第113話「残り三分」
『00:02:58』
『00:02:57』
赤い数字が減っていく。
制御核から伸びる白い光は、蒼真の風と凛の水によって人質の誘爆印へ導かれていた。
赤く染まっていた印の一部が、少しずつ白へ変わっていく。
「そのまま……!」
凛が水の流れを維持する。
人質は首元を押さえながら耐えていた。
「熱い……」
「もう少しです!」
蒼真も風を弱めない。
「風の流れを乱すな……」
白い光が揺れる。
強すぎれば制御核への負担が増える。
弱すぎれば誘爆印まで届かない。
「もっと右……」
風を僅かに変える。
白い光が水面に沿って進む。
誘爆印へ流れ込んだ。
バチッ!
赤い部分がさらに消える。
蓮司が声を上げる。
「半分くらい消えたぞ!」
「まだだ!」
蒼真が答える。
その瞬間。
バキッ!
制御核の亀裂が広がった。
白い光が一瞬乱れる。
「っ!」
蒼真が踏ん張る。
玄岳が制御核を見る。
「限界が近い」
獅堂が鉤爪を下ろしたまま聞く。
「あとどれくらい持つ?」
「分からない」
「分からねぇことばっかりだな」
「想定されていない状態だと言ったはずだ」
玄岳は制御核へ近づいた。
「だが、このままでは三分も持たない」
蒼真が玄岳を見る。
「だったら何かしろ!」
「命令するな」
「今は言い争ってる場合じゃないだろ!」
玄岳が一瞬黙る。
そして制御核へ両手を向けた。
「黒雷遁・黒雷壁」
黒い雷が制御核の周囲へ広がる。
ただし、白い光の流れは塞がない。
亀裂の大きな部分だけを外側から覆っていく。
蒼真が驚く。
「亀裂を押さえてるのか?」
「長くは持たない」
玄岳の腕が震える。
「早くしろ」
「言われなくても!」
蒼真が再び集中する。
その時――
ゴゴゴゴゴ!
地下迷宮全体が大きく揺れた。
「きゃっ!」
凛が体勢を崩す。
水の流れが乱れた。
「凛!」
「大丈夫!」
凛はすぐに両手を戻す。
だが天井から大きな岩が落下した。
「危ない!」
蓮司が走る。
刀を構え――
「はぁっ!」
岩の側面へ刃を当てる。
落下する力を横へ流した。
ドォン!
岩が人質から離れた場所へ落ちる。
「今度は俺が守る!」
レイも周囲を見る。
「上」
さらに複数の石が落ちてくる。
レイが走った。
二本の短刀で小さな破片を弾く。
キィン!
ガキッ!
ザッ!
しかし肩の傷が響く。
「……っ」
動きが僅かに遅れた。
大きな岩が一つ、レイへ落ちる。
「レイ!」
蓮司が駆ける。
その前に――
ガキィィン!
巨大な鉤爪が岩を受け止めた。
レイが顔を上げる。
獅堂だった。
「……」
「勘違いすんなよ」
獅堂が力を込める。
「俺まで生き埋めになるのは御免なだけだ!」
岩を横へ投げる。
ドォン!
レイは短く答えた。
「助かった」
「礼はいらねぇ」
獅堂は再び天井を見る。
「来るぞ!」
さらに崩落が始まった。
『00:02:11』
『00:02:10』
二分十秒。
誘爆印は三分の二ほど白くなっている。
凛が首元を見る。
「あと少し……!」
だが――
「蒼真!」
蓮司が叫ぶ。
「何だ!」
「さっきの管!」
床下から黒い光が漏れている。
これまで流れを乱した管とは別の場所。
一本。
さらに一本。
地下迷宮の奥から黒い光が制御核へ戻り始めていた。
玄岳の表情が変わる。
「最終処理が流れを作り直している」
「せっかく止めたのにか!」
「制御核が残った経路へ力を集中させている」
レイが黒い光を見る。
「止める」
「待て!」
蒼真が叫ぶ。
「今、管を壊したら白い光まで乱れるかもしれない!」
レイが止まる。
「なら?」
蒼真は周囲の風を読む。
白い光。
黒い光。
凛の水。
玄岳の黒雷。
すべてが制御核の周囲で交差している。
「……流れを分ける」
凛が蒼真を見る。
「できるの?」
「やる」
蒼真は風影刀を地面へ突き立てた。
両手を開く。
「風遁・風環!」
二つの風の渦が生まれた。
一つは白い光を人質へ。
もう一つは黒い光を制御核から逸らす。
「ぐっ……!」
蒼真の腕が震える。
二つの流れを同時に操る。
これまで以上に細かな制御が必要だった。
玄岳が驚いたように見る。
「二つの風を……同時に?」
蒼真は答えない。
集中が切れれば終わる。
黒い光が少しずつ逸れていく。
白い光は誘爆印へ流れ続ける。
『00:01:39』
「一分四十秒!」
蓮司が叫ぶ。
誘爆印。
残る赤い部分は三分の一以下。
「間に合う!」
凛が水量を増やす。
「焦るな!」
蒼真が叫ぶ。
「急に増やしたら流れが崩れる!」
「……分かった!」
凛は呼吸を整える。
少しずつ。
確実に。
白い光を導く。
だが制御核は限界だった。
ピシッ。
ピシッ。
バキッ!
黒雷壁にも亀裂が入る。
玄岳の膝が落ちた。
「ぐっ……!」
獅堂が振り向く。
「玄岳!」
「来るな!」
「でもよ!」
「お前は崩落を止めろ!」
獅堂は舌打ちする。
「面倒な仕事ばっかり増やしやがって!」
鉤爪を天井へ向ける。
「煙遁・黒煙陣!」
黒煙が上空へ広がる。
落ちてくる小さな石の位置が煙の動きで浮かび上がる。
獅堂が次々と鉤爪で弾いていく。
その横で、蓮司とレイも人質を守る。
誰も戦っていない。
だが全員が必死だった。
『00:01:02』
『00:01:01』
一分。
誘爆印に残る赤い部分は僅か。
凛の顔に希望が浮かぶ。
「もう少し!」
蒼真も叫ぶ。
「そのまま!」
『00:00:59』
『00:00:58』
制御核から大きな音が響く。
バキィィッ!
玄岳の黒雷壁が砕けた。
「ぐあっ!」
玄岳が吹き飛ばされる。
制御核の亀裂が一気に広がった。
白い光が暴れ始める。
「蒼真!」
「分かってる!」
風で押さえる。
しかし強すぎる。
「ぐっ……!」
蒼真の足が地面を滑る。
『00:00:41』
人質の誘爆印。
残る赤い部分はほんの僅か。
「消えろ……!」
凛が歯を食いしばる。
『00:00:30』
三十秒。
制御核の表面が崩れ始める。
破片が浮き上がる。
白い光が地下全体を照らす。
『00:00:20』
「あと少し!」
『00:00:15』
誘爆印の赤が消えていく。
『00:00:10』
蒼真が叫ぶ。
「凛!」
「いける!」
『00:00:09』
『00:00:08』
『00:00:07』
白い光が最後の赤い部分へ流れ込む。
『00:00:06』
『00:00:05』
バチッ!
誘爆印が完全に白く染まった。
そして――
スッ。
人質の首元から印そのものが消えた。
「消えた!」
凛が叫ぶ。
『00:00:04』
だが数字は止まらない。
『00:00:03』
蒼真の表情が変わる。
「待て……」
『00:00:02』
蓮司が制御核を見る。
「印は消えたんだろ!?」
『00:00:01』
玄岳が目を見開く。
「制御核の最終処理は――」
『00:00:00』
数字が止まった。
一瞬。
完全な静寂。
次の瞬間。
ドォォォォォン!!
制御核から凄まじい白い光が噴き出した。
「全員伏せろ!!」
蒼真の声が地下迷宮に響いた。
第113話 完




