第117話「地下深部」
暗い通路を、凛は一人で進んでいた。
足元には薄く水を流している。
「……こっちから風が来てる」
人質たちを送り出した道とは別方向。
地上へ向かっているのか、それとも地下の別の場所へ続いているのか。
まだ分からない。
ゴゴゴ……。
後方から崩落音が響く。
凛は振り返らずに進んだ。
「戻れないなら……進むしかない」
やがて通路が二つに分かれた。
「また分かれ道……」
凛はしゃがみ込み、左右へ水を流す。
右側の水は途中で止まった。
左側は――
「流れてる」
僅かに傾斜している。
さらに風も左側から吹いていた。
「こっちね」
凛は左へ進んだ。
その頃――
「凛はこの先だ」
蒼真が足を止めた。
蓮司は負傷したレイに肩を貸している。
「結構深くまで来たな」
「ああ」
レイが周囲を見る。
「今までの通路と造りが違う」
蒼真も気づいていた。
壁に夜叉衆の印がない。
黒い管もない。
増幅札もない。
「ここは夜叉衆が作った場所じゃないのか?」
蓮司が尋ねる。
「玄岳が言ってただろ」
蒼真は壁へ触れる。
「夜叉衆は元々あった地下の術式を利用したって」
「じゃあ、この辺は元からあった場所か」
「たぶんな」
レイが壁を見る。
「古い」
石壁には傷や欠けが多い。
長い年月が経っていることだけは分かる。
蓮司がレイを見る。
「歩けるか?」
「歩ける」
「無理すんなよ」
「してない」
「してるだろ」
レイは答えなかった。
蒼真が少し笑う。
「二人とも、今は凛が先だ」
「分かってるよ」
三人は再び進んだ。
だが――
蒼真が突然止まった。
「待て」
「どうした?」
「風が……」
風影刀へ手を伸ばす。
僅かに震えている。
カタ……。
カタカタ……。
蓮司が気づいた。
「また刀が反応してんのか?」
「ああ」
制御核の白い光を受けてから、風影刀の感覚が変わっている。
そして地下深くへ進むほど、その反応は強くなっていた。
「凛の方向と同じだ」
蒼真が呟く。
レイが顔を上げる。
「偶然?」
「分からない」
「また分からないか」
蓮司が苦笑する。
「仕方ないだろ」
その時。
シュッ!
蒼真が風影刀を抜いた。
キィン!
飛んできた苦無を弾く。
蓮司の表情が変わる。
「敵か!」
暗闇。
誰もいない。
レイが蓮司から離れようとする。
「俺も――」
「そのままでいい」
蒼真が止める。
「俺が見る」
蒼真は目を閉じた。
風を読む。
前方。
右。
左。
「……三人」
「分かるのか?」
「ああ」
暗闇の奥から声が響く。
「随分と感覚が鋭い」
三人の忍が姿を現した。
夜叉衆の黒装束。
だが、先ほど戦っていた忍たちとは違う。
一人は鎖鎌。
一人は短槍。
もう一人は大量の手裏剣を腰に備えている。
蓮司が刀を抜く。
「まだいたのかよ」
鎖鎌の忍が前へ出た。
「ここから先へは行かせない」
蒼真が聞く。
「この先に何がある?」
「答える必要はない」
「凛が先にいる」
「女の忍か」
蒼真の目つきが変わる。
「会ったのか?」
「いや」
鎖鎌の忍が構える。
「だが先へ進んだなら、いずれ行き止まりになる」
「……どういう意味だ」
返事の代わりに鎖が飛んできた。
「来るぞ!」
蒼真が風影刀で弾く。
ガキィン!
同時に手裏剣が飛ぶ。
シュシュシュッ!
蓮司が前へ出た。
「任せろ!」
刀で次々と弾く。
キン!
キィン!
だが短槍の忍が蓮司へ迫った。
「っ!」
ガキン!
槍と刀がぶつかる。
「蓮司!」
「こっちはいい!」
蓮司は槍の力を受け流す。
その間に蒼真が鎖鎌の忍へ向かう。
「風遁・風刃!」
風刃が走る。
鎖鎌の忍が跳ぶ。
「風遁か」
空中で印を結ぶ。
「土遁・岩壁!」
ドォン!
石壁が立ち上がり、風刃を受け止めた。
「土遁……!」
「武器だけだと思ったか?」
鎖が石壁の横から飛んでくる。
蒼真は風の動きを読む。
「そこ!」
身体を沈める。
鎖が頭上を通過。
そのまま踏み込む。
風影刀が鎖鎌の忍へ迫る。
ガキィン!
鎌で受け止められた。
「速いな」
「まだだ!」
蒼真が風を纏う。
その頃――
凛も足を止めていた。
目の前に巨大な石扉がある。
「行き止まり……?」
扉には古い紋様が刻まれている。
夜叉衆の印ではない。
凛は触れようとして――
「……待って」
水を足元へ流した。
水が扉の下へ入り込んでいく。
向こう側に空間がある。
「開くはず……」
周囲を見る。
取っ手はない。
仕掛けらしいものも見つからない。
凛が石扉を調べていると――
ドン。
向こう側から音がした。
凛の動きが止まる。
「……?」
ドン。
もう一度。
何かが扉の向こうにいる。
凛はゆっくり後退した。
両手に水を集める。
「誰……?」
返事はない。
代わりに。
ゴゴゴゴ……。
巨大な石扉が少しずつ動き始めた。
凛が構える。
「開く……!」
隙間から冷たい風が吹き出す。
そして暗闇の向こう。
何かの影が動いた。
一方――
蒼真の風影刀が激しく震えた。
カタカタカタカタッ!
「何だ!?」
蓮司が叫ぶ。
蒼真も驚いて刀を見る。
「急に反応が……!」
レイが通路の奥を見る。
「凛のいる方向だ」
蒼真の表情が変わる。
「まずい」
鎖鎌の忍が再び構える。
「余所見をするな」
蒼真は風影刀を握り締めた。
「悪いけど――」
周囲の風が一気に集まる。
「もう時間をかけてられない!」
凛の前では、石扉が完全に開こうとしていた。
暗闇。
冷たい風。
そして――
二つの目が開いた。
凛が水を構える。
「……誰?」
低い声が返ってきた。
「その水遁……」
一歩。
影が前へ出る。
「黒影衆の忍ではないな」
凛は警戒を解かない。
「あなたは?」
影は答えなかった。
ただ、開いた扉の奥から凛を見つめていた。
第117話 完




