027 唯、英雄を思い出す。
クロックさんの前置きに緊張が走る。
クロックさんが顔を近づけてきたので、私も顔を近づける。恋人みたいな距離感になったけど、そういうわけじゃない。できるだけ周囲に声がもれないよう、そして聞きとりそこなわないようにする配慮。
「…実は、100年前に同様の現象が起きたという記録が見つかりました。今回のモンスター大量出現との関連性は不明ですが、記録を読む限り、かなり似通った事例に思います。」
歴史は繰り返すのだろうか。そして、その続きが気になる。
「それで…その、どうなったのでしょうか?」
私より気になっていたらしいガーネット姫が続きを促す。私も視線を送る。
「はい。…数日後、モンスターの大侵攻が起きたそうです。この町は昔から新人冒険者が拠点を置く、いわゆる『はじまりの町』と呼ばれる場所です。大侵攻を防げるほどの抵抗力はなく、かなりの被害が出たと記録されています。」
「そんなことが…。」
続く言葉が出てこなかった。
「念のためではありますが、ギルド本部に救援依頼を出しておきました。本部からここまで、およそ2日です。それまで何事もなければ良いのですが…。」
■
わずか数時間後、冒険者の間では不穏な噂が広がっていた。
「なんだかモンスターの様子、おかしくね?」
「だよな。あんなにまとまって行動してるとこ、初めて見たよ。」
「そうそう。私も薬草採取の途中で襲われてさ…。ジャイアントさんに助けてもらったけど…今までそんなことなかったもん。」
噂話の怖いところは、それが事実として伝播しちゃったりするところ。最初は「こんなことあったらしいよー」というところから始まり、どこかで「こんなことがあったんだってー」に変わってしまうことがある。それを防ぐ方策としては、正しい情報を出して抑え込む、というのが一手。
―――でも、今は「正しいこと」がわかんないんだよね…。
そう、これから何が起きるか…あるいは何も起きないのか、それがわからない。歴史に学べば大侵攻が起きるらしいけど、確証はない。もちろんはやめに安全な避難を…という考えが大切。何もなければ、それに越したことはないし。
「やっぱり…クロックさんにお願いして、避難を呼びかけてもらいませんか?」
居ても立っても居られなくなり、ガーネット姫に相談…というか、半ば強引な提案をしてみる。私はバグステータスをもって、どんな状況でも生き残れると思う。
でも、この町に住む方たちはそうじゃない。私に焼きとうもろこしをくれた屋台のおじちゃん、ワンピースを用意してくれた服屋のおばちゃん。冒険者さんであっても、数の暴力に圧倒されてしまうかもしれない。
「…そうですね。難しいかもしれませんが、お願いしてみましょう。」
ガーネット姫はいつになく難しい表情をしていた。
■
「…という噂が広がってまして…。もし可能であれば、はやめの避難を呼びかけていただきたいのですが…。」
かなり気持ちをオブラートに包んだものの、内心すけすけの進言をしている私。
「ユイ殿…。ご提案、ありがたく頂戴しますが…残念ながら避難はできないんです。」
クロックさんが腕を組み、難しい表情にかわる。しかし、できないとはどういう意味なのだろうか。たしかにモンスターが跋扈するこの世界、全員避難するという選択は、「町をすてる」ことと同義。そんなことできればしたくない、その気持ちは痛いほどにわかる。
―――でも…このままだと…。
最悪の想像をしてしまう。
「ユイ…実はこの町、陸の孤島なんです。一番近い町に行くにしても、迷いの森をこえなければなりません。」
「あ…。」
焦りからか、肝心なことを忘れてしまっていた。そう、ここは異世界。隣町に避難すれば…なんて思っていたが、その隣町までには道のりがある。飛行機はもちろん、電車も車もない。数百人の大移動。途中でモンスターに囲まれたら、それこそひとたまりもない。
「加えてこの町には、防衛設備が設置されています。今あるもので侵攻をしのぎ、本部の救援を待つというのが…この町の決定なのです。」
「…。」
返す言葉もない。落ち込んだ気持ちを見透かされたのか、ガーネット姫が言葉を続けてくれた。
「らしくないですよ、ユイ。私たちを守ってくれたあの時と同じです。もし何かあれば、私たちで守りましょう、この町を。それが私の思い描く『冒険者』です!」
「ガーネット…うん!」
また忘れちゃってた。そう、私は冒険者なのだ。
なぜかガーネット姫の前を歩く存在になってしまったけど。誰かを助けたいという気持ちは、強く心に刻まれている。川でおぼれかけていた幼いころの私、服をロープにして助けてくれた近所のおじさん。泣くことしかできなかった私、ぎゅっと抱きしめて寄り添ってくれた友だちのお姉ちゃん。みんな私にとっての目標なのだ。
―――どんとこい!バグの力…みせてやる!
他力本願…いや、バク力本願かな。そんな現状はさておき、気合いは十分。小さく握りこぶしを作る私。
「さすが!私が師と仰ぐユイ殿!これでこの町は安泰です!」
豪快に笑い飛ばして出ていったクロックさん。
「あの…いつのまにか師匠にされてますけど…。」
「…は!本当だ…。」
勢いは怖い。気づかなかった。意図しない黙認によって、私はクロックさんの師匠になってしまった。




