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影狼ノ忍  作者: 次男坊
第4章「夜叉衆暗躍編」
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第123話「風継ぎの記」

地下深部。


「風の道」を抜けた先に、その石柱は立っていた。


壁にも、床にも、古い文字が刻まれている。


その中心にある巨大な石柱。


最上部には――


『風継ぎの記』


蒼真は静かに見上げた。


「歴代の風継ぎ……」


宗玄が隣へ立つ。


「ああ」


「全員の名前がここに?」


「俺が知る限りではな」


蓮司が石柱を見上げる。


「多すぎて全然読めねぇ」


「俺もだ」


「お前もかよ」


凛が少し笑った。


「古い文字だから仕方ないよ」


レイは壁に背を預けたまま、石柱を観察している。


肩と脇腹の傷。


出血は止まっているが、決して軽くはない。


蒼真が振り返る。


「レイ、本当に大丈夫か?」


「何度聞く」


「倒れられたら困る」


「なら早く調べろ」


蓮司が笑う。


「いつものレイだな」


「うるさい」


蒼真は石柱へ向き直った。


「宗玄」


「何だ」


「教えてくれ」


石柱へ手を伸ばす。


「風継ぎって、本当は何なんだ?」


宗玄はすぐには答えなかった。


「全部を俺から聞いて、それで納得するのか?」


「……どういう意味だ?」


「ここは歴代の風継ぎが自ら残した場所だ」


宗玄が石柱を指す。


「俺の言葉より、彼らが何を残したのかを見ろ」


蒼真は文字を見る。


読めない部分が多い。


だが――


風影刀が微かに震えた。


カタッ。


「また……」


蒼真が柄へ触れる。


その瞬間。


ヒュウ……。


石柱の周囲を風が流れ始めた。


凛が顔を上げる。


「風……」


宗玄は黙って見ている。


蒼真が石柱へ近づくほど、風は強くなる。


そして――


石柱の一部。


古い文字の上に風が集まった。


砂埃が吹き飛ぶ。


隠れていた文字が現れる。


蒼真が読む。


「……『風を従えるな』」


次の文字。


「『風と共に歩め』」


宗玄が静かに続ける。


「初代風継ぎが残した言葉とされている」


「初代……」


「風遁を極めた者が風継ぎなのではない」


宗玄が蒼真を見る。


「強い忍が選ばれるわけでもない」


蓮司が腕を組む。


「じゃあ何で決まるんだ?」


「それを歴代の風継ぎも探し続けた」


「決まってねぇのかよ」


「風は形を持たない」


宗玄は淡々と答える。


「時代によって、守るべきものも変わる」


蒼真は黙って聞く。


「里を守った者」


「家族を守った者」


「争いを止めるために戦った者」


「戦うことそのものを拒んだ者もいた」


凛が驚く。


「戦わない風継ぎも?」


「ああ」


「忍なのに?」


「刀を抜くことだけが、守ることではない」


蒼真が風影刀を見る。


北東村。


人質。


仲間。


これまで何度も戦ってきた。


だが確かに――


倒すことだけを考えていたわけではない。


宗玄が続ける。


「だから風影刀は、技を教える刀ではない」


「じゃあ何のためにある?」


「選択を映すためだ」


「選択……」


「何を守り、何を捨てるのか」


宗玄はそれ以上説明しなかった。


蒼真も聞かなかった。


今すぐ答えが出るものではない。


その時。


レイが石柱の裏側へ目を向けた。


「……蒼真」


「どうした?」


「ここ」


レイが壁から離れる。


傷を庇いながら石柱の反対側へ歩いた。


「無理するなって」


蓮司が続く。


「文字が変だ」


「変?」


四人が集まる。


石柱には歴代の名前が縦に並んでいた。


その一角。


凛が気づく。


「ここだけ……空いてる」


名前。


名前。


名前。


一定の間隔で刻まれている。


しかし一ヶ所だけ――


不自然な空白。


蓮司が触れようとする。


「削れたとか?」


「触るな」


宗玄が止めた。


「なんで?」


宗玄自身も空白を見ている。


「……これは」


表情が変わった。


蒼真が気づく。


「知ってるのか?」


「いや」


「でも今――」


「俺が最後にここを見た時、こんな空白はなかった」


静寂。


凛が聞き返す。


「どういうこと?」


宗玄が近づく。


指先で周囲の文字を確認する。


「削られている」


蒼真も見る。


確かに自然に欠けたものではない。


刃物か何かで何度も削った跡。


名前だけが意図的に消されている。


レイが言う。


「誰かが消した」


「ああ」


「夜叉衆?」


蓮司が尋ねる。


宗玄は首を振った。


「分からん」


「ここまで来られる奴なんて限られてるだろ」


「だから問題なんだ」


宗玄の声が低くなる。


蒼真が空白へ近づく。


その瞬間――


カタカタッ!


風影刀が激しく震えた。


「!」


宗玄も風守刀を見る。


こちらも反応している。


カタッ……。


カタカタ……。


凛が二本の刀を見る。


「両方……?」


蒼真は削られた部分を見る。


「ここに何が書いてあったんだ?」


宗玄は答えない。


いや――


答えられない。


蒼真が手を伸ばす。


「待て」


宗玄が止める。


だが遅かった。


蒼真の指先が削られた石へ触れた。


ゴォッ!


「蒼真!」


風が爆発するように広がった。


蓮司たちが腕で顔を覆う。


「何だ!?」


蒼真だけは動かなかった。


いや。


動けなかった。


風が指先から腕へ。


そして風影刀へ流れていく。


頭の中に――


一瞬。


何かが浮かんだ。


雨。


燃える建物。


大勢の忍。


そして――


風影刀を持つ誰かの背中。


顔は見えない。


『――守るべきものを、間違えるな』


「……!」


蒼真が目を開いた。


風が消える。


「蒼真!」


凛が駆け寄る。


「大丈夫!?」


「あ……ああ」


「何があった?」


蓮司も近づく。


蒼真は額を押さえる。


「分からない」


「何か見えたのか?」


レイの問い。


「……少しだけ」


宗玄の表情が険しくなる。


「何を見た」


「燃えてる場所」


蒼真は記憶を辿る。


「忍がたくさんいた」


「他には?」


「風影刀を持ってる人がいた」


宗玄の目が見開かれる。


「顔は?」


「見えなかった」


「名前は?」


「分からない」


蒼真は空白を見る。


「でも声が聞こえた」


「何と言った」


蒼真は答える。


「守るべきものを、間違えるな」


宗玄が黙った。


長い沈黙。


蓮司が宗玄を見る。


「何か心当たりあるだろ」


「……」


「宗玄」


蒼真も見る。


だが宗玄は首を振った。


「確証がない」


「だったら――」


「分からないことを、分かったように話すつもりはない」


蒼真はそれ以上聞かなかった。


宗玄の言うことも分かる。


凛は削られた場所を見る。


「でも変だよね」


「何が?」


「この人だけ消されてる」


歴代の風継ぎ。


その中の一人。


存在そのものを消すように名前が削られている。


「悪い人だったのかな」


蓮司が呟く。


宗玄が答える。


「決めつけるな」


「え?」


「歴史から名を消されたから悪人とは限らない」


宗玄は削られた石を見つめる。


「名を消した側にとって、都合が悪かった可能性もある」


蒼真の表情が変わる。


「誰かが歴史を書き換えた……?」


「可能性の話だ」


レイが石柱の下を見る。


「他にもある」


「何?」


全員が見る。


石柱の下部。


削られた名前から伸びるように、一筋の細い溝があった。


蒼真がしゃがむ。


「これは……」


溝は床へ続いている。


さらに――


石室の奥へ。


蓮司が目で追う。


「何かに繋がってんぞ」


宗玄が険しい表情になる。


「こんなものは知らない」


「またか?」


「少なくとも、俺が知る風継ぎの記にはなかった」


凛が水を少し流す。


水が溝を進む。


石室の奥へ。


やがて――


カチッ。


小さな音。


全員が構えた。


だが何も起きない。


レイが呟く。


「仕掛け?」


宗玄が奥へ向かおうとする。


その瞬間――


蒼真が振り返った。


「待って」


「どうした?」


風。


風の道とは違う。


誰かが動いたことで生まれる空気の揺れ。


「……来る」


蓮司が刀を抜く。


「何人だ?」


蒼真は目を閉じる。


一つ。


そして――


もう一つ。


「二人」


凛が水を集める。


レイも短刀へ手を伸ばす。


宗玄は風守刀を抜いた。


遠く。


石室へ続く別の通路。


バチッ。


黒い雷が暗闇を照らす。


蒼真の目が鋭くなる。


「玄岳……」


続いて。


ガリッ。


石壁を巨大な鉤爪が引っ掻く。


獅堂。


蓮司が刀を構える。


「別の道から来やがったか」


宗玄が一歩前へ出る。


「お前たちは下がれ」


蒼真が隣へ並ぶ。


「断る」


「今のお前たちは消耗している」


「宗玄もだろ」


「……」


玄岳の姿が暗闇から現れる。


「見つけたぞ」


獅堂も続く。


「随分面白そうな場所じゃねぇか」


玄岳の視線が――


『風継ぎの記』へ向いた。


そして。


削られた名前の部分で止まった。


「……」


蒼真は見逃さなかった。


玄岳の表情が、一瞬だけ変わった。


「玄岳」


「何だ」


「そこを知ってるのか?」


削られた名前。


玄岳は答えない。


代わりに黒雷を纏う。


バチバチッ!


「知りたければ――」


黒雷が強くなる。


「俺たちを退けてからにしろ」


獅堂も二本の鉤爪を構えた。


宗玄の風守刀へ風が集まる。


蒼真も風影刀を抜く。


地下深部。


歴代の風継ぎが眠る場所で――


再び二つの勢力が向かい合った。


だが蒼真の頭から離れない。


削られた名前。


燃える場所。


そして、あの言葉。


――守るべきものを、間違えるな。


その言葉を残した人物は――


一体、何者なのか。


第123話 完

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