第127話「鉤爪突破戦」
地下深部。
巨大な石柱を中心に、二つの戦いが繰り広げられていた。
一方では、神谷宗玄と黒雷の玄岳。
もう一方では、蒼真たち四人と鉤爪の獅堂。
そして石室の奥には、新たな文字が姿を現していた。
『風を守る者は、風を継ぐ者を見定めよ』
「……見定める、か」
蒼真は風影刀を握り直した。
その言葉の意味を考える暇はない。
ガリィィン!
「おらぁっ!」
獅堂の鉤爪が襲いかかる。
「くっ!」
蒼真は風影刀で受け止めた。
足元の石床が軋む。
「どうした、風影刀の使い手!」
獅堂が笑う。
「さっきまでの勢いは!」
「まだ……終わってねぇ!」
蒼真が刃を押し返す。
しかし獅堂は退かない。
左の鉤爪を振り上げた。
「蒼真!」
キィン!
蓮司の刀が割り込む。
「二本も使ってんじゃねぇよ!」
「お前も刀を二本持てばいいだろ!」
「そういう問題じゃねぇ!」
蓮司が力を込める。
だが獅堂は笑った。
「いい加減、覚えろ!」
グンッ!
鉤爪が蓮司の刀を引っかける。
「なっ!?」
そのまま強引に引き寄せた。
「ぐっ!」
獅堂の膝が蓮司の腹へ。
ドゴッ!
「がはっ!」
蓮司が後退する。
「蓮司!」
蒼真が踏み込もうとした瞬間。
「煙遁・黒煙陣!」
ボォォッ!
黒煙が二人の間に広がった。
「またか!」
蒼真が風影刀を振る。
「風遁・風環!」
ゴォッ!
風が煙を押し返す。
だが獅堂の姿は見えない。
「……?」
蒼真は足を止めた。
おかしい。
これまで獅堂は、煙の中から正面へ攻撃してきた。
だが今は違う。
気配が――
遠ざかっている。
「まさか!」
蒼真が振り返った。
石室の奥。
隠された石板。
そこへ獅堂が走っていた。
「もらったぜ!」
巨大な鉤爪が石板へ伸びる。
狙いは古い布。
『風守の誓い』が刻まれた場所だった。
「させない!」
凛が印を結ぶ。
「水遁・水槍!」
シュッ!
細い水の槍が獅堂の足元を狙う。
「ちっ!」
獅堂が跳ぶ。
水槍が床に突き刺さった。
だが着地した瞬間。
ヒュッ!
「!」
レイが目の前に現れた。
「……そこは通さない」
二本の短刀が交差する。
キィン!
獅堂が鉤爪で受けた。
「またてめぇか!」
「……何度でも」
レイが踏み込む。
右の短刀。
左の短刀。
連続した斬撃。
キン! キィン!
獅堂が防ぐ。
だがレイは止まらない。
一歩。
さらに一歩。
獅堂を石板から遠ざけていく。
「小賢しい!」
獅堂が鉤爪を振り回した。
レイは身体を沈める。
刃が頭上を通過した。
そのまま懐へ。
「……!」
短刀が獅堂の脇腹を狙う。
しかし――
ガキィン!
獅堂の左の鉤爪が受け止めた。
「読めてんだよ!」
獅堂が右腕を振り下ろす。
レイが回避しようとした。
だが。
「っ……!」
左肩に激痛が走った。
一瞬、身体が止まる。
「もらった!」
ザシュッ!
鉤爪がレイの左肩を斬り裂いた。
「ぐっ!」
鮮血が飛ぶ。
レイの身体が後方へ吹き飛ばされた。
ドンッ!
壁に背中を打ちつける。
「レイ!」
凛が叫ぶ。
レイは膝をついた。
「……っ」
左腕が動かない。
指先に力が入らなかった。
獅堂がゆっくり近づく。
「速さだけなら大したもんだ」
鉤爪を構える。
「だが、その傷じゃもう――」
「水遁・水縛!」
ザバッ!
獅堂の足に水流が絡みつく。
「何っ!?」
凛が両手を突き出していた。
「レイから離れて!」
「邪魔だ!」
獅堂が足を引く。
だが水流は離れない。
「くっ……!」
凛の額から汗が流れる。
水遁を使い続けた身体には、もう余裕がなかった。
「……早く!」
その声に応じて――
「おらぁぁっ!」
蓮司が煙の中から飛び出した。
刀を振り下ろす。
ガキィィン!
獅堂が鉤爪で受ける。
「てめぇ!」
「仲間に何してくれてんだ!」
蓮司が刀を押し込む。
獅堂も力を込めた。
「ぐっ……!」
「はっ! さっきまで腹押さえてた奴が!」
「うるせぇ!」
蓮司は刀を斜めに滑らせた。
獅堂の力を横へ逃がす。
「!」
鉤爪が床へ突き刺さった。
ガギン!
「今だ!」
蒼真が駆ける。
風影刀を構えた。
「風遁・風刃!」
ヒュン!
風刃が獅堂へ迫る。
獅堂は鉤爪を引き抜こうとした。
だが――
「抜けねぇ!?」
蓮司が刀で鉤爪の柄を押さえていた。
「逃がすかよ!」
ザシュッ!
風刃が獅堂の右腕を斬った。
「ぐああっ!」
獅堂が後退する。
右腕から血が流れる。
鉤爪を握る指が震えていた。
「……てめぇら」
獅堂が歯を食いしばる。
「よくも……!」
蒼真が風影刀を構える。
「まだやるのか」
「当たり前だろ!」
獅堂が怒鳴る。
「俺を誰だと思ってやがる!」
黒煙が再び立ち上る。
だが蒼真は動かなかった。
「……蓮司」
「おう」
「凛」
「分かってる」
三人は目を合わせる。
獅堂の煙遁。
その厄介さは十分に分かっていた。
だが――
煙の中で戦う方法も、少しずつ見えてきていた。
「凛、無理に煙を消さなくていい」
蒼真が言う。
「え?」
「床だけ頼む」
凛は一瞬考えた。
そして頷く。
「……分かった!」
印を結ぶ。
「水遁・水流陣!」
ザァッ!
石床に薄い水が広がる。
獅堂が笑う。
「また同じ手か!」
「違う!」
蒼真が風影刀を構える。
「今度は――」
風が足元へ集まる。
「俺も使う!」
「風遁・風環!」
ゴォッ!
蒼真の風が床を滑った。
薄い水が細かな飛沫となって舞い上がる。
黒煙の中。
飛沫が獅堂の身体にぶつかり、流れを変えた。
「……!」
蒼真の目が動く。
右前方。
人の形に乱れる風。
「そこだ!」
蒼真が踏み込む。
ガキィン!
風影刀が鉤爪と衝突した。
「何で分かった!」
獅堂が叫ぶ。
蒼真は答えない。
風の流れを読む。
水の飛沫が教えてくれる。
煙の中にいる敵の位置を。
「蓮司! 左!」
「おう!」
蓮司が斬り込む。
ガキィン!
獅堂が受ける。
「くそっ!」
右へ逃げる。
だが――
「そっちも見えてる!」
凛が叫ぶ。
水面の揺れ。
蒼真が風を流す。
獅堂の進路を塞ぐ。
「ぐっ!」
獅堂は足を止めた。
三人が距離を詰める。
「……なるほどな」
獅堂が低く笑う。
「煙を消すんじゃなく、俺の位置を探るってわけか」
蒼真が答える。
「お前の煙は厄介だ」
「だろうな」
「でも、見えないからって何もできないわけじゃない」
獅堂の笑みが消えた。
「……面白ぇ」
右腕から血が滴る。
「なら、こいつはどうだ!」
獅堂が両腕を広げた。
「煙遁・黒煙爆!」
ドォォン!
黒煙が爆発的に広がった。
「!」
蒼真たちが後退する。
だが獅堂は追ってこない。
代わりに――
ガガガッ!
石床を削る音。
「……?」
蓮司が目を細める。
「何してやがる?」
黒煙の中。
獅堂は鉤爪で床を抉っていた。
何度も。
何度も。
ガリィン!
石の破片が飛び散る。
「まさか……!」
凛が気づいた。
床の溝。
そこには古い仕掛けへ続く細い水路があった。
獅堂はその溝を壊している。
「お前らが水を使うなら!」
獅堂が叫ぶ。
「足場ごと壊せばいい!」
ガゴォン!
石床の一部が崩れた。
水が割れ目へ流れ込む。
凛の水流陣が途切れた。
「そんな……!」
獅堂が笑う。
「これで終わりだ!」
黒煙が再び濃くなる。
蒼真は歯を食いしばった。
「……っ!」
水が使えない。
風だけでは、敵の位置を正確に捉えられない。
その時。
「……蒼真」
背後から声がした。
レイだった。
壁にもたれながら、立ち上がっている。
「レイ! 動くな!」
凛が叫ぶ。
「その肩じゃ……!」
レイは左腕を押さえた。
血が指の間から流れている。
「……分かっている」
右手に短刀。
「だが、一つ分かった」
蒼真が振り返る。
「何だ?」
「獅堂は……煙の中でも、俺たちの位置を完全には見ていない」
「……!」
「足音と、気配を頼りにしている」
蓮司が目を見開く。
「ってことは……」
レイが短刀を握り直す。
「……こちらも消えればいい」
蒼真は少し考えた。
そして。
「……そうか!」
風影刀を構える。
風を起こす。
だが今度は、煙を払わない。
足元。
身体の周囲。
自分たちの動きで生まれる風を、静かに整える。
「蓮司」
「おう」
「次は走るな」
「は?」
「音を立てずに近づく」
蓮司が笑った。
「忍者らしいこと言うじゃねぇか」
「俺たちは忍者だろ」
「そうだったな!」
凛が小さく笑う。
「忘れないでよ」
レイも短刀を下ろした。
「……蒼真」
「何だ?」
「俺は、まだ動ける」
蒼真は首を振った。
「いや」
「……?」
「レイはここで休んでろ」
「だが――」
「お前が見つけた方法だ」
蒼真が笑う。
「後は俺たちがやる」
レイはしばらく黙っていた。
やがて。
「……分かった」
壁に背中を預ける。
凛がレイの肩へ布を押し当てた。
「絶対動かないでね」
「……努力する」
「努力じゃなくて!」
蓮司が笑った。
「怒られてやんの」
「蓮司も気をつけて!」
「はいはい!」
蒼真が前を向く。
黒煙の奥。
獅堂が待っている。
「……行くぞ」
「おう!」
二人が静かに踏み出した。
その頃。
石柱の反対側。
バチィィン!
黒雷が炸裂する。
「ぐっ!」
宗玄が後退した。
玄岳も肩で息をしている。
「……まだ立つか」
「お前こそ」
宗玄が風守刀を構える。
玄岳の視線が一瞬、石板へ向いた。
『風守の誓い』
その奥に隠された古い布。
宗玄は、その視線を見逃さなかった。
「……玄岳」
「何だ」
「お前は俺を倒すことが目的ではないな」
玄岳は笑った。
「今更か」
「石板の記録を持ち帰るつもりか」
「……」
玄岳が黒雷を纏う。
「答える必要はない」
宗玄が一歩踏み出す。
「なら、通さん」
玄岳も構えた。
「止められるならな」
二人が再び激突する。
一方。
黒煙の中。
獅堂は周囲を見回していた。
「……?」
足音が聞こえない。
気配も薄い。
「どこだ……?」
獅堂が鉤爪を構える。
その背後。
僅かな風。
「!」
振り返る。
だが誰もいない。
「……ちっ!」
次の瞬間。
右側から声。
「こっちだ!」
蓮司。
ガキィン!
獅堂が鉤爪で受ける。
「見つけたぞ!」
だが蓮司はすぐに離れた。
「何っ!?」
その直後。
背後から風。
獅堂が振り返る。
そこには――
風影刀を構えた蒼真。
「風遁・風纏!」
ヒュォォッ!
風が刃を包む。
「はああっ!」
蒼真が踏み込んだ。
獅堂も鉤爪を振り上げる。
「来やがれぇ!」
二つの刃が激突する。
ガキィィィン!
そして――
獅堂の右腕から、再び血が飛び散った。
「ぐあっ!」
蒼真は止まらない。
「まだだ!」
風影刀を構え直す。
獅堂も左の鉤爪を握りしめた。
「……上等だ!」
黒煙の中。
二人の忍が、再び向かい合った。
戦いは、まだ終わらない。
第127話 完




