第125話「別路侵入」
地下深部。
歴代の風継ぎの名が刻まれた石柱。
その奥には、隠されていた石板が姿を現していた。
『真実を知り、風より消された者』
蒼真は、その文字を見つめていた。
「……風を裏切ったわけじゃない」
宗玄が風守刀を構える。
「ああ」
「なのに名前を消された」
「そう書かれている」
「誰がそんなことを……」
「今は考えるな」
宗玄の視線は前方。
黒雷の玄岳。
鉤爪の獅堂。
二人の夜叉衆が、石柱の向こうに立っていた。
バチッ。
玄岳の右腕に黒雷が走る。
「調べ物は終わったか?」
蓮司が刀を肩に担ぐ。
「お前らが邪魔しなきゃ、もう少し調べられたんだけどな」
「随分と余裕だな」
「余裕なんかねぇよ」
蓮司が刀を下ろす。
「こっちは朝から何回戦ってると思ってんだ」
獅堂が笑う。
「だったら降参しろよ」
「断る」
「即答か」
「当たり前だろ」
凛が蒼真の隣へ寄る。
「蒼真」
「どうした?」
「ここ、狭いよ」
蒼真が周囲を見る。
巨大な石柱。
壁際には歴代の風継ぎの記録。
奥には隠された石板。
広さはある。
だが、全力で忍術を放てる場所ではない。
「……そうだな」
凛が小さく頷く。
「水遁を大きく使ったら、石板まで壊しちゃうかもしれない」
「俺の風遁も同じだ」
レイが短刀を抜く。
「敵も同じ条件だ」
蓮司が笑う。
「だったら剣術勝負だな」
宗玄が静かに答える。
「そう単純ではない」
その瞬間。
玄岳が印を結んだ。
「黒雷遁・黒雷走!」
バチィッ!
黒雷が床を走る。
「散れ!」
宗玄の声。
蒼真たちは左右へ飛んだ。
黒雷は石柱を避けるように曲がる。
「曲がった!?」
蓮司が驚く。
玄岳は笑わない。
「石を壊さなければいいだけだ」
黒雷が床の溝を走り抜ける。
その先。
凛の足元。
「凛!」
蒼真が叫ぶ。
「水遁・水壁!」
ザバァッ!
凛が水の壁を作る。
だが黒雷が迫る。
「水を引け!」
宗玄の声。
凛は即座に術を解除した。
バチィン!
黒雷が水の消えた床を駆け抜ける。
「危なかった……!」
「相手は雷遁だ。水の使い方を間違えるな」
宗玄が言う。
凛は息を整える。
「分かった!」
玄岳が再び印を結ぶ。
しかし――
ヒュッ!
宗玄が踏み込んだ。
「させん!」
風守刀が振り下ろされる。
ガキィン!
玄岳が苦無で受ける。
「相変わらず速いな」
「お前もな」
宗玄が刃を滑らせる。
玄岳の腕へ。
だが玄岳は後方へ跳んだ。
バチッ!
黒雷が宗玄の足元へ。
「黒雷遁・雷縛!」
三本の黒雷が床を走る。
宗玄の逃げ道を塞ぐ。
「!」
宗玄は風守刀を低く構えた。
「風守・流転!」
ゴォッ!
足元の風が渦を巻く。
砂埃が舞い上がり、床の溝を隠した。
宗玄は黒雷の流れを見極め、雷の通らない僅かな隙間へ踏み込む。
「そこか!」
玄岳が苦無を突き出す。
キィン!
二人の刃が衝突した。
一方。
「お前らの相手は俺だ!」
獅堂が飛び出す。
巨大な鉤爪。
狙いは蓮司。
「来い!」
ガキィィン!
刀と鉤爪が激突する。
「ぐっ……!」
蓮司の足が滑った。
獅堂の力は凄まじい。
「どうした!」
「重てぇんだよ!」
蓮司が身体を捻る。
正面から受け続けない。
以前の修行で学んだ、力を流す動き。
鉤爪を横へ逸らす。
「おっ?」
獅堂の身体が僅かに傾く。
「蒼真!」
「ああ!」
蒼真が踏み込む。
「風遁・風刃!」
ヒュン!
獅堂が鉤爪を交差させる。
ガキン!
風刃を防ぐ。
だが蒼真の狙いは別だった。
風が獅堂の足元を抜ける。
「!」
獅堂の踏み込みが乱れた。
その隙にレイが接近する。
二本の短刀。
右。
左。
キン! キィン!
獅堂が鉤爪で防ぐ。
「三人がかりか!」
「四人だよ!」
凛が横から手を伸ばす。
「水遁・水縛!」
細い水流が獅堂の右足へ巻きつく。
「ちっ!」
獅堂が強引に引き千切ろうとする。
だが一瞬、足が止まった。
蒼真が風影刀を構える。
「今だ!」
「舐めんな!」
獅堂が両腕を広げた。
「煙遁・黒煙爆!」
ボォン!
黒煙が一気に膨れ上がる。
「まずい!」
蒼真が風影刀を振る。
「風遁・風環!」
ゴォッ!
四人の周囲に風が巡る。
黒煙を外側へ押し流す。
しかし――
ドンッ!
「ぐあっ!」
蓮司が吹き飛ばされた。
「蓮司!」
蒼真が振り返る。
煙の中。
獅堂の鉤爪が伸びていた。
「煙を払うのに集中しすぎだ!」
獅堂が笑う。
「俺自身が消えたわけじゃねぇ!」
再び鉤爪。
蒼真が受ける。
ガキィン!
「ぐっ!」
獅堂が押し込む。
「さっきから風ばっか使いやがって!」
「だったら……!」
蒼真が足を踏み込む。
「剣でもやってやる!」
風影刀を横へ滑らせる。
獅堂の鉤爪を逸らす。
そのまま斬り上げる。
「!」
獅堂が後ろへ跳ぶ。
頬に浅い傷。
「……やるじゃねぇか」
蒼真も息を荒くする。
「はぁ……はぁ……」
身体が重い。
長い地下戦。
何度も使った風遁。
既に体力は限界に近かった。
獅堂がそれを見抜く。
「もう長くは持たねぇな」
「そっちもだろ」
獅堂の脇腹。
以前の戦闘で負った傷から、血が滲んでいる。
「……よく見てんな」
「風が教えてくれる」
「便利なもんだ!」
獅堂が再び踏み込んだ。
その頃。
石柱の反対側。
玄岳と宗玄の戦いも続いていた。
ガキィン!
「ぐっ!」
宗玄が後退する。
右腕。
黒雷による火傷が痛む。
玄岳が見逃すはずもない。
「右腕が鈍っているぞ」
「お前も胸を庇っている」
「……!」
宗玄が踏み込む。
風守刀が玄岳の胸元へ。
玄岳は苦無で受ける。
だが衝撃が傷に響いた。
「ぐっ!」
宗玄が追撃する。
「終わらせる!」
「まだだ!」
玄岳が左手を床へ叩きつけた。
「黒雷遁・黒雷壁!」
バチィィン!
黒雷の壁が二人の間に立ち上がる。
宗玄が後退。
「……!」
玄岳も距離を取る。
二人とも息が荒い。
宗玄が問いかける。
「玄岳」
「何だ」
「なぜそこまでして、この記録を欲しがる」
玄岳は答えない。
「夜叉衆の命令か?」
「……」
「それとも、お前自身の目的か?」
玄岳の目が僅かに動いた。
「お前には関係ない」
「関係ある」
宗玄が風守刀を構える。
「俺は、この場所を守ってきた」
玄岳が黒雷を纏う。
「なら最後まで守ってみせろ」
その時。
ゴゴゴ……。
地下全体が揺れた。
「!」
蒼真が振り返る。
「また地震!?」
凛が石柱を見る。
「違う……!」
床の溝。
先ほど水が流れた場所。
そこから小さな振動が伝わっている。
レイが目を細める。
「石板の奥だ」
宗玄も気づいた。
「まさか……」
玄岳が笑う。
「やはり動いたか」
蒼真が玄岳を見る。
「何をした!」
「俺は何もしていない」
「じゃあ何で!」
玄岳は石板を見る。
「お前たちが隠された記録を開いた」
凛が息を呑む。
「私の水遁……?」
「それがきっかけになっただけだ」
宗玄が石板へ視線を向ける。
「古い仕掛けが残っていたのか……」
ゴゴゴゴ!
石板の奥。
壁の一部がゆっくりと動き始めた。
しかし完全には開かない。
僅かな隙間。
そこから――
一枚の古い布が見えた。
蒼真が目を凝らす。
「……何だ、あれ」
布には何かが描かれている。
紋様。
風を表すような渦。
そして――
その中心に、二本の刀。
風影刀。
風守刀。
宗玄の表情が変わった。
「……!」
玄岳も目を見開く。
「見つけた」
蒼真が振り返る。
「何を?」
玄岳は答えなかった。
代わりに――
バチッ!
黒雷を纏い、石板へ走る。
「させるか!」
宗玄が追う。
同時に獅堂も動いた。
「おらぁ!」
蒼真たちを押し退けようと、鉤爪を振り回す。
ガキィン!
蓮司が受け止めた。
「行かせねぇ!」
「邪魔だ!」
「そっちこそ!」
二人の武器が激しくぶつかる。
蒼真は石板を見る。
あの布。
玄岳が求めていたもの。
それが何なのか。
まだ分からない。
だが――
渡してはいけない。
そんな予感がした。
「凛! レイ!」
「分かってる!」
「……ああ」
三人が動く。
宗玄も風守刀を構え直した。
玄岳が黒雷を放つ。
「黒雷遁・四雷牙!」
四本の黒雷が宗玄へ迫る。
宗玄が風守刀を振る。
「風守・流転!」
風と黒雷が衝突する。
ドォォン!
石室が激しく震えた。
その衝撃で――
石板の奥にあった古い布が、僅かに揺れた。
そして。
布の下から、もう一つの文字が姿を現す。
蒼真はそれを見た。
「……!」
そこには――
『風守の誓い』
そう刻まれていた。
宗玄もその文字を見た。
「……風守の誓い?」
風守刀が震える。
玄岳が口元を歪めた。
「ようやく見つかったな」
蒼真が風影刀を握り直す。
夜叉衆が求めるもの。
宗玄さえ知らなかった記録。
そして、消された風継ぎ。
その全てが――
少しずつ繋がり始めていた。
第125話 完




