第120話「二本の刀」
地下深部の石室。
蒼真たちは、短い休息を取っていた。
凛がレイの肩に布を巻く。
「動かないで」
「動いてない」
「さっきから三回動いた」
「……」
「痛い?」
「問題ない」
蓮司が横から口を挟む。
「それしか言えねぇのか?」
レイが蓮司を見る。
「うるさい」
「元気じゃねぇか」
「蓮司も腕、見せて」
「俺?」
「さっき槍を受けた時に切られてたでしょ」
蓮司が自分の腕を見る。
浅い傷から血が滲んでいる。
「こんなの唾つけとけば――」
「座って」
「はい」
蒼真が思わず笑った。
「凛には逆らわない方がいいぞ」
「お前もだよ」
「え?」
凛が蒼真を見る。
「頬」
宗玄との戦いで切れた傷。
さらに玄岳や獅堂との戦闘で、全身に細かな傷が残っている。
「……これくらい大丈夫だ」
蓮司が笑う。
「お前も同じじゃねぇか」
「うるさい」
少しだけ空気が和らいだ。
だが――
蒼真の視線は自然と壁画へ向かう。
二本の刀。
一つは風影刀。
もう一つは宗玄の持つ刀。
宗玄は少し離れた場所に座っていた。
蒼真が立ち上がる。
「もう一度聞いていいか?」
「何だ」
「その刀」
宗玄が腰を見る。
「風影刀を見定めるための刀って言ってたよな」
「ああ」
「名前は?」
宗玄は少し黙る。
そして刀を抜いた。
静かな音が石室に響く。
銀色の刃。
見た目だけなら普通の刀に近い。
だが蒼真の風影刀が微かに震える。
「風守刀」
「ふうしゅとう……」
「風を守る刀と書く」
凛も壁画を見る。
「だから風影刀に反応したの?」
「正確には、互いの刀が持つ風の流れに反応している」
蒼真が風影刀を抜く。
カタッ。
宗玄の風守刀も震える。
二本を近づけるほど、石室の風が強くなる。
蓮司が髪を押さえた。
「おいおい、近づけるだけでこれかよ」
レイは二本の刀を観察する。
「同じ刀ではない」
宗玄が頷く。
「風影刀は風を導く」
そして自分の刀を見る。
「風守刀は、その流れを見極める」
蒼真が眉をひそめる。
「それが見定めるってことか?」
「そうだ」
宗玄は風守刀を鞘へ戻す。
風が弱まった。
「風影刀は強い力を持つ。だが、持つ者が強ければいいわけではない」
「……」
「力を求めるだけの者が持てば、その風はいずれ乱れる」
蒼真は自分の刀を見る。
「だから風守刀を持つ者が止める?」
「必要ならな」
蓮司の表情が変わる。
「つまり、蒼真が道を間違えたら……」
宗玄は淡々と答える。
「俺が斬る」
「は?」
蓮司が立ち上がる。
「おい、急に物騒すぎんだろ」
「蓮司」
蒼真が止める。
「でもよ」
「いい」
蒼真は宗玄を見る。
「だったら間違えなきゃいい」
宗玄の目が僅かに細くなる。
「簡単に言う」
「簡単だなんて思ってない」
蒼真は仲間を見る。
「俺一人だったら間違えるかもしれない」
蓮司。
凛。
レイ。
「でも俺には仲間がいる」
凛が微笑む。
蓮司も口元を上げた。
レイは何も言わない。
ただ小さく頷いた。
宗玄は四人を見る。
「……そうか」
蒼真が再び壁画へ近づく。
「それで、風影刀が残された理由って?」
宗玄が立ち上がった。
「休息はもういいのか」
「俺は大丈夫」
「俺も」
蓮司が続く。
凛も立つ。
「レイは?」
「行ける」
「本当に?」
「今度は本当に問題ない」
蓮司が笑う。
「信用ねぇな」
レイが睨む。
宗玄は石室の奥へ歩いた。
壁には古い石扉。
その中央には、細長い窪みが二つある。
蒼真が近づく。
「刀の形……?」
「そうだ」
宗玄が風守刀を抜いた。
「この扉は一振りでは開かない」
蒼真も風影刀を抜く。
「二本必要なのか」
「ああ」
宗玄が右側の窪みに風守刀を差し込む。
蒼真は左側。
風影刀を差し込んだ。
その瞬間――
ゴォォォッ!
「うわっ!」
蓮司が腕で顔を覆う。
凛の髪が大きく揺れる。
二本の刀から風が広がった。
石扉に刻まれていた文字が淡く浮かび上がる。
レイが見る。
「文字が……」
蒼真にも読めない。
だが宗玄は知っていた。
「風は力にあらず」
宗玄が読み上げる。
「風は道なり」
次の文字。
「道を継ぐ者、風を守れ」
蒼真の脳裏に、以前見た言葉が浮かぶ。
――風継ぎは、風を継ぐ者にあらず。
――風を守る者なり。
「同じ意味……」
宗玄が蒼真を見る。
「お前も見たことがあるようだな」
「ああ」
ゴゴゴゴゴ……!
巨大な石扉が左右へ開いていく。
冷たい風が吹き出した。
だが。
蒼真が眉をひそめる。
「……変だ」
「何が?」
凛が聞く。
蒼真は奥を見る。
「風が一方向じゃない」
扉の向こうから吹いてくる風。
それだけではない。
右。
左。
上。
下。
複数の方向から空気が流れている。
まるで巨大な空間全体が呼吸しているようだった。
宗玄が二本の刀を抜く。
「ここから先が本当の地下深部だ」
蒼真たちは中へ入った。
広い。
天井すら暗闇に隠れて見えない。
石柱が何本も並んでいる。
そして――
凛が声を漏らす。
「何……これ……」
壁一面。
無数の傷。
刀傷。
手裏剣。
苦無。
忍術によって焼けた跡。
何者かがここで激しく戦った痕跡が残されていた。
蓮司が壁へ近づく。
「昔ここで戦いがあったのか?」
「そうだ」
宗玄が答える。
「誰と誰が?」
「それを今から見せる」
宗玄が奥へ進む。
蒼真たちも続く。
やがて巨大な石碑が現れた。
そこには複数の忍が描かれている。
その中央。
刀を持つ一人の忍。
蒼真が見る。
その手には――
「風影刀……」
宗玄が頷く。
「かつて、この刀を持った忍がいた」
「風継ぎ?」
「そう呼ばれていた」
蒼真が石碑へ近づく。
「その人はどうなった?」
宗玄は答えようとする。
その時――
蒼真が振り返った。
「待って」
蓮司も刀へ手を伸ばす。
「どうした?」
「風が変わった」
レイも暗闇を見る。
凛が水を構える。
遠くから音が響いた。
バチッ。
バチバチッ。
黒い雷。
蒼真の表情が険しくなる。
「……玄岳」
宗玄が振り返る。
暗闇の向こう。
黒雷が石柱を照らした。
玄岳が歩いてくる。
その隣には――
巨大な鉤爪を構えた獅堂。
「やっと追いついた」
蓮司が刀を抜く。
「しつこすぎんだろ……」
獅堂が笑う。
「それはこっちの台詞だ」
玄岳は蒼真ではなく――
宗玄を見る。
「やはり生きていたか」
蒼真が玄岳を見る。
「知り合いなのか?」
宗玄の目つきが変わった。
風守刀を抜く。
「夜叉衆……」
玄岳の腕を黒雷が走る。
「その場所を見られた以上――」
バチィッ!
「全員、ここから出すわけにはいかない」
宗玄が一歩前へ出る。
「蒼真」
「何だ?」
「よく見ておけ」
風守刀の周囲に風が集まり始める。
「風を操ることと――」
宗玄の姿が消えた。
次の瞬間。
ガキィィン!!
風守刀と玄岳の黒雷が激突する。
「風を読むことの違いを」
玄岳と宗玄。
黒雷と風。
二人の戦いが始まった。
そして獅堂が鉤爪を構える。
「なら俺は――」
視線が蒼真たちへ向く。
「残り四人だ」
蓮司が前へ出る。
「一人で四人相手する気か?」
「さっきの続きだ」
蒼真も風影刀を構える。
凛が水を集める。
レイも負傷した身体で二本の短刀を抜く。
地下深部。
古い戦いの跡が残る場所で――
再び刃が交わろうとしていた。
第120話 完




