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064 唯、逃げる。

宿屋(やどや)を出て数秒、私たちの前には。


―――だ…誰!?


なぜか地面にぴったりとおでこをつけ、土下座をこえて土下寝(どげね)している男性の姿が。心当たりが全くないんですが…。


「あ…あの…?」


恐るおそる声をかけてみる。もしかしたら体調が優れないのかもしれないし…。幸せいっぱいな雰囲気で旅立ったのに、急転直下すぎる展開。心が置いてけぼりにあっている。


「大変…大変申し訳ございばぜんでじだぁぁぁぁぁ…。」

「は、はい?」

「知らぬこととは申せ、ご無礼の(だん)…ひらに…ご容赦のほどをぉぉぉぉぉ。」

「あの…どちらさまですか?」


あまりの様子に目が点になった私たち。しかもすっごい震えてるし…そんなに謝らなきゃいけないようなこと…されたっけ…?


―――あっ!


「先日、お声がけいただきました…アクドーイの宿、支配人のアク=ドーイでございますっ!先日はとんでもないことを申しあげてしまいまして…。」

「えっと…。」


困ったな、どうしよう。ここで私がゆるすのも変だし、そもそもお客さんの身分で態度をコロコロ変えるなんて…。


「何でもします。何でもいたしますので、寛大(かんだい)なるご処置をぉぉぉっ!」

『ぴよ、ぴぴよ』―――さっきのハゼンさんとの出来事を見て、怖気づいちゃったんだね…。―――


―――あ!これ、私が謝られてるのか。てっきり、ガーネット姫の正体に気づいたんだと思ってた。


「ひぃっ!?と、鳥がしゃべったっ!?気持ち悪っ、あ、いえ…。その…。」

『ぴよ?ぴぴよ!』―――なんだか失礼な人だねー!―――


―――あらら、フリルちゃんまで怒っちゃったよ。ガーちゃん、さっきから一言もしゃべんないし…。


「あの、私は別に良いんですけど…私より、こちらの方に謝った方がよろしいかと…。」

「えっ?」


両手をガーネット姫の方へ向け、フリルさまと一緒に距離をとる。珍しく「激おこ」なガーネット姫。ゴゴゴゴゴって効果音がつきそうな感じ。最後のアシストはしたからね。あとは、しーらない。





「お待たせしました!」


さっきとはうってかわって、超笑顔なガーネット姫。逆に怖い。あと、なんか絶望に染まったアク=ドーイさんの姿が見えるんだけど…。まぁ…仕方ないか。私たちを追い出したあとも、みすぼらしいだのあんなやつらの来るところではないだの、散々な言いようだったもんね。私は聞こえないフリをしてたけど、ガーネット姫の耳にもちゃんと届いていたらしい。


「う、ううん!大丈夫。」

『ぴよ…ぴよよ…』―――お姫さま…怖い…。―――

「フリル様?何かおっしゃいましたか?」

『ぴよ!?ぴよよーよ』―――ひぃっ!?な、なにも…ごめんなさいー!―――


慌てて私の背後に隠れたフリルさま。ガーネット姫はというと、いたずらな笑顔を浮かべている。今のは冗談だったんだと察する。…だよね?


「さてと、王都までは2時間くらいですが…。ユイ、ちょっとお願いがありまして…。」

「どしたの?」


―――まさか、アクドーイの宿を消してください、とか言われないよね…?


「その…王城まで、ユイの乗り物で向かうことはできないでしょうか?」

「…うん。できると思うけど…?」

「よかった。ありがとうございます。…どうしても…目立ってしまいますので…。すみません…。」

「そっか。うん、任せて。」


右胸のあたりをポンと叩いた私。王都だもんね。ガーネット姫のことを知ってる人、いっぱいだもんね。


―――ん…?


「ガーちゃん。王城まで伸ばしちゃって大丈夫なの?」


なんかまずい気がする。即席(そくせき)ジェットコースターのコースを作っているだけなんだけど、外形的にはお城に向かって攻撃してるのと変わらない。異世界出身の私でも、それがまずいということくらいはわかる。


「大丈夫ですよ。タンクに知らせてありますので。…常識を()えるような事態が起きた場合、とりあえず放置するように、と…。」

「…。」


コホン…。では、気を取り直して。





―――その頃…王城警備指令室



王城警備のトップに任ぜられたタンクは、そわそわしていた。ガーネット姫からの手紙によれば、ガーネット姫の到着はここ数日のことと思われる。最初は心配で心配でたまらなかったタンクだったが、次第にその気持ちは消え、羨望(せんぼう)の感情へと変わっていった。


―――ユイさん…ただものではないと思っていたが…まさか魔王軍(まおうぐん)幹部を軽くあしらうほどだったとは…。タンク、一生の不覚。なんとしても姫とご一緒して、ユイさんに師事すべきだった…。姫、(うらや)ましいです…。


そんなことばかり考える日々。姫を守るため、強く気高(けだか)きことを誓ったタンク。ユイの力は、まさに憧れそのものだったのだ。


「タンク指令っ!ハナミズキ・タウン方面より、王城に向かって魔法攻撃がっ!」

「なんだと!?詳細を報告せよ!」


―――姫が帰られるこのタイミングで攻撃とは…。まさか、姫を狙っての攻撃!?


「はい!数分前、早期警戒にあたっている別動隊より、魔王のそれを軽く凌駕(りょうが)するレベルの魔法余波(よは)を検知したとの連絡。ついさきほど、王城より氷魔法の接近を確認しました。到着予想まで、あと1分20秒であります!」

「すぐに迎撃態勢に…。」


迎撃命令を出しかけたその瞬間、姫からの手紙を思い出したタンク。


―――魔王を軽く凌駕するレベル…常識を超越した攻撃…。


「いや、良い。」

「は?」

「放置せよ。」

「な、何をおっしゃっているのです!?王城が攻撃にさらされているのですよ!?」


―――俺もわからん。しかし、姫がそうおっしゃっているのだ。


「構わん。それは攻撃ではない。」

「攻撃…ではない?」

「現場各隊へ伝達(でんたつ)。放置せよ。」

「はっ!」


タンクの命令を受け、はじかれたように部屋を飛び出した衛兵。タンクは力が抜けたように、ドスリとイスに座った。


―――姫…これが、常識を超える事態…というやつですか…。はぁ…。


窓の外、迫りくる氷のかたまりを見つめ、なんだかどっと疲れが出たタンク。そんな身体を強引に鼓舞(こぶ)し、姫を迎える準備を始めるのだった。

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