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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第4章「夜叉衆暗躍編」
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第129話「地下深部決着」

玄岳の苦無が宗玄の胸元へ迫る。

右腕の痺れによって、風守刀を握る力が弱まっていた。

宗玄は左手で柄を掴み直す。

だが、間に合わない。

「終わりだ、宗玄!」

玄岳が踏み込んだ。

その瞬間。

宗玄は後ろへ逃げなかった。

むしろ、自ら玄岳の懐へ踏み込んだ。

「何っ!?」

苦無の刃が宗玄の左肩を斬り裂く。

鮮血が衣服を染めた。

しかし宗玄は止まらない。

「風守・流転!」

玄岳の踏み込みによって生まれた風。

その僅かな流れに身体を合わせ、宗玄は玄岳の右側へ回り込んだ。

「……!」

風守刀の柄頭が玄岳の胸へ突き込まれる。

「ぐはっ!」

玄岳の身体が後退した。

宗玄はさらに一歩踏み込む。

左手で握った風守刀を横へ振るった。

玄岳は苦無で受け止める。

だが、先ほどまでとは違う。

宗玄の右腕はほとんど動いていない。

「左手だけで戦うつもりか!」

玄岳が叫ぶ。

「必要ならな」

「その傷で、いつまで持つ!」

玄岳が黒雷を放った。

「黒雷遁・黒雷走!」

雷撃が床の溝を走る。

宗玄は風守刀を引き、石柱の陰へ身体を滑らせた。

黒雷が石床を焦がしながら通過する。

「逃げるか!」

玄岳が追う。

しかし、石柱の陰へ踏み込んだ瞬間。

玄岳は違和感を覚えた。

風がない。

先ほどまで宗玄の周囲を流れていた風が、完全に静まっていた。

「……?」

次の瞬間。

背後から声がした。

「風は、常に吹いているとは限らん」

玄岳が振り返る。

宗玄が立っていた。

「静まる時もある」

宗玄は風守刀を構える。

「だが、消えたわけではない」

玄岳が苦無を振り上げた。

「小細工を!」

「風守・流転!」

宗玄が踏み込む。

玄岳の斬撃を僅かな動きで避け、風守刀を下から斬り上げた。

玄岳の苦無が弾かれる。

「しまっ……!」

宗玄は身体を回転させた。

風守刀の峰が玄岳の脇腹へ打ち込まれる。

「ぐああっ!」

玄岳が床へ倒れ込んだ。

宗玄は追撃せず、距離を取った。

「……はぁ……はぁ……」

左肩から血が流れている。

右腕は痺れたままだ。

それでも風守刀を構え続けた。

玄岳は片膝をつき、ゆっくり顔を上げる。

「……やるじゃないか」

「お前もな」

「だが……」

玄岳が口元の血を拭う。

「俺はまだ、目的を果たしていない」

宗玄の視線が石板へ向く。

『風守の誓い』

古い布。

そして、消された風継ぎの記録。

「……渡さん」

玄岳は小さく笑った。

「もう遅い」

「何?」

玄岳が左手を開いた。

そこには、黒い札が握られていた。

先ほど石板へ投げつけた苦無に巻かれていたものと同じ札だった。

「お前が苦無を弾いた時、札だけは壁に残った」

宗玄が振り返る。

石板の近く。

壁に貼りついた黒い札。

その表面には、細い文字が浮かび上がっていた。

「……!」

「記録を持ち出す必要はない」

玄岳が言う。

「必要な部分を写せれば十分だ」

札に刻まれた術式が淡く光る。

石板に残された文字の輪郭が、札へ転写されていた。

ただし、全てではない。

宗玄が苦無を弾いた衝撃で札の端が裂け、記録の一部しか写し取れていなかった。

玄岳はそれでも笑った。

「……これだけあればいい」

宗玄が踏み込もうとする。

だが右腕に激痛が走った。

「くっ……!」

玄岳が印を結ぶ。

「黒雷遁・黒雷壁!」

宗玄の前に黒雷の壁が立ち上がる。

「玄岳!」

「勝負は預ける」

玄岳は札へ手を伸ばした。

一方。

石柱の反対側。

蒼真と獅堂が向かい合っていた。

黒煙は薄くなり始めている。

獅堂の右腕は血に染まり、左手の鉤爪だけが鋭く構えられていた。

「……来いよ」

獅堂が言う。

蒼真は風影刀を握り直した。

「お前こそ」

蓮司が隣へ並ぶ。

「蒼真、一人でやるつもりじゃねぇだろうな」

「そんなこと言ってないだろ」

「ならいい」

蓮司が笑う。

「最後まで付き合うぜ」

獅堂が二人を睨む。

「二人がかりか」

「今更だろ」

蓮司が答える。

「こっちは最初から四人だ」

獅堂が笑った。

「……そうだったな」

その瞬間。

獅堂が踏み込んだ。

左の鉤爪が蓮司へ迫る。

蓮司は刀を斜めに構え、攻撃を受け流す。

「蒼真!」

「ああ!」

蒼真が右側へ回り込む。

だが獅堂は振り返らない。

「読んでんだよ!」

右腕を無理やり持ち上げ、鉤爪を振るった。

蒼真は風影刀で受け止める。

「……っ!」

獅堂の腕から血が滴る。

「その腕で……!」

「うるせぇ!」

獅堂が力を込める。

「まだ動くんだよ!」

蒼真は刃を押し返した。

しかし、獅堂は退かない。

むしろ身体を低く沈めた。

「煙遁・黒煙爆!」

黒煙が足元から一気に噴き上がる。

蒼真と蓮司の視界が塞がれた。

「くそっ!」

蓮司が叫ぶ。

「また煙か!」

「蒼真、右だ!」

離れた場所から凛の声が響いた。

蒼真は風の流れを感じ取る。

右側。

獅堂の気配。

「……!」

風影刀を構えた。

だが、獅堂は攻撃してこない。

「……?」

蒼真は気づいた。

獅堂の足音が遠ざかっている。

向かっている先は――

凛とレイ。

「しまった!」

蒼真が駆け出す。

「凛!」

黒煙の中から獅堂が飛び出した。

「お前らを倒す必要はねぇ!」

獅堂が叫ぶ。

「守ってる奴らを狙えばいい!」

凛がレイの前へ立つ。

「……っ!」

水遁を使おうとする。

だが、印を結ぶ指が震えた。

既に限界だった。

獅堂の鉤爪が振り下ろされる。

「どけぇ!」

その瞬間。

凛の前に風が流れた。

「……!」

蒼真だった。

風影刀で鉤爪を受け止める。

「蒼真!」

「下がってろ!」

獅堂が笑う。

「また守るのか!」

「当たり前だ!」

「だったら、そのまま潰れてろ!」

獅堂が鉤爪を押し込む。

蒼真の足が滑る。

背後には凛とレイ。

これ以上、下がれない。

「……っ!」

蒼真は歯を食いしばった。

強い風を放てば、獅堂を吹き飛ばせるかもしれない。

だが、その衝撃は背後の二人にも及ぶ。

ならば。

「……風は」

蒼真が呟く。

獅堂が眉を寄せる。

「あ?」

「風は、敵を倒すためだけにあるんじゃない」

風影刀の周囲を、細い風が流れ始めた。

「何を……!」

蒼真は風を外側へ広げなかった。

刃に沿わせる。

獅堂の鉤爪を受け止めている場所。

そこへ風を集中させた。

「風遁・風纏!」

風影刀の周囲を流れる風が、鉤爪の向きを僅かに変える。

「……!」

獅堂の力が横へ逃げた。

蒼真は身体を捻る。

鉤爪が床へ向かう。

「しまっ……!」

「蓮司!」

「待ってたぜ!」

黒煙の中から蓮司が現れた。

刀を振り下ろす。

獅堂は左の鉤爪で受け止める。

だが蓮司は力で押し込まない。

刃を滑らせ、鉤爪を外側へ誘導した。

「何っ!?」

獅堂の両腕が開く。

蒼真が踏み込んだ。

「はああっ!」

風影刀が獅堂の胸元へ迫る。

獅堂は咄嗟に後退する。

だが間に合わない。

刃が胸元を斜めに斬り裂いた。

「ぐあああっ!」

獅堂が大きく後退した。

血が石床へ落ちる。

「……っ!」

獅堂は片膝をついた。

蒼真も膝に手をつく。

「はぁ……はぁ……」

蓮司が隣へ立った。

「……やったか?」

蒼真は首を振る。

「まだだ」

獅堂はゆっくり顔を上げた。

「……てめぇら」

左の鉤爪を握り直す。

しかし。

立ち上がろうとした瞬間、膝が崩れた。

「くそっ……!」

右腕。

脇腹。

胸元。

これまでの戦いで負った傷が、獅堂の身体を蝕んでいた。

蓮司が刀を構える。

「もうやめとけ」

獅堂が睨む。

「……何だと?」

「その身体じゃ、もうまともに戦えねぇだろ」

「黙れ……!」

獅堂は立ち上がろうとする。

だが、身体が言うことを聞かない。

蒼真は風影刀を構えたまま、静かに言った。

「もう終わりだ」

獅堂の目が見開かれる。

「……ふざけんな」

「これ以上、戦う必要はない」

「俺に情けをかけるつもりか!」

獅堂が怒鳴る。

蒼真は首を振った。

「違う」

「……!」

「俺たちは、ここから生きて帰る」

蒼真が続ける。

「そのために戦ってる」

獅堂は何も言わなかった。

やがて、悔しそうに歯を食いしばる。

「……覚えてろよ」

その時。

石柱の向こうから黒雷の光が漏れた。

「……!」

蒼真が振り返る。

「宗玄!」

宗玄は黒雷の壁を前に立っていた。

玄岳は石板の近くへ移動している。

その手には、記録を写し取った黒い札。

「……目的は果たした」

玄岳が言う。

宗玄は風守刀を構えた。

「その札を置いていけ」

「断る」

玄岳が笑う。

「お前たちが見つけた記録だ。ありがたく使わせてもらう」

宗玄が踏み込む。

しかし、右腕が痺れ、動きが鈍った。

玄岳はその隙を逃さない。

「黒雷遁・雷鳴煙!」

黒い煙が広がり、雷撃が周囲を走る。

宗玄は風守刀で身を守った。

だが、その間に玄岳は石柱の反対側へ移動していた。

「獅堂!」

玄岳の声が響く。

「撤退するぞ!」

獅堂が顔を上げた。

「……玄岳?」

「目的は果たした。これ以上戦う必要はない」

獅堂が歯を食いしばる。

「俺はまだ……!」

「その身体で何ができる」

玄岳が冷たく言い放つ。

「ここで死にたいなら勝手にしろ」

獅堂は黙った。

蒼真が風影刀を構える。

「逃がすか!」

玄岳が黒雷を纏う。

「追ってくるか?」

その視線が、凛とレイへ向いた。

「お前の仲間は、もう限界だろう」

蒼真の動きが止まる。

玄岳が続ける。

「俺たちを追えば、あの二人を置いていくことになる」

「……っ!」

蓮司が刀を構える。

「蒼真、俺が追う!」

「待て!」

宗玄の声が響いた。

「追うな!」

蓮司が振り返る。

「でも!」

「今のお前たちでは危険だ!」

宗玄は風守刀を支えに立っていた。

「それに……」

宗玄の視線がレイへ向く。

「先に助けるべき者がいる」

蒼真は唇を噛んだ。

玄岳は獅堂へ肩を貸した。

「立てるか」

「……誰に言ってやがる」

獅堂は苦しそうに立ち上がる。

玄岳が支えなければ、歩くことも難しい状態だった。

二人は別路へ続く通路へ向かう。

蒼真が叫んだ。

「玄岳!」

玄岳が足を止める。

「何だ」

「お前は、何を知ってる!」

玄岳は振り返らない。

「……風継ぎの歴史を知りたいなら」

一瞬、言葉を切る。

「夜叉衆だけを見ていても、答えには辿り着けんぞ」

「どういう意味だ!」

玄岳は答えなかった。

獅堂を支えながら、暗い通路へ姿を消した。

蒼真は追わなかった。

追えなかった。

背後では凛がレイの傷を押さえ続けている。

蓮司も腹部を庇っていた。

そして宗玄は、立っているだけで精一杯だった。

「……くそっ」

蒼真が呟く。

風影刀を握る手に力が入る。

「また……逃がした」

宗玄が近づいてきた。

「蒼真」

「……」

「お前たちは負けていない」

蒼真が顔を上げる。

「でも、記録を奪われた」

「全てではない」

宗玄が石板を見る。

『風守の誓い』

その文字は、まだ残っている。

「奴が持ち帰ったのは一部だけだ」

「……」

「そして、お前たちは仲間を守った」

宗玄は風守刀を見下ろした。

「それを忘れるな」

蒼真は黙っていた。

やがて、ゆっくり頷く。

「……ああ」

その時。

宗玄の身体が傾いた。

「……っ!」

蒼真が咄嗟に支える。

「宗玄!」

宗玄の右腕は、指先まで黒く変色していた。

火傷だけではない。

黒雷の影響で、腕の感覚が失われ始めていた。

「……少し、無理をした」

宗玄が苦笑する。

「少しって……!」

凛が駆け寄ろうとする。

しかし、レイの傷を押さえる手を離せない。

「蒼真! 宗玄さんを座らせて!」

「ああ!」

蒼真が宗玄を壁際へ運ぶ。

蓮司も手を貸した。

「しっかりしろよ!」

「……騒がしい小僧だ」

「こんな時に何言ってんだ!」

宗玄は小さく笑った。

だが、その表情はすぐに険しくなる。

右腕が動かない。

風守刀を握ろうとしても、指が反応しなかった。

「……」

蒼真はその様子を見ていた。

「宗玄……」

「心配するな」

宗玄は左手で風守刀を持ち上げた。

「まだ、死にはせん」

蒼真は何も言えなかった。

宗玄は石柱へ視線を向ける。

消された風継ぎの名前。

隠されていた石板。

そして、風守の誓い。

「……まだ終わっておらん」

宗玄が静かに言った。

蒼真が顔を上げる。

「何が?」

「この場所に残された記録だ」

「……」

「玄岳が持ち帰った情報も、いずれ何かを動かすだろう」

宗玄は風守刀を見つめた。

「だが、それより先に……」

蒼真を見る。

「お前たちは、生きて地上へ戻れ」

蒼真は頷いた。

「……分かった」

蓮司がレイへ近づく。

「歩けるか?」

レイは壁に手をついて立ち上がろうとした。

だが、左肩の痛みで顔を歪める。

「……少し、厳しい」

蓮司が背中を向けた。

「乗れ」

「……何?」

「背負ってやるって言ってんだよ」

レイが眉を寄せる。

「お前も負傷している」

「歩けねぇ奴よりマシだ」

「……」

「いいから乗れ!」

レイは小さく息を吐いた。

「……借りにしておく」

蓮司が笑う。

「高くつくぞ」

凛もようやく少しだけ笑った。

蒼真は宗玄へ手を差し出す。

「行こう」

宗玄はその手を見た。

「……俺は、ここに残る」

蒼真の表情が変わる。

「何言ってんだよ!」

「この場所には、まだ守るべきものがある」

「でも、その腕じゃ……!」

宗玄は静かに首を振った。

「心配するな。戦うつもりはない」

「……」

「それに、ここには俺しか知らぬ通路がある。休む場所もな」

蒼真は納得できなかった。

しかし、宗玄の目は真剣だった。

「……本当に大丈夫なんだな」

「ああ」

宗玄は左手で風守刀を握る。

「まだ、お前に教えねばならんこともある」

蒼真が顔を上げた。

「……何を?」

宗玄は答えなかった。

ただ、僅かに笑った。

「それは、次に会った時だ」

蒼真はしばらく黙っていた。

そして、ゆっくり頷いた。

「……絶対、また来るからな」

「ああ」

宗玄は石柱の前に立つ。

「待っている」

蒼真たちは地上へ続く通路へ向かった。

その背中を、宗玄は静かに見送った。

やがて四人の姿が見えなくなる。

石室に静寂が戻った。

宗玄は風守刀を見下ろす。

右腕は動かない。

左肩からも血が流れている。

それでも、刀を手放さなかった。

「……風を守る者は、風を継ぐ者を見定めよ」

宗玄は古い誓いを口にした。

そして、蒼真が去った通路へ視線を向ける。

「……まだ、お前は風継ぎではない」

静かな声が石室に響く。

「だが……」

宗玄は目を閉じた。

「その資格を、少しだけ見せたな」

風守刀の周囲を、穏やかな風が流れた。

地下深部での戦いは、こうして終わった。

しかし――

玄岳が持ち帰った記録。

消された風継ぎの名。

そして、風守の誓い。

それらが忍界にもたらす変化を、蒼真たちはまだ知らなかった。

第129話 完

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