094 唯、たくさん歩く。
「おまたせしました!ざるそばでーす。」
「ありがとうございます…もぐもぐ…。」
おそばの香ばしい匂い、そこに食欲をそそるアクセント…おつゆときざみネギの香りが。もう幸せいっぱいで箸が止まりません。どうも、おそば屋さんのいなりずしも大好き、22歳くいしんぼうのユイです。
「ユ…ユイ…おなか大丈夫ですか…?」
「ふぇ?」
大丈夫、大丈夫。まだ、ざるそば5枚目だもん。いなりずしだって、まだ6個しか食べてない。勝負はまだ始まったばかりぜよ。
『ぴよよ』―――ユイちゃん…お、な、か。
「…。」
『ぴよ』―――りんご…10個…ケーキ、焼きそば…お団子…。
「ごめんなさい…。」
今日食べたものを列挙するという…対わたしにおいて最強の呪文を受けた。こればかりはバグステータスをもってしてもはじき返せない…。フリルさまのおそろしい知略により、あっけなく白旗をあげた私。
―――でも…これだけは…。
注文した分は食べないとね。もったいないし。というわけで…あと2枚だけ…。
『ぴよぴよ』―――お散歩…2キロ追加ね。
「…はい…。」
鶴…じゃなかった、専属トレーナーさまの一声によって、午後の予定がひとつ埋まりました。とほほ…。いや、身体のためだし…ありがたいんだけどね。
■
「ありがとうございましたー!」
ガーネット姫の10倍近いお会計を済ませ、外のベンチに腰をおろした私。おそばを揚げたおかしがとっても美味しかったので、おやつ用に買っちゃったのは内緒。ちなみに…20袋ほど…。
―――ほとぼりがさめたら…みんなで食べよう。
今公表すると、お散歩が2キロから3キロくらいになっちゃうと思う。それはさておき。
「では…出発しましょうか。」
「うん。ハナミズキ・タウンへ…レッツゴー!」
『ぴよよー!』
そば街道を抜け、人でごった返しているカエデの町の中心街へ。おいしそうな匂いに後ろ髪をひかれつつ、そこからさらに北へと進む。
―――焼きそば…いや、お好み焼きかな?はわわぁ…チョコレートの匂い…。
コホン。ハナミズキ・タウンへは、およそ3時間の道のり。即席ジェットコースターなら…数分だと思うけど、フリルさまにお散歩を命じられているので、久しぶりの徒歩移動。
「あ…海の匂いがしますよ。」
「…ほんとだ。なんだかテンションあがるね!」
木々に囲まれてて、まだ海は見えないけど…海に近いのは間違いなさそう。今回はガーネット姫と一緒だし、迷子の心配はない。潮風の香りを胸にため、ふーっと深呼吸。
「とってものどかだね、ここの街道。自然いっぱいって雰囲気だし、どこまでも続いてるって感じ。」
どこまで続いてるんだろう…ってくらいの一本道。周囲の草も高低さまざま…のびのびと生い茂っていて、故郷の通学路を思い出しちゃう。
―――草笛とか吹いたっけ。
ブーって感じの音しかならせないんだけど、ちょっぴり音程がつけられたりする。今はもう…吹けないかも。そんな懐かしい思い出。
近所にお友だちはいたんだけど、みんな学年がばらばらだった。1年生と6年生で話題が合うはずもなく、おいうちをかけるようにコミュニケーションが苦手な私…植物に癒しを求めてた。おかげさまで植物の知識は結構あるほうで、食べれるか食べれないかの判断は…だいたいつく。素人判断は危ないから、絶対食べないけど。
「そうですね。冒険者さんしか通りませんし、街道周囲の整備まではされていませんから…自然を感じるには最高の街道ですね。」
「そうなんだ。」
と理解の前に返事をした私。数秒後、思考が追いついて…重要な事実に気づいた私。
―――冒険者しか通らない…?
何だか嫌な予感がする。そういえばさっきから、草むらのあたりでガサゴソいっているような…。そういえば後ろからモンスターの鳴き声みたいなのが…。
『ぴよ!』―――ユイちゃん、何か来るよ!
「や、やっぱり!?」
「大丈夫です!エリアボスだろうと魔王軍だろうと…ユイがいれば百人力です!」
そうだね、バグステータスだもん。…いや、そういうことじゃなくて。
『グルルルルルルッ!』
なんか飛び出してきたんですけど。めっちゃ威嚇されてる…。目つきがヤバいことになってるウサギ…らしきモンスターだった。サイズ感はかわいらしいけど、その体躯にはおよそ似つかわしくない巨大なツノが…。
―――めっちゃ禍々しいじゃん…。
黒と赤を混ぜたような色をした一本のツノ。私たちをロックオンするかのように、頭を振ってツノの照準をあわせてる。
「ガ、ガーちゃん…あれって?」
「ユニヘアですね。ウサギのようなモンスターで、鋭利なツノを使い、突進攻撃を繰り返してきます。その威力は金属の盾に穴をあけるほどでして、ギルドでは『出会わないように細心の注意を払うべきモンスター』のひとつに登録されています。」
さすがガーネット姫。博識。本当に何でも知ってるよね。でも…今はそれどころじゃないんですよ。なんでそんな余裕なんですか…?
焦りのあまり、なぜか思考が敬語になった私。
「…それってさ…逃げなきゃダメってことじゃないの…?」
「…そう…ですね…。まぁ、ユイなら大丈夫ですよ。」
そりゃそうなんだけど、こんなんなら即席ジェットコースター使うべきだった…。いや、考えようによっては、経験値大量ゲットのチャンス…?
『ぴよよ』―――ユイちゃん。ユニヘアはね、集団で行動するんだ。だから1匹みたら100匹はいるって思わないといけないよ。
冷静なご忠告いたみいりますよ、フリルさま。ちーっともうれしくない情報だけど。
「…ガーちゃん、気をつけてね。」
「はい。」
覚悟を決めた私。今更ではあるんだけど、私ウサギ苦手なんだよね…。小さい頃、指をかまれたことがあって…結構なトラウマなんです。…というわけで、ツノなら大丈夫。どんとこい。
論理を無視した思考をたどって、足りない勇気を補った私。ガーネット姫に防御魔法をかけ、2メートルほどの角材を構える。ちなみにギルドを壊しちゃったときに…もらった廃材です…。扉だった板と迷ったけど、まだ武器っぽい方を選んでみた。
『グルルルルルルッ!グルルルルルルッ!』
威嚇の輪唱が始まったみたい…。静かな湖畔はどこへやら。ここに湖ないけど。
…次から次へと増えてきてる。既に囲まれてる状態だよね。普通なら絶望そのものなんだけど、私はそう。
バグステータス。




