057 唯、しぶしぶ受け入れる。
「あの…もしよろしければ、うちの宿屋、空きがありますけども…。」
エプロン姿の女性に声をかけられた私たち。どうやら宿屋の女将さんらしい。
「本当ですか!?ありがとうございます。泊まるとこなくて…困ってたんです。」
「よろしくお願いします。」
「そうですよね。去年まではここまでなかったのですが、今年は祭りで賞品争奪のイベントがあるそうでして…さ、どうぞどうぞ。狭いところですが。」
アクドーイの宿の丁度向かい、看板代わりに描かれていたのはお花の絵。街道に咲いているお花そっくりなので、どうやらハナミズキらしい。ちょっと古風な感じで、素敵な宿屋さん。
「お邪魔しまーす。わぁ…すごいお花ですね。」
入口すぐの場所に、私の身長ぐらいありそうな生け花が飾られていた。素人目にも圧倒される絢爛さ、それでいてどこか落ち着きを感じる色調。こういうの大好き。アクドーイの宿なんかとは「品」が違う。
「ありがとうございます。…私の趣味でして…。」
照れるように顔を覆った女将さん。でも…それとは別に、ちょっとだけ気になることがひとつ。
―――…失礼だよね。でも…聞かないとあれだし…。
「あ…どうしてこんな繁忙期に空き部屋があるのか…ですよね。」
「いえ…そんな。」
表情を読まれてしまったみたい。その…ごめんなさい。
「良いんです。実は、半年ほど前からお向かいさんが盛大なキャンペーンを始められまして…。うちもお安くして対抗しようとは思ったのですが…何分、小さな宿屋。勝てるわけもなく…。」
「そうだったんですか…。」
そういうのも競争のひとつなのかもだけど、限度というものがある。あの感じだから、きっととんでもないやり口だったんだと思う。
「むぅ…またお父さまにお話しせねばならないことが。」
頬を膨らませるガーネット姫。どうやら更地じゃ済まなくなりそう。あーあ、かわいそう。全然かわいそうなんて思ってないけど。
「それだけならば良かったのですが…噂がたってしまいまして…。」
「噂…ですか?」
「はい…実は…出るらしいんです。」
「…出る?」
両手を胸のあたりに持ってきた女将さん。そのしぐさに、思い当たるものがひとつ。高いところも狭いところも平気な私だけど、これだけはダメというものがひとつ。
「オバケが。」
「…。」
はい、無理です。無理です。絶対無理です。ヒュンって冷たい感じが背中を走りました。ガーネット姫、王都に行きましょう。何なら野宿でも良いです。
「オバケなんて迷信ですよ。昔から言うじゃないですか。幽霊の正体みたりモンスターって。」
ガーネット姫、何をおっしゃっているのですか。あと、こっちだとモンスターなんだ。枯れ尾花じゃなくて。
「そう言っていただけるとありがたいのですが…。」
「大丈夫です。さ、ユイ。ここに泊まりましょう。…ユイ?」
お願いします、勝手に話を進めないでください。
「む、無理…。」
顔面蒼白の私。オバケだけは無理なの。絶対に無理。あと…ガーネット姫も無理じゃなかったっけ。迷いの森に入ったとき、キャーって言ってた記憶があるんだけど…。
「大丈夫ですよ。あの3分間の恐怖に比べれば、オバケなんて。」
即席ジェットコースターはオバケよりも怖かったらしい。斬新すぎる角度から墓穴を掘ってしまった私。ガーネット姫をジェットコースターに誘わなければ、「オバケは無理」という共通認識が維持できてたのに。
「…。」
もう、泣きそう。ひとりだったら絶対泣いてる。
「うーん…では、オバケ騒動の原因を突き止めましょう!そうすれば、ユイも安心して泊まれるでしょう?」
「そ…それは…そうだけど…。」
なんだか簡単にまるめ込まれてしまった私。ちょろすぎる自分に悲しみが溢れる。
「そうしましょう!女将さん、よろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。でも…本当によろしいのですか?」
「はい。ね、ユイ!」
しぶしぶ…しーぶーしーぶ頷いた私。しぶしぶね。ここ大事。…まとまっちゃった。はぁ…。
こうして始まったオバケの正体を突き止めちゃえ大作戦。腰引けまくりの私、その絶叫が幾度となくこだましたことは…言うまでもなかった。




