第119話「神谷宗玄」
石室を風が駆け抜ける。
蒼真の風影刀。
神谷宗玄の刀。
二本の刃が互いに反応するように震えていた。
「俺が風影刀を持つに値するか……?」
「ああ」
宗玄は刀を下段に構える。
「確かめさせてもらう」
蓮司が前へ出た。
「待てよ。こっちは夜叉衆と散々戦った後なんだぞ」
凛も続く。
「蒼真だけじゃない。レイなんて怪我してる」
「分かっている」
「だったら――」
「だからこそだ」
宗玄の一言で、二人が止まる。
蒼真が宗玄を見る。
「どういう意味だ?」
「忍が常に万全の状態で戦えると思うか?」
「……」
「疲労している時。負傷している時。仲間を守らなければならない時」
宗玄は蒼真から視線を逸らさない。
「それでも判断を誤らない者でなければ、その刀は扱えん」
蒼真は風影刀を握り直した。
「戦えばいいんだな?」
「蒼真」
凛が心配そうに見る。
「大丈夫だ」
「でも……」
「長くはやらない」
蒼真が前へ出る。
「俺も聞きたいことがある」
宗玄を見る。
「風影刀のことを何で知ってるのか」
そして。
「その刀は何なのか」
宗玄は僅かに目を細めた。
「ならば――」
足を引く。
「俺から一本取ってみろ」
ゴッ!
風が弾けた。
宗玄の姿が消える。
「!」
蒼真は反射的に風影刀を上げた。
ガキィン!
刃と刃が激突する。
「ぐっ!」
重い。
だが力だけではない。
宗玄の刀に沿って風が流れている。
刃を押し返そうとした瞬間――
「なっ!」
風向きが変わった。
蒼真の身体が横へ流される。
宗玄の刀が迫る。
蒼真は地面を蹴った。
「風遁・風纏!」
間一髪で離れる。
ザッ!
蒼真の頬に浅い傷。
蓮司が目を見開く。
「今の……」
レイが壁にもたれながら見る。
「蒼真の風纏より速いわけじゃない」
「じゃあ何で?」
「動く前から蒼真の逃げる方向を潰している」
凛も戦いを見る。
「風を使って……?」
「たぶん」
蒼真も同じことに気づいていた。
宗玄はほとんど忍術を使っていない。
それなのに――
周囲の風が宗玄の動きに合わせて変化する。
「風遁・風刃!」
蒼真が斬撃を飛ばす。
宗玄は避けない。
刀を横へ振る。
フッ――。
「……!」
風刃の軌道が僅かに逸れた。
ザァン!
宗玄の横の壁が切れる。
「忍術を消した……?」
「違う」
宗玄が答える。
「流しただけだ」
蒼真は白峰カイとの会話を思い出す。
風影刀を持つだけでは、風継ぎではない。
風を理解する。
風を守る。
これまで何度も聞いてきた言葉。
「……だったら」
蒼真は目を閉じた。
「何をしてる!?」
蓮司が声を上げる。
宗玄が動く。
一歩。
二歩。
刀が迫る。
だが蒼真は目を開けない。
風が頬を撫でる。
右から左。
その中に――
一つだけ違う流れ。
「右!」
蒼真が振り向く。
ガキィン!
宗玄の刀を受け止めた。
宗玄の眉が僅かに動く。
蒼真はそのまま刀を押さない。
宗玄の力に合わせて風影刀を滑らせる。
キィン!
宗玄の刃が横へ流れた。
「今だ!」
蒼真が踏み込む。
風影刀が宗玄の胸元へ迫る。
しかし。
宗玄の足元で風が渦巻いた。
フッ!
宗玄が僅かに身体をずらす。
刃が衣を掠める。
ザッ。
布が切れた。
宗玄が後ろへ跳ぶ。
蒼真も追わなかった。
静寂。
蓮司が口を開く。
「今……当たったよな?」
凛が頷く。
「少しだけ」
宗玄は切れた衣を見る。
「……なるほど」
刀を鞘へ戻した。
カチン。
蒼真が眉をひそめる。
「終わりか?」
「ああ」
「一本取ってないぞ」
「必要ない」
宗玄は蒼真を見る。
「今ので十分だ」
「何が分かった?」
宗玄は答える前に、レイへ視線を向けた。
「まず仲間の手当てをしろ」
レイが自分の肩を見る。
「俺はまだ――」
「座れ」
「……」
「血を流しすぎている」
蓮司が笑う。
「ほら、知らない奴にも言われてんぞ」
レイが蓮司を見る。
「うるさい」
凛がレイのところへ向かう。
「見せて」
「自分でできる」
「いいから」
「……分かった」
凛が傷の状態を確認する。
その間。
蒼真は宗玄へ近づいた。
「答えてくれ」
「何をだ」
「全部だ」
蒼真が風影刀を見せる。
「風影刀を何で知ってる?」
宗玄は黙った。
「それに、あんたの刀も俺の風影刀に反応した」
「……」
「白峰カイは風継ぎのことを知っていた」
宗玄の目が変わる。
「白峰?」
「天影衆の白峰カイだ」
「天影衆……」
宗玄は目を閉じる。
しばらくして、石室の奥へ歩き始めた。
「来い」
「どこへ?」
「ここでは話せん」
蓮司が怪しむ。
「また奥かよ」
宗玄は立ち止まる。
「嫌なら戻ればいい」
「戻れる道が崩れてんだよ」
「なら来い」
「なんか腹立つな、こいつ」
「蓮司」
凛が苦笑する。
宗玄は石室の奥にある壁へ手を触れた。
そこには古い紋様が刻まれている。
蒼真が近づく。
「これ……」
見覚えがある。
北東村の古い祠。
地下の封印。
そこで見たものと似ている。
宗玄が壁の一部を押した。
ゴゴゴゴ……。
石壁が横へ動く。
その先に、小さな部屋が現れた。
壁一面に古い文字。
そして中央には――
一本の刀を描いた古い絵。
蒼真が目を見開く。
「風影刀……」
絵の刀は、自分が持つものとよく似ていた。
その隣には、もう一本。
形の異なる刀が描かれている。
蒼真は宗玄の腰を見る。
「まさか……」
宗玄が自分の刀へ手を置く。
「俺の刀は風影刀ではない」
「じゃあ何なんだ?」
宗玄は壁画を見る。
「風影刀と共に残された刀だ」
蓮司が聞く。
「二本あったってことか?」
「違う」
宗玄は首を振る。
「役目が違う」
蒼真は壁画へ近づいた。
「役目?」
「風影刀を持つ者が道を誤らぬよう――」
宗玄が続ける。
「その刃を見定めるための刀だ」
凛が振り返る。
「じゃあ、あなたは……」
宗玄は答えない。
代わりに壁の文字を指差した。
蒼真がそこを見る。
古い文字。
全ては読めない。
だが一つだけ――
以前にも見た言葉がある。
風継ぎ。
蒼真の表情が変わった。
宗玄が静かに口を開く。
「お前はまだ、風継ぎではない」
蒼真は黙って聞く。
「風影刀に選ばれたことと、風継ぎになることは同じではない」
白峰カイと同じ言葉。
「なら……風継ぎって何なんだ?」
宗玄は壁画を見つめた。
「それを知るには――」
指先が別の文字へ動く。
「お前自身が、風影刀に残されたものを知らなければならない」
その瞬間。
カタッ。
風影刀が震えた。
そして――
石室のさらに奥から風が吹いた。
蒼真が振り返る。
「まだ奥があるのか?」
宗玄は頷く。
「ある」
「何がある?」
宗玄は蒼真を見る。
「風影刀が残された理由だ」
蒼真は息を呑む。
しかし宗玄はすぐに奥へ進まなかった。
「だが今のお前たちは傷つきすぎている」
レイ。
凛。
蓮司。
そして蒼真自身。
全員が長い戦いで消耗している。
宗玄は言った。
「先へ進む前に休め」
蒼真は風影刀を見る。
聞きたいことは山ほどある。
それでも――
仲間を見た。
特にレイの傷は深い。
「……分かった」
宗玄が僅かに頷く。
その頃。
崩落によって分断された地下迷宮では――
バチッ。
黒雷が岩壁を走った。
玄岳が塞がれた通路を見つめている。
隣には獅堂。
「どうする?」
玄岳は答える。
「別の道を使う」
「まだ追うのか?」
「あの奥へ行かせるわけにはいかない」
獅堂の表情から笑みが消える。
「……やっぱり、何かあるんだな」
玄岳は黒雷を消した。
「行くぞ」
二人が暗い別通路へ姿を消す。
蒼真たちが休息する地下深部へ。
夜叉衆の追跡は――
まだ終わっていなかった。
第119話 完




