第122話「風の道」
ゴォォォ……。
亀裂の向こうから吹き出した風が、石室を満たしていた。
崩れた石壁。
その奥には、さらに地下深部へ続く古い石段。
蒼真の風影刀が震える。
宗玄の風守刀も同じだった。
蓮司が石段を覗き込む。
「……まだ下があんのかよ」
「下とは限らない」
レイが壁に手をつきながら答える。
「風が上からも来ている」
「どういう造りしてんだ、ここ」
凛が蒼真を見る。
「風影刀の反応は?」
「かなり強い」
蒼真は目を閉じる。
石段の奥。
複数の風が流れている。
上。
下。
左右。
まるで地下全体に巨大な風の通り道が存在するようだった。
「この先に何かある」
宗玄が前へ出る。
「風の道だ」
蒼真が振り返る。
「さっきもそう言ったな」
「ああ」
「何なんだ?」
宗玄は答えようとする。
しかし――
バチッ!
黒雷が走った。
「話は後だ」
玄岳。
その隣では獅堂が鉤爪を構えている。
玄岳の口元には血。
宗玄の右腕にも黒雷による火傷。
互いに消耗している。
それでも殺気は消えていない。
玄岳が石段を見る。
「そこを開けてもらった以上、もうお前に用はない」
宗玄の目が鋭くなる。
「行かせると思うか」
「お前一人ならな」
獅堂が動いた。
「煙遁・黒煙陣!」
ボォッ!
黒煙が広がる。
「来るぞ!」
蒼真が風影刀を構えた。
黒煙の中。
玄岳の黒雷が走る。
獅堂の足音が消える。
宗玄が叫ぶ。
「蒼真! 煙を消そうとするな!」
「え?」
「流れを見ろ!」
直後。
右側から鉤爪。
蒼真は反射的に風影刀を上げる。
ガキィン!
「ぐっ!」
獅堂。
「見えてんじゃねぇか!」
「見てない!」
蒼真は獅堂の力を横へ流す。
そこへ蓮司。
「おらぁ!」
刀が迫る。
獅堂が反対の鉤爪で受ける。
キィン!
レイも動こうとする。
だが――
「……っ」
肩の傷。
足が止まった。
凛が気づく。
「レイ!」
その瞬間。
黒煙の中から手裏剣。
シュシュシュッ!
レイが短刀を振る。
キン!
キィン!
二枚を弾く。
三枚目。
凛が水を放つ。
「水遁・水弾!」
バシュッ!
手裏剣が弾かれた。
「無理しないで」
「……助かった」
一方。
宗玄の周囲を黒雷が駆ける。
「黒雷遁・黒雷走!」
玄岳が背後へ回る。
だが宗玄は振り向かない。
風守刀を後ろへ。
ガキィン!
「またか!」
「同じ動きだ」
宗玄が身体を回転させる。
玄岳の腕を流す。
だが玄岳も読んでいた。
「それもな!」
左手。
黒雷を纏った掌底。
ドッ!
宗玄の脇腹へ入る。
「ぐっ!」
宗玄が後退。
玄岳が追う。
「黒雷遁・雷刃!」
黒雷の刃。
宗玄が風守刀で受ける。
バチィン!
「っ……!」
火傷した右腕が震える。
玄岳が押し込む。
「さっきより鈍いぞ!」
「お前もな」
宗玄が足を滑らせる。
風が玄岳の足元へ集まる。
「!」
僅かに体勢が崩れた。
宗玄の膝が腹へ入る。
ドッ!
「ぐっ!」
二人が同時に離れる。
玄岳は息を荒くしていた。
宗玄も同じ。
決着にはまだ遠い。
その時――
獅堂が突然戦いから離れた。
「!」
蒼真が気づく。
「蓮司!」
「分かってる!」
獅堂が向かった先。
風の道。
「先に行かせてもらうぜ!」
「させるか!」
蓮司が追う。
だが獅堂は振り向きざまに鉤爪を振った。
「煙遁・黒煙爆!」
ドォン!
黒煙が爆発する。
「うおっ!」
蓮司が吹き飛ばされた。
「蓮司!」
蒼真が駆け寄ろうとする。
獅堂はそのまま石段へ。
あと数歩。
その瞬間。
ヒュッ。
獅堂の頬を何かが掠めた。
「……?」
血が一筋。
獅堂が止まる。
何も飛んできていない。
「今のは……」
宗玄が叫ぶ。
「動くな!」
獅堂が眉をひそめる。
「は?」
次の瞬間。
ゴォォォォ!!
石段から凄まじい突風が吹き上がった。
「なっ――!」
獅堂の巨体が浮く。
「ぐおっ!」
ドォン!
石室まで吹き戻された。
蒼真たちも踏ん張る。
凛が腕で顔を覆う。
「何、この風……!」
蓮司が起き上がる。
「獅堂が吹っ飛ばされたぞ」
獅堂が鉤爪を床へ突き刺す。
「くそっ……!」
頬だけではない。
腕にも細い傷が走っている。
玄岳が石段を見る。
「やはり……」
蒼真が聞く。
「何を知ってる?」
宗玄が答えた。
「風の道は、ただの通路ではない」
「じゃあ何なんだ」
宗玄は石段へ近づく。
だが一定の場所で止まった。
「風影刀と風守刀」
二本の刀を見る。
「その二本を持つ者以外が無理に入れば、風に拒まれる」
獅堂が立ち上がる。
「だったら、お前ら二人を使えばいいだけだろ」
宗玄が獅堂を見る。
「そう簡単ではない」
「何?」
「刀を持っていれば通れるわけではない」
蒼真が反応する。
また同じだ。
風影刀を持っているだけでは風継ぎではない。
宗玄が石段を見る。
「風の道では、自分の力で風を読まなければならない」
蓮司が顔をしかめる。
「じゃあ俺たちは?」
「本来なら入れない」
「本来なら?」
宗玄が蒼真を見る。
「風影刀を持つ者が道を開けば、共に進む者を風が受け入れる場合がある」
凛が尋ねる。
「場合があるって……」
「俺にも保証はできない」
「そんな危険な場所に行く必要あんのか?」
蓮司の問い。
宗玄は黙った。
蒼真は石段を見る。
風が吹いている。
だが――
不思議と恐怖は感じない。
むしろ。
「呼ばれてる……」
凛が蒼真を見る。
「蒼真?」
「風が……こっちに来いって言ってる気がする」
宗玄の表情が変わった。
「……聞こえるのか?」
「声じゃない」
蒼真は胸へ手を当てる。
「でも分かる」
風影刀を抜く。
ゴォッ。
石段から吹いていた風が僅かに弱くなった。
玄岳がその変化を見る。
「やはり風影刀か……」
宗玄も風守刀を抜く。
「蒼真」
「ああ」
二人が石段の前へ並ぶ。
風影刀。
風守刀。
二本の刀を前へ。
風が集まる。
ゴォォォ……。
蒼真は目を閉じた。
押さえ込まない。
操ろうとしない。
ただ流れを読む。
「……右」
一歩。
風が右から通り抜ける。
「次は左」
もう一歩。
宗玄が蒼真を見る。
何も言わない。
三歩。
四歩。
蒼真が石段へ入った。
風は襲ってこない。
蓮司が目を見開く。
「行けてる……」
凛も見守る。
レイは静かに言った。
「蒼真が道を作ってる」
風が変わる。
蒼真から仲間たちへ。
一本の穏やかな流れ。
蒼真が振り返る。
「来い!」
「本当に大丈夫なの?」
「分からない!」
「分からないのかよ!」
蓮司が突っ込む。
蒼真が笑う。
「でも俺を信じろ!」
蓮司は一瞬黙り――
「最初からそのつもりだ!」
石段へ踏み込む。
風が蓮司の周囲を回る。
「うおっ……」
だが吹き飛ばされない。
「行けた!」
凛も続く。
水が風に揺れる。
「……暖かい」
最後にレイ。
蓮司が手を伸ばす。
「ほら」
「必要ない」
一歩。
レイの身体が揺れる。
「っ……」
「だから言っただろ!」
蓮司が腕を掴んだ。
「離せ」
「落ちてからじゃ遅ぇ!」
二人で石段へ入る。
風は四人を拒まなかった。
宗玄が最後に入る。
蒼真たちは少しずつ奥へ進む。
残された玄岳と獅堂。
獅堂が舌打ちする。
「どうする?」
玄岳は黙って蒼真たちを見ていた。
「俺たちは入れない」
「諦めんのか?」
「まさか」
玄岳が懐から苦無を取り出す。
その柄には――
小さな黒い札。
「夜叉衆が何年、この地下を調べてきたと思っている」
獅堂が笑う。
「別の道があるってことか」
「風の道を通る必要はない」
二人が石室の別方向へ消えていく。
一方。
蒼真たちは石段を進んでいた。
やがて――
風が止まった。
「……着いた?」
凛が前を見る。
巨大な空間。
その中央に一本の石柱。
そして石柱には――
何かが刻まれている。
蒼真が近づく。
「これは……」
人の名前。
一つではない。
何十。
何百。
古い忍たちの名が刻まれていた。
その最上部。
大きな文字。
『風継ぎの記』
宗玄が足を止める。
蒼真は石柱を見上げた。
「これが……」
宗玄が静かに答える。
「歴代の風継ぎが残した記録だ」
風影刀が――
静かに震えた。
第122話 完




