第116話「崩れる脱出路」
ドォン!
凛の水槍が、通路を塞ぐ巨大な岩へ突き刺さった。
亀裂が広がる。
だが――
「まだ……!」
岩は崩れない。
凛の後ろでは、人質たちが不安そうに身を寄せ合っていた。
「下がっていてください!」
凛が再び水を集める。
岩の隙間から僅かな風が吹いている。
この先に道がある。
「水遁・水槍!」
ドォン!
二撃目。
岩の中央に大きな亀裂が走った。
バキッ。
「もう一回……!」
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
天井が揺れる。
凛が顔を上げた。
「まずい……!」
亀裂が天井へ伸びていく。
岩を壊せば、上まで崩れる可能性がある。
人質の一人が震えた声で尋ねた。
「どうするんですか……?」
凛は岩を見る。
壊すだけでは駄目。
「……少し待ってください」
水を床へ流す。
岩の下。
左右の壁。
天井。
水を細く広げ、隙間を探っていく。
「全部壊す必要はない……」
人が一人ずつ通れるだけの穴を作ればいい。
「ここ……」
凛が右下を見る。
岩と壁の間。
僅かな隙間。
「ここなら!」
水を一点へ集中させる。
「水遁・水槍!」
バシュッ!
水が岩の端を削る。
一撃。
二撃。
三撃。
少しずつ穴が広がっていく。
その頃――
レイは三人の忍と向かい合っていた。
炎遁。
雷遁。
土遁。
肩から流れる血が指先まで伝っている。
「……」
炎遁の忍が印を結ぶ。
「火遁・火球!」
火球が迫る。
レイは横へ跳ぶ。
ドォン!
背後の壁が炎に包まれる。
着地した瞬間。
「雷遁・雷走!」
雷遁の忍が一気に間合いを詰めた。
「っ!」
ガキィン!
短刀と苦無が激突する。
肩に痛みが走る。
その隙を土遁の忍は逃さない。
「土遁・土槍!」
地面から岩の槍が突き出した。
レイは身体を捻る。
ザッ!
完全には避けきれない。
脇腹の衣が裂け、血が滲んだ。
「……」
「限界だろ」
雷遁の忍が言う。
レイは二本の短刀を構え直した。
「まだ動ける」
「強がるな」
「強がりじゃない」
レイの視線が三人を捉える。
「凛たちが離れるまで――」
右足を引く。
「ここは通さない」
三人が同時に動いた。
レイも地面を蹴る。
キィン!
ガキィン!
火。
雷。
土。
三つの忍術が狭い通路で入り乱れる。
レイは敵を倒そうとはしない。
受ける。
かわす。
弾く。
時間を稼ぐ。
炎遁の忍が火球を放つ。
レイは雷遁の忍の腕を掴んだ。
「何っ!」
身体を入れ替える。
「!」
火球が雷遁の忍へ向かう。
「くっ!」
雷遁の忍が飛び退く。
連携が崩れる。
レイはその隙に土遁の忍へ踏み込んだ。
右の短刀で苦無を弾く。
左の短刀を首元寸前で止める。
「動くな」
土遁の忍が硬直する。
しかし――
レイの右肩から血が落ちた。
力が抜ける。
「……っ」
土遁の忍がそれを見逃さない。
「甘い!」
肘がレイの腹へ入る。
ドッ!
「ぐっ……!」
レイが吹き飛ばされた。
壁へ叩きつけられる。
二本の短刀のうち一本が床へ転がった。
カラン……。
雷遁の忍が近づく。
「終わりだ」
レイは片膝をついたまま顔を上げる。
その時――
ゴォッ!
通路の奥から風が吹いた。
三人の忍が振り返る。
「何だ?」
レイは僅かに目を細めた。
「……遅い」
「何?」
風が強くなる。
次の瞬間。
「風遁・風刃!」
風の刃が通路を走った。
「!」
三人が散開する。
ザァン!
壁に深い傷が入る。
その向こうから蒼真が走ってきた。
「レイ!」
続いて蓮司。
「無茶しすぎだ!」
レイは壁に手をつきながら立ち上がる。
「凛たちは先に行った」
「分かってる」
蒼真は三人の忍へ風影刀を向けた。
「ここは俺たちがやる」
蓮司がレイの落とした短刀を拾う。
「ほら」
レイへ投げる。
パシッ。
レイが受け取った。
「まだ戦えるか?」
「問題ない」
「その血で言っても説得力ねぇぞ」
「動ける」
蓮司が苦笑する。
「ほんと頑固だな」
三人の忍が再び構えた。
炎遁の忍が前へ出る。
「三人になったところで――」
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ!
天井が激しく揺れた。
蒼真が上を見る。
「まずい!」
大きな亀裂。
「走れ!」
三人は戦闘を中断して走り出す。
敵の忍たちも反対方向へ跳ぶ。
直後――
ドォォォン!!
大量の岩が通路へ落下した。
土煙が広がる。
蒼真たちは辛うじて崩落を逃れた。
だが振り返ると――
「完全に塞がれたな」
蓮司が呟く。
敵の三人とは分断された。
レイが壁へ寄りかかる。
「結果的には助かった」
「お前は休め」
「まだ――」
「肩だけじゃないだろ」
蒼真がレイの脇腹を見る。
「血が出てる」
レイは黙った。
蓮司がレイの腕を自分の肩へ回す。
「ここからは肩貸す」
「一人で歩ける」
「いいから」
レイは少しだけ黙り――
「……分かった」
三人は凛を追う。
「蒼真」
「何だ?」
「道、分かるのか?」
蓮司が尋ねる。
蒼真は目を閉じた。
地下を流れる空気。
以前より鮮明に感じられる風。
「……分かる」
「凛の場所も?」
「水の匂いが風に混ざってる」
蒼真が目を開く。
「こっちだ」
三人が走る。
その頃――
凛はようやく岩の一部を崩していた。
「開いた!」
人一人が通れる程度の穴。
その向こうから、はっきりと風が吹いてくる。
「順番に!」
人質たちが一人ずつ穴を抜ける。
一人。
二人。
三人。
「急いでください!」
だが――
ゴゴゴゴゴ……。
また天井が揺れる。
凛が上を見る。
「早く!」
さらに人質が抜ける。
最後の一人が穴へ入った。
その瞬間。
バキッ!
頭上の岩が崩れた。
「危ない!」
凛が水を放つ。
「水遁・水壁!」
ドォン!
水壁が落石を受け止める。
「行って!」
最後の人質が穴を抜けた。
凛も続こうとする。
だが。
バキバキバキッ!
巨大な岩が落下した。
「っ!」
凛が後ろへ跳ぶ。
ドォォン!
穴が塞がれた。
「そんな……!」
人質たちは向こう側。
凛だけが取り残された。
「凛さん!」
岩の向こうから声が聞こえる。
「大丈夫です!」
凛が叫ぶ。
「そのまま先へ進んでください!」
「でも!」
「地上へ向かってください! 風が来る方向です!」
少しの沈黙。
やがて足音が遠ざかっていく。
凛は息を吐いた。
「これで……人質は大丈夫」
だが自分の前には巨大な岩壁。
後ろからも崩落音。
「さて……」
凛が周囲を見る。
「私はどうしようかな」
その時。
僅かな風が頬に触れた。
凛が振り向く。
別の通路。
暗闇の奥から風が吹いている。
「こっちにも道が……?」
凛は一人で暗い通路へ入っていく。
一方。
蒼真が突然足を止めた。
「……?」
蓮司も止まる。
「どうした?」
蒼真は風を読む。
凛の水の気配。
それが途中で二つに分かれている。
一方は地上へ。
もう一方は――
地下のさらに奥。
蒼真の表情が変わる。
「凛が……」
「凛がどうした?」
「人質と別れた」
レイが顔を上げる。
蒼真は暗い通路を見る。
「凛だけ、別の道にいる」
蓮司が刀を握る。
「じゃあ追うぞ!」
「当然だ」
三人は方向を変えた。
さらに地下深くへ。
凛を追って。
その先に何があるのか。
まだ誰も知らなかった。
第116話 完




