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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第4章「夜叉衆暗躍編」
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第128話「守るための風」

地下深部。

黒煙に包まれた石室で、蒼真と獅堂が向かい合っていた。

獅堂の右腕からは血が流れ、握りしめた鉤爪にも赤い筋が伝っている。

しかし、その目から戦意は失われていなかった。

「……やってくれるじゃねぇか」

獅堂が左腕を持ち上げる。

「まさか、この俺がここまで追い込まれるとはな」

蒼真も風影刀を構えたまま、荒い呼吸を繰り返していた。

「こっちだって……余裕なんかない」

「だろうな。足が震えてるぜ」

「お前の腕もな」

獅堂が笑った。

「言うようになったじゃねぇか!」

獅堂が踏み込んだ。

左の鉤爪が蒼真の頭上へ振り下ろされる。

蒼真は風影刀を斜めに構え、刃を受け流した。

だが、獅堂はその動きを読んでいた。

「同じ手が何度も通じるか!」

右の鉤爪が蒼真の腹部へ迫る。

「……っ!」

蒼真は身体を捻った。

鉤爪の先端が衣服を裂き、脇腹に浅い傷を残す。

「蒼真!」

蓮司が駆け出した。

「来るな!」

蒼真が叫ぶ。

しかし、蓮司は止まらない。

「一人で格好つけてんじゃねぇ!」

蓮司の刀が獅堂の左腕へ向かった。

獅堂は鉤爪で受け止める。

「お前もしつこいな!」

「褒め言葉として受け取っとくぜ!」

蓮司は力任せに押し込まない。

刀の角度を変え、獅堂の腕を外側へ誘導した。

獅堂の体勢が僅かに崩れる。

「蒼真!」

「ああ!」

蒼真が風影刀を振り上げた。

だが、その瞬間。

獅堂の口元に笑みが浮かんだ。

「かかったな」

「……!」

獅堂が左腕を引き戻す。

蓮司の刀を鉤爪に引っかけたまま、身体を大きく回転させた。

「うおっ!?」

蓮司の身体が引き寄せられる。

獅堂はその勢いを利用し、蓮司を蒼真の進路へ投げ飛ばした。

「蓮司!」

蒼真は攻撃を中断した。

風影刀を引き、両腕で蓮司を受け止める。

二人は床を滑りながら倒れ込んだ。

「いってぇ……!」

「大丈夫か!?」

「ああ……悪い!」

獅堂が二人を見下ろす。

「仲間を助けるためなら、攻撃を止めるんだな」

蒼真が顔を上げる。

「当たり前だろ」

「それが甘いって言ってんだよ!」

獅堂が跳躍した。

二本の鉤爪を振り上げる。

倒れた二人には、避ける余裕がない。

「……っ!」

その時。

「水遁・水壁!」

蒼真たちの前に水の壁が立ち上がった。

獅堂の鉤爪が水壁を突き破る。

だが、その勢いは僅かに鈍った。

「蒼真! 今!」

凛の声。

蒼真は蓮司の襟を掴み、横へ転がった。

鉤爪が二人のいた場所へ突き刺さる。

石床に深い亀裂が走った。

「くそっ!」

獅堂が顔を上げる。

凛はレイの隣で片膝をついていた。

「……はぁ……はぁ……」

既に限界が近い。

レイの肩に当てていた布は、血で濡れていた。

「凛、もう術を使うな!」

蒼真が叫ぶ。

「でも……!」

「レイを頼む!」

凛は唇を噛んだ。

そして、小さく頷いた。

「……分かった」

レイが短刀を握ろうとする。

「俺も……」

「駄目!」

凛がその手を押さえた。

「今動いたら、本当に腕が使えなくなるかもしれない!」

「……」

「お願いだから、休んで」

レイはしばらく黙っていた。

やがて短刀から手を離す。

「……任せる」

凛は傷口を強く押さえ直した。

「うん」

石柱の反対側。

宗玄と玄岳の戦いも続いていた。

玄岳の黒雷が床を走る。

宗玄は風守刀を振り、足元の風を利用して雷撃の軌道から身を外した。

しかし、着地した瞬間。

右腕に激痛が走る。

「……っ!」

風守刀を握る指が震えた。

玄岳はその変化を見逃さない。

「限界が近いな、宗玄」

「お前も同じだろう」

玄岳の左肩には深い傷がある。

胸元の傷も、呼吸するたびに痛んでいた。

「俺はまだ動ける」

「なら、なぜ攻めてこない?」

玄岳が目を細める。

宗玄は風守刀を構え直した。

「お前は先ほどから、俺の右側ばかり狙っている」

「弱点を狙うのは当然だ」

「違う」

宗玄が一歩踏み出す。

「右側へ追い込むことで、俺を石柱から遠ざけようとしている」

玄岳の表情が僅かに変わった。

宗玄は続ける。

「その間に、お前自身は石板へ近づいている」

「……よく見ている」

「風守の誓いを持ち帰るつもりか」

玄岳は答えなかった。

代わりに、右手へ黒雷を集める。

「黒雷遁・雷刃」

苦無の刃を黒雷が覆った。

「知りたければ、止めてみろ」

玄岳が踏み込む。

宗玄も前へ出た。

二人の刃が交差する。

宗玄は黒雷を避けながら、玄岳の懐へ入ろうとした。

だが、玄岳は踏み込みを途中で止めた。

「……!」

宗玄の視線が動く。

玄岳の左手。

そこには、黒い札を巻きつけた苦無が握られていた。

「それは……!」

玄岳が苦無を投げる。

狙いは宗玄ではない。

石板の奥。

古い布が残された場所だった。

「させん!」

宗玄が身体を翻す。

風守刀を振り、苦無の軌道を逸らした。

苦無は壁に突き刺さる。

しかし。

玄岳はその隙を待っていた。

「背中が空いたぞ!」

宗玄が振り返るより早く、雷刃が迫る。

宗玄は咄嗟に風守刀を戻した。

刃同士が衝突する。

黒雷が宗玄の右腕を伝った。

「ぐあっ!」

宗玄が後退する。

風守刀を握ったまま、片膝をついた。

玄岳も息を荒くしている。

「……これで分かっただろ」

宗玄は顔を上げた。

「何がだ」

「お前は記録を守るためなら、自分の身体を犠牲にする」

玄岳が苦無を構える。

「そこが弱点だ」

宗玄は右腕を押さえた。

「……そうかもしれんな」

「認めるのか?」

「ああ」

宗玄がゆっくり立ち上がる。

「だが、守ることを弱さだとは思わん」

玄岳の目が細くなった。

「……随分と古い考えだ」

「古い誓いを守る者だからな」

宗玄は風守刀を構えた。

「お前には理解できんだろう」

「理解する必要もない」

玄岳が黒雷を纏う。

二人の間に、再び緊張が走った。

一方。

蒼真は獅堂の攻撃を受け続けていた。

「どうした!」

獅堂が鉤爪を振る。

蒼真が受け流す。

「さっきまでの勢いは!」

再び鉤爪。

蒼真は後退した。

「逃げてばかりじゃ勝てねぇぞ!」

「分かってる!」

蒼真が風影刀を振る。

「風遁・風刃!」

鋭い風が獅堂へ向かった。

獅堂は鉤爪を交差させて防ぐ。

「またそれか!」

蒼真は歯を食いしばった。

風刃。

風弾。

風環。

風纏。

これまで覚えてきた風遁は、どれも戦うために使ってきた。

敵を斬る。

吹き飛ばす。

動きを止める。

だが。

蒼真は背後を振り返った。

凛がレイの傷を押さえている。

蓮司も腹を押さえながら立っていた。

誰もが限界だった。

「……」

蒼真は風影刀を握り直す。

その時。

地下で聞いた宗玄の言葉が蘇った。

『風を従えるな』

『風と共に歩め』

そして、石板に刻まれていた言葉。

『風を守る者は、風を継ぐ者を見定めよ』

「……守る」

蒼真が呟いた。

獅堂が眉を寄せる。

「あ?」

「俺、ずっと勘違いしてたのかもしれない」

「何を言ってやがる」

蒼真は風影刀を下ろした。

完全に構えを解いたわけではない。

ただ、刃先を獅堂ではなく床へ向けた。

「強い風を出せば、勝てると思ってた」

獅堂が笑う。

「だったらもっと強い風を出せばいいだろ!」

「違う」

蒼真の周囲に、静かな風が流れ始めた。

「俺が今、守りたいのは……」

蓮司。

凛。

レイ。

そして、石室の奥に残された記録。

「全部だ」

獅堂の笑みが消えた。

「……欲張りな奴だ」

「そうかもな」

蒼真は小さく笑った。

「でも、誰も失いたくない」

「だったら俺を倒してみろ!」

獅堂が踏み込んだ。

右の鉤爪。

蒼真は風影刀で受ける。

だが、今度は力で押し返さなかった。

鉤爪の動きに合わせ、身体を横へ流す。

獅堂の攻撃が空を切った。

「何っ!?」

蒼真はそのまま背後へ回る。

風が足元を支え、身体の向きを変える。

「風遁・風纏!」

しかし、刃は振り下ろさない。

獅堂の背中を狙う代わりに、左手を突き出した。

「風遁・風弾!」

圧縮された風が獅堂の脇腹へ命中する。

「ぐっ!」

獅堂が数歩後退した。

だが蒼真は追撃しない。

獅堂と仲間たちの間に立った。

「……!」

獅堂が顔を上げる。

「何だ、それは」

「何が?」

「今の隙なら、俺を斬れただろうが!」

蒼真は風影刀を構え直した。

「斬った後、お前が凛たちに向かうかもしれない」

「……」

「だったら、こっちへ来させない方がいい」

獅堂が歯を食いしばる。

「……気に入らねぇ」

鉤爪を握る手に力が入る。

「俺を倒すことより、仲間を守る方が大事だってのか!」

「ああ」

蒼真は即答した。

「俺はそのために戦ってる」

獅堂の表情が険しくなった。

「……そうかよ」

次の瞬間。

獅堂が両腕を広げた。

「だったら試してやる!」

黒煙が周囲へ広がる。

「煙遁・黒煙陣!」

蒼真は動かなかった。

煙を無理に吹き飛ばさない。

風の流れを感じる。

獅堂の足運び。

鉤爪が空気を裂く動き。

そして。

背後にいる仲間たちの呼吸。

「……見える」

蒼真が小さく呟く。

正確には、目で見えているわけではない。

風が動きを伝えていた。

右。

獅堂が踏み込む。

蒼真は風影刀を振る。

二つの刃が衝突した。

獅堂が驚く。

「また読んだのか!」

「……ああ!」

蒼真は刃を押し返す。

獅堂が左の鉤爪を振り上げる。

蒼真は一歩下がった。

その背後。

蓮司が待っていた。

「今だ!」

蓮司が獅堂の左腕へ斬り込む。

「くっ!」

獅堂が鉤爪で受ける。

だが、蒼真は既に動いていた。

獅堂の足元へ風を流す。

踏み込もうとした足が僅かに浮く。

「……!」

獅堂の体勢が崩れた。

蓮司が刀を押し込む。

「おらぁっ!」

獅堂は後退した。

「くそっ!」

蒼真が蓮司の隣へ立つ。

「大丈夫か?」

「お前こそ!」

蓮司が笑う。

「何か、急に動きが変わったな」

「そうか?」

「ああ」

蒼真は風影刀を見る。

「……ちょっとだけ、分かった気がする」

「何が?」

「風の使い方」

蓮司は一瞬黙った。

そして笑った。

「なら、後で俺にも教えてくれよ」

「お前、風遁使えないだろ」

「気分だけでも!」

蒼真も笑った。

その様子を見ていた獅堂が、低く息を吐く。

「……ふざけやがって」

鉤爪を構え直す。

「まだ終わってねぇぞ!」

蒼真と蓮司が同時に前を向く。

「分かってる!」

「ああ!」

しかし。

獅堂の右腕は既に限界に近かった。

鉤爪を握る指が震える。

脇腹の傷も深い。

それでも獅堂は退かない。

「……俺にも、譲れねぇもんがあるんだよ」

蒼真が目を細める。

「何?」

獅堂は答えなかった。

代わりに、左の鉤爪を構える。

「次で決めるぞ」

蒼真も風影刀を構えた。

「……ああ」

二人の視線が交差した。

その頃。

石柱の向こう。

宗玄は玄岳の黒雷を受けながら、少しずつ後退していた。

「……っ!」

右腕が痺れる。

握力が落ちている。

玄岳がそれを見て笑った。

「もう刀も満足に握れないか」

宗玄は答えない。

「それでも記録を守るつもりか?」

「ああ」

「命を捨ててまで?」

宗玄は風守刀を握り直した。

「……玄岳」

「何だ」

「お前は、あの誓いを読んだな」

玄岳の表情が変わる。

宗玄は続けた。

「風を守る者は、風を継ぐ者を見定めよ」

「……」

「なら、俺が何を見定めているのかも分かるはずだ」

玄岳が目を細めた。

「……まさか」

宗玄の視線が、石柱の向こうへ向く。

そこには蒼真がいた。

仲間を背に、獅堂と向かい合っている。

宗玄は静かに呟いた。

「……まだ未熟だ」

風守刀が僅かに震える。

「だが、あの小僧は……」

玄岳が黒雷を纏う。

「余所見するな!」

玄岳が踏み込む。

宗玄も風守刀を振り上げた。

二人の刃が激しく衝突する。

その瞬間。

宗玄の右手から、風守刀が滑りかけた。

「……!」

玄岳が見逃さない。

「もらった!」

黒雷を纏った苦無が宗玄へ迫る。

宗玄は左手を伸ばし、風守刀の柄を握り直した。

だが、反撃するには遅い。

玄岳の刃が目前に迫っていた。

第128話 完

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