058 唯、ビビり散らかす。
「ここの食堂に…出るんですね。」
囲炉裏を中心とした和風テイストなお部屋。テーブルとイスがきれいに並べられており、特に変わった様子はない。奥は厨房スペースになっていたけど、こちらも特に不審な点はなし。ホコリひとつなく磨き上げられた床にも、異常は見られなかった。
「はい。噂ではそうなのですが…肝心の私は見たことがないもので…。」
「え…そうなんですか?」
噂がたっちゃうくらいだから、てっきり見た人がたくさんいるんだと思ってた。でも…そうすると、オバケが出るって噂自体も結構怪しいよね。この宿屋さんを困らせるために、誰かが悪意をもって流してるのかもしれない。だとすると…アクドーイの宿が怪しい。
なんちゃって推理を展開して、アクドーイの宿に濡れ衣を着せまくっていく私。無実かどうかはわからないけど、現状では証拠不十分といった感じ。というわけで、口には出せない。
「はい。見つけたら追い払おうと意気込んではいるのですが…。」
女将さんはその言葉に合わせ、右手に構えたホウキをしゅぱっと突き出した。歴戦の冒険者が振るう槍のごとく、空気をきりさく音とともに。
―――これ…オバケの方が怖がって出てこないんじゃ…。
「…あの、目撃された方はいないのですか?」
「うちの人が目撃したそうです。そろそろ買い出しから戻ってくると思うのですが…。」
あらら…アクドーイの宿さんごめんなさい。思いっきり濡れ衣でした。
「ただいま。いやー、すごい人だよ。」
タイミングばっちりに裏口が開いた。筋骨隆々、海の男…って感じの男性がひとり。かごいっぱいのお野菜と…おっと、モンスターっぽい色合いが。おいしいのは知ってるんだけど…いまだに慣れない私。
「お疲れ様…あなた。お客さんがオバケのことを調べてくださっているんだけど…。」
「そうなんですか。いや、すみません。お客さんの手まで煩わせてしまって。」
深々と頭を下げられてしまった。怖くて逃げだそうとしていたのが…なんだか申し訳なくなる。
「いえ。困っている方を放っておくわけにはいきませんので。」
そうです。そして、オバケの正体突き止めないと、私が毛布をかぶってガタガタ震える夜を過ごすことになっちゃうので…。
「ありがとうございます。私は正直、オバケだとは思っていないのですが…。出る時間は夜ですね。といっても、夜中ではありません。徐々に明かりが消えだすころですかね。場所はここ、食堂です。」
「ひっ!?…あ、ご、ごめんなさい…続きを…。」
飛び上がってしまった私。怖いんだもん。
「えぇ。あれは夏の暑さに休息が訪れた…雨の降りしきる夜のことでした。雨音とはまた違う、物が動かされているようなギシギシという音が気になり、食堂の扉に手をかけました。慎重に扉を開きましたが、ピシッというわずかな音が響いてしまい…物音が静まりました。おそるおそる明かりをつけ、厨房のあたりを調べると…。」
「調べると…?」
絶妙すぎる静寂に、呼吸を忘れる私。背中をつたった冷たい汗。
「大切にとっておいたプリンが無くなっていたのですっ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…え?」
勢いに流されての大絶叫。ただ、言葉の理解が追い付くにつれて、叫んだことが恥ずかしくなる。プリンが無くなってた…それって…。
「それ、オバケじゃなくて…ドロボウじゃないですか!」
抗議の言葉と視線を送る私。ガーネット姫はホッとしたような表情を浮かべている。やっぱり怖かったよね、そうだよね。
「で、ですから、オバケだとは思っていないと…。」
「それでしたら…なぜ、オバケが出るなどという噂が…?」
そうそう。噂には尾ひれがつきものだけど、それにしても飛躍しすぎだもん。なんでプリンからオバケになっちゃうの。
「その日は雨が降っていたんですよ。」
「…はい。」
「逃げるとしたらそこの裏口ですが…。」
「…。」
「足跡が…なかったんです!」
「きゃぁぁぁぁっ!」
ガーネット姫にしがみついて、今度はちゃんとした絶叫。怖い。やっぱりオバケじゃん。無理無理無理。帰ろう。今すぐ帰ろう。夜までまだあるし、王都まで行こ。
「足跡がなかった…ということは、まだ食堂に隠れているのではないでしょうか?」
パニックの私に対して、超絶冷静なガーネット姫。なんでそんなに冷静でいられるのとツッコミたかったけど、恐怖でのどが開かない。そして言われて初めて気づいた。
―――たしかに!
「なるほど…たしかにそう考えると辻褄があいますね。足跡がなかったのも当然…か。」
「それで…ケーキがなくなった日は、いつのことなのでしょう?」
何週間も前とかだと、さすがに逃げちゃってると思う。
「昨夜です。」
「え?」
「昨夜…昨日の夜です。」
いえ、言葉の意味がわからなかったわけではなくてですね…。
「じゃ…じゃあ、今もここの食堂のどこかに…?」
ガーネット姫が、声を震わせながら杖を構える。私は杖を持ってないので、ガーネット姫の左腕にしがみつく。
「ユイ。敵をさがす魔法とかって…あったりしますか?」
「えっと…ちょ、ちょっと待ってね…。」
手が震えて、基本書がうまくめくれない。やっとの思いで「索敵の章」を開く。
「えっと…あった。使ってみるね。聡き地図!」
―――【聡き地図】ヴィジュアライズ
索敵はもちろん、地形把握にも使える汎用的な索敵魔法の一。眼前にマップが表示され、任意に拡大・縮小することができる。使用者に敵意のない存在は青く表示され、危険性のある存在は赤く表示される。危険性はないが敵意がある場合には、黄色で表示される。なお、索敵可能範囲は使用者の魔法量に比例するため、初級者が使っても意味は薄い。
―――
何もないはずの空間に浮かび上がった地図。青白い魔法の光で構成されていて、ところどころにさまざまな色の点がある。そして、この部屋をあらわす図上には6つの点がある。その内5つが青い点、残り1つが黄色い点。宿屋のおふたり、ガーネット姫、フリルさま…あと…あ、私だ。私で5。
―――…ということは…。
地図と部屋を照らし合わせ、位置情報を丁寧に把握していく。黄色い点が表示されているのは、厨房横のスペース。棚があって…ドアの横…うん、間違いない。
「ガーちゃん…あそこの扉…。」
「開けても…よろしいですか?」
「え…えぇ…スパイスなどを保存しておく場所なのですが…。」
固唾をそのままに、室内での正確な位置を把握しようと、地図に触れる。スマホの画面を拡大する要領で、親指と人差し指でキュインと。
「…あれ?」
拡大してみたところ、なんとステータスが表示された。画面には…。
―――やっぱり人だ!
人とわかればこっちのもの。オバケじゃなければ怖くない。モンスターは苦手だけど、バグステータスのおかげで怖くはない。さてさて、私のことを散々にビビり散らかさせてくれましたね。この恨み晴らさでおくべきか。
勝手にビビり散らかしていたことをすっかり忘れた私。意気揚々とドアノブに手をかけた。




