でた。

「もう、怖い思いしなくていいからな」

少年は大きく頷いた。

「うん!」

少し離れた場所で、蓮司がその様子を見ていた。

「……なあ、レイ」

「……何だ」

「俺たち、結構いいことしたよな」

レイは少年と蒼真を見つめた。

「……ああ」

凛も笑う。

「そうね」

蓮司が大きく息を吐いた。

「……なら、頑張った甲斐があったな」

その夜。

宿場町の一室。

蒼真たちは手当てを受けていた。

レイの左肩には厚い包帯が巻かれ、腕を固定されている。

凛は術の使いすぎによる疲労で、横になっていた。

蓮司も腹部に包帯を巻かれ、寝台へ腰掛けている。

蒼真は窓際に座っていた。

「……」

腰に置いた風影刀を見る。

地下で見た石柱。

消された名前。

風守の誓い。

そして、宗玄。

「……蒼真」

凛が声をかけた。

「何考えてるの?」

「……宗玄のこと」

凛は静かに頷いた。

「心配?」

「ああ」

蒼真は風影刀へ視線を落とす。

「右腕、かなりひどかった」

「……そうね」

「俺たちを助けるために、あそこまで戦ってくれた」

蓮司が口を開く。

「でも、あの爺さんなら大丈夫だろ」

蒼真が振り返る。

「何でそう思う?」

「だって、あれだけ強いんだぜ?」

蓮司は笑った。

「簡単にくたばるような人じゃねぇよ」

レイも静かに言った。

「……それに、戻ってくるなとは言われていない」

蒼真が目を見開く。

「……そうだな」

凛が微笑む。

「また会いに行けばいいのよ」

蒼真は窓の外を見た。

夜風が木々を揺らしている。

「……ああ」

そして、小さく笑った。

「絶対、また会いに行こう」

同じ頃。

山中の別の場所。

玄岳と獅堂は、夜叉衆の隠れ家へ戻っていた。

獅堂は寝台に横たわり、傷の手当てを受けている。

「……くそっ」

獅堂が天井を睨む。

「何が風影刀の使い手だ……」

玄岳は机の前に座っていた。

手には、地下で入手した黒い札。

「……まだ根に持っているのか」

「当たり前だろ!」

獅堂が身体を起こそうとする。

しかし、胸元の傷が痛み、再び横になった。

「……っ!」

玄岳は振り返らない。

「しばらく休んでいろ」

「てめぇはどうする」

「報告だ」

玄岳が札を広げる。

そこには、古い文字の一部が写し取られていた。

『風を守る者は――』

その先は欠けている。

さらに下には、風影刀と風守刀を示す紋様の一部。

そして、読み取れない古い文字。

玄岳は目を細めた。

「……やはり、二本の刀には関係がある」

獅堂が顔を向ける。

「何が分かった?」

「まだ断定はできん」

「だったら何で、あんなに必死だったんだよ」

玄岳は札を見つめた。

「確かめたいことがある」

「……何だよ」

「風継ぎは、風影刀を持つ者だけで決まるのか」

獅堂が眉を寄せる。

「……は?」

玄岳は札を折り畳んだ。

「それとも、別の条件があるのか」

獅堂はしばらく黙っていた。

やがて、鼻で笑う。

「難しいことは分かんねぇ」

「だろうな」

「だが、一つだけ分かる」

玄岳が振り返る。

「何だ」

獅堂は左手を握りしめた。

「……あの蒼真って小僧」

その目に、悔しさが宿る。

「次に会う時は、今より強くなってるぞ」

玄岳は何も言わなかった。

やがて、小さく笑う。

「……だろうな」

翌朝。

蒼真たちは宿場町を出発した。

町の人々に見送られながら、黒影衆の里へ向かう。

蓮司はまだ腹部を庇っていたが、自分の足で歩いていた。

レイの左腕は固定されたままだ。

凛も完全には回復していない。

それでも四人の足取りは、昨日より軽かった。

「なあ、蒼真」

蓮司が声をかける。

「何だ?」

「里に帰ったら、まず何する?」

蒼真は少し考えた。

「……寝る」

蓮司が笑った。

「俺も!」

凛が呆れる。

「まず報告でしょ!」

「分かってるよ!」

レイが静かに口を開く。

「……俺は医務室だな」

三人が振り返る。

レイは左腕を見下ろした。

「……このままでは任務に出られない」

凛が頷く。

「ちゃんと治そうね」

「……ああ」

蒼真は前を向いた。

遠くに黒影衆の里を囲む山々が見え始めている。

「……帰ろう」

三人が頷いた。

「おう!」

「うん!」

「……ああ」

四人は山道を進んでいった。

黒影衆の里。

本部の奥にある会議室。

一人の男が、机の上に置かれた報告書を読んでいた。

黒影衆の頭領。

黒崎玄十郎。

その前には、影宗が立っていた。

「……蒼真たちが戻るそうだな」

玄十郎が言う。

影宗は頷いた。

「ああ。宿場町から連絡があった」

「人質は?」

「全員救出した」

玄十郎は報告書を閉じた。

「……それはよかった」

しかし、その表情は険しいままだった。

影宗が尋ねる。

「何か気になることでも?」

玄十郎は机の上に置かれた別の書状を見た。

「夜叉衆の動きが活発になっている」

「……」

「それだけではない」

玄十郎は書状を影宗へ差し出した。

「里の内部でも、風影刀について意見が割れ始めている」

影宗が書状を受け取る。

そこには、ある上忍の名が記されていた。

鬼塚ジン。

影宗の表情が変わった。

「……ジンか」

玄十郎は静かに頷いた。

「蒼真が戻れば、いずれ本人にも話が及ぶだろう」

影宗は書状を閉じた。

「……あの小僧は、まだ何も知らん」

「だからこそ、問題なのだ」

玄十郎は窓の外を見た。

「風影刀を持つ者を、黒影衆がどう扱うべきか」

影宗は答えなかった。

「守るべきか」

玄十郎が続ける。

「それとも、管理すべきか」

会議室に沈黙が落ちた。

その頃。

里へ続く山道では、蒼真たちが歩いていた。

「見えてきたぞ!」

蓮司が叫ぶ。

蒼真が顔を上げる。

木々の向こうに、見慣れた門があった。

黒影衆の里。

長い任務を終え、ようやく帰る場所。

蒼真は笑った。

「……ただいま」

その声は、まだ誰にも届かない。

しかし、里を吹き抜ける風は、静かに四人を迎えていた。

蒼真たちは知らない。

自分たちが地下で見つけたものが、黒影衆の内部に新たな対立を生み始めていることを。

そして、風影刀を巡る戦いが、これから別の形で始まることを。

第130話 完

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