第118話「石扉の向こう」
ゴゴゴゴ……。
巨大な石扉が完全に開いた。
冷たい風が凛の髪を揺らす。
扉の向こうは広い空間になっていた。
壁も床も古い石造り。
夜叉衆の黒い術式も、黒い管も見当たらない。
そして、その中央。
暗闇の中に一人の男が立っていた。
「その水遁……黒影衆の忍ではないな」
凛は両手に水を集めたまま答える。
「違う」
「なら、なぜここにいる」
「仲間と任務で来たの。夜叉衆に捕まっていた人たちを助けるために」
男の目が細くなる。
「夜叉衆……」
「知ってるの?」
返事はない。
男が暗闇から一歩出る。
古びた忍装束。
腰には一本の刀。
だが、夜叉衆の印はない。
黒影衆でもない。
天影衆とも違う。
凛は警戒を続ける。
「あなたは誰?」
「……」
男は凛ではなく、その背後を見た。
「一人か?」
「今はね」
「仲間は?」
「こっちに向かってる」
男は少し黙った。
「なら待て」
「え?」
「ここから先へ進むな」
凛の表情が険しくなる。
「どうして?」
「この先は、お前が一人で入る場所ではない」
「だから理由を――」
ドォン!
遠くから衝撃音が響いた。
凛が振り返る。
「蒼真たち……?」
男も通路を見る。
「戦っているな」
「行かなきゃ!」
凛が戻ろうとする。
だが男が静かに言った。
「必要ない」
凛が足を止める。
「何でそんなこと分かるの?」
「風がまだ乱れていない」
「風?」
「仲間の中に風遁使いがいるだろう」
凛の目が見開かれる。
「どうして……」
男は答えない。
その頃――
ガキィン!
蒼真の風影刀と鎖鎌が激突する。
「風遁・風纏!」
風を纏った蒼真が一気に踏み込んだ。
鎖鎌の忍が後退する。
「土遁・岩壁!」
ドォン!
石壁が立ち上がる。
だが蒼真は止まらない。
「風遁・風刃!」
ザァン!
風刃が岩壁に大きな亀裂を入れる。
「蓮司!」
「任せろ!」
蓮司が踏み込む。
「はぁっ!」
刀を亀裂へ叩き込んだ。
バキィン!
岩壁が崩れる。
「なにっ!」
その向こうにいた鎖鎌の忍が目を見開く。
蒼真が飛び出した。
「そこだ!」
風影刀が振り抜かれる。
ガキィン!
鎖鎌で防がれる。
だが勢いまでは殺せない。
「ぐっ!」
敵が地面を滑る。
一方。
短槍の忍が蓮司へ迫った。
「まだ終わっていない!」
鋭い突き。
蓮司は刀の腹で槍を受ける。
正面から止めない。
刃を滑らせる。
「そっちじゃねぇよ!」
槍の軌道を横へ逸らす。
短槍が壁へ突き刺さった。
「しまっ――」
蓮司が肩からぶつかる。
ドン!
短槍の忍が壁へ叩きつけられた。
だが背後から手裏剣。
シュシュシュッ!
「蓮司!」
レイが短刀を投げた。
キィン!
一枚を弾く。
蓮司も残りを刀で防ぐ。
「助かった!」
「前を見ろ」
「分かってる!」
レイは壁に手をついた。
肩と脇腹。
二つの傷から血が滲んでいる。
蒼真が一瞬だけレイを見る。
「無理するな!」
「今は敵を見ろ」
鎖が飛ぶ。
蒼真は振り返った。
「っ!」
風影刀で弾く。
その瞬間――
カタカタカタッ!
風影刀が再び震えた。
「また……!」
今までで一番強い。
蒼真は通路の奥を見る。
「凛のいる場所……」
鎖鎌の忍の表情が変わる。
「その刀……」
蒼真が敵を見る。
「何だ?」
「まさか、それが……」
言葉が止まる。
「何を知ってる!」
蒼真が踏み込む。
だが鎖鎌の忍は後退した。
「お前たち!」
他の二人へ合図する。
三人が一斉に煙玉を投げた。
ボンッ!
黒煙が広がる。
「逃がすか!」
蓮司が追おうとする。
「待て!」
蒼真が止めた。
「凛が先だ!」
風を広げる。
黒煙を吹き飛ばす。
だが――
三人の夜叉衆は姿を消していた。
蓮司が舌打ちする。
「逃げやがった」
「追わなくていい」
蒼真は風影刀を鞘へ戻す。
「行くぞ」
レイが歩き出そうとする。
足が僅かにふらついた。
蓮司がすぐ肩を貸す。
「だから無理すんなって」
「歩ける」
「知ってる。でも貸す」
「……」
「文句あるか?」
「ない」
三人は通路の奥へ走った。
一方。
凛は男と向かい合ったままだった。
「さっき言ったよね」
「何をだ」
「風遁使いがいるって」
「ああ」
「どうして分かったの?」
男は石室の奥を見る。
「ここには昔から、風が集まる」
「風が?」
「だが先ほどから流れが変わった」
凛は黙って聞く。
「誰かが地下の風を読んでいる」
男が続ける。
「それも、かなり遠くからだ」
凛は少しだけ表情を緩めた。
「それなら蒼真だと思う」
「蒼真……」
男がその名を繰り返す。
その瞬間。
カタッ。
男の腰の刀が僅かに震えた。
凛が気づく。
「今……」
男が刀へ手を置く。
「……来たか」
「何?」
通路の向こうから足音が聞こえる。
凛が振り返った。
「凛!」
「蒼真!」
蒼真が走ってくる。
その後ろに蓮司。
負傷したレイもいる。
「無事だったか!」
「私は大丈夫! でもレイが……」
「問題ない」
「問題あるだろ」
蓮司が突っ込む。
凛が少し笑った。
だが――
蒼真の表情が変わる。
風影刀が震えている。
カタカタカタカタッ!
同時に。
石室にいる男の刀も震え始めた。
カタカタカタ……。
二本の刀。
蒼真と男が互いを見る。
「……誰だ?」
蒼真が風影刀へ手を置く。
男も自分の刀を押さえる。
「その刀をどこで手に入れた」
「先に名乗れ」
沈黙。
蓮司と凛が二人を見る。
レイも男の刀へ視線を向けた。
やがて男が口を開く。
「……名は、神谷宗玄」
蒼真の目が細くなる。
宗玄は風影刀を見つめた。
「その刀が本物なら――」
腰の刀をゆっくり抜く。
蒼真も反射的に構えた。
だが宗玄は襲ってこない。
刃を床へ向ける。
すると――
ゴォッ!
石室の空気が一気に動いた。
凛の髪が大きく揺れる。
蓮司が目を見開いた。
「風遁……?」
蒼真は違和感を覚える。
「違う……」
宗玄自身から風が生まれたわけではない。
石室を流れていた風が、刀へ集まっている。
蒼真の風影刀も反応する。
二本の刀の間を、風が行き来し始めた。
宗玄が静かに言った。
「やはりそうか」
「何がだ」
宗玄の視線が蒼真へ向く。
「お前の持つ刀――」
風がさらに強くなる。
「それは確かに、風影刀だ」
蒼真は風影刀を握る。
「お前は、この刀を知ってるのか?」
宗玄はすぐには答えなかった。
そして石室のさらに奥へ視線を向ける。
「話す前に確認する」
「何を?」
「お前が――」
宗玄の刀へ風が集まる。
「その刀を持つに値する忍かどうかだ」
蒼真の周囲を風が駆け抜けた。
第118話 完




