028 唯、現実を受け入れられない。
その日の夜。
―――ふむ…まだ慣れないなぁ。
いつもならスマホ片手にゴロゴロしている時間。アニメの9話も気になる。娯楽あふれる世界にいた反動なのか、どうも退屈に感じる夜。毛布を海苔にみたて、巻きずしの気持ちを体験中の私。なんだか生産性のない時間を過ごしている。
お風呂がたまるまで、まだ10分ほどある。ゆっくりと体を起こし、旅のお供となっている『魔法の基本書』を読み進めることにした。
―――とりあえず魔法を覚えないと…。
この世界の魔法は、想像より簡単に使えた。精神を集中させたり、魔法の力をこめたりが必要と思っていたけど、普通に詠唱すれば良いだけらしい。応用編に書かれていた例の氷魔法だって、ほぼ素人の私が無理なく使えた。
ゲームとかの場合、魔法の使用には限界があったと思う。マジックポイントとか魔法量とか、言葉はさまざまにせよ、魔法に制限をかける数値があった。魔法がどれだけでも乱発できるとなると、パワーバランスは完全に崩壊する。作中の最強魔法を唱えまくれば、どんなボスでも倒せちゃう。
気になってステータスを見てみたけど、それらしい記述はなかった。あいかわらず「ATK9999、DEF9999」というバグステータスが表示されているだけ。
―――…ん?スキル…?
また気になる表示を見つけてしまった。本を読む手が止まる。全く進まない問題はさておき、気になったところを確認してみる。
ステータスが表示されているパネルの上、本のしおりみたいな感じで、なにかがぴょこっと出ていた。文字色が背景に同化して気づいていなかったけど、「スキル」という文字が見える。隠しコマンドでも発見したような気分。ちょっとだけテンションが上がる。
―――見てみよ。
タッチパネルを操作するような感じで、空間に触れる。
―――スキル一覧
・とこしえの魔導書
・慈悲深き天恵・真
・炎夏の宴と極光の白夜
・燻る覇・纏う覇
・自壊する才賢
・目途なき岐路・大地の調べ
・目途なき岐路・天空の調べ
・才媛の護り手
―――
いろいろあったけど、意味はさっぱりわからない。スキル名に触れてみても反応なし。どうやら詳細は確認できない設定のようだった。
―――困ったな…何ができるんだろう?
再び基本書を手にとるが、スキルについての記載はなかった。
「うん…?あっ、お風呂!」
すっかり忘れていた。毛布にもたつきながら、なんとかお風呂場へ。
―――わぁ…ぎりぎりセーフ…。
危なかった。あふれるまであと1センチもない。どこか暗示的な状況に、変な緊張感が走る。
―――まさかね…考えすぎ、考えすぎ。
■
翌朝。
「…ユイさん。おはようございます。…あれ…?お休み中でしょうか…?」
ドアの向こうから聞こえるガーネット姫の声。寝ぼけ眼でまくら付近をなでまわす。
―――あれ…メガネどこ?…あ、そっか、メガネないんだった。
3日連続でやらかしてしまった朝のルーティーン。メガネ生活が長すぎて、どうもないと落ち着かない。結果、ないものを探すという、無駄な時間を過ごす朝。
ガーネット姫にごめんなさいをしつつ、慌てて着替える。お気に入りのワンピースに袖を通し、はねたアホ毛をピンでおさえる。冒険者とは思えない格好だけど、私のステータスに防具は不要。装備しようと試してみたこともあるけど、ステータスも変わらなかったし、肩が凝りそうだったので諦めた。
「すみません、大変お待たせしました…。」
「いえ、大丈夫です。実はモンスターの件が気になりまして…私、居ても立っても居られず…。」
通路の時計を見ると、まだ5時をまわったところ。ギルドが開くのは6時なので、朝食もぐもぐしても、まだ少し余裕がある。
「ごはんたべて、町の外、見にいってみませんか?」
「行きます!あ…すみません、朝早くから無理を言ってしまって…。」
依頼を受けずに出歩いてはならない、なんて決まりはないので、いつでも自由に冒険できるのがこの世界。よく見るとガーネット姫のぱっちりおめめの下、ちょっと青白くなっている。心配でよく眠れなかったのかもしれない。
―――ストレスは美容の敵だし…。
そのまま朝食会場へと向かう。ビジネスホテルによくある「朝食無料サービス」はないけど、宿屋の朝食は結構おいしい。おいしいものを食べると幸せな気持ちになる。幸せな気持ちということは、きっと体に良いはず。
―――…なのにおかしい、最近お腹周りがポヨンポヨンしているのは…なぜ?。




