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019 唯、眠れない夜を過ごす。

「ふにゃぁ…ん…。」


 眠れない。

 館で爆睡しちゃった影響かな。

 それとも緊張かな…。


―――明日…なんだよね。


 厳密には今日だけど。

 ガーネット姫と一緒に旅立つ日。

 旅立つと言っても、この町で冒険者として生活するだけだから、物理的にここから旅立つわけじゃないけどね。


「本でも読んどこー。」


 例の基本書を取り出して、しおりのはさんであるページから再開。

 新人講習で教えてもらった魔法も復習。

 本当に唱えちゃうと大惨事確定なので、詠唱文と効果を入念に確認。


―――やっぱり大惨事を引き起こしにくいのは…氷魔法だよね。


 水魔法も安全かもだけど、私…実は泳げない。

 万が一のとき、自分で対処できない魔法は…やめとこ。


「…。」


 開始3分。

 集中力がお出かけを始めちゃった。


―――…。


 しおりをはさみなおして、本をパラパラとめくってみる。

 最後の方から読んでみたり、索引を眺めてみたり…いろいろしてみたけど、集中力が帰宅することはなかった…。


「コウキさん…か。」


 著者紹介のページを見て、そう呟いた私。

 別に深い意味はないんだけど、とってもすごい人なんだなって、シンプルにそう思った。


 お姫さまのとこで、この世界のさまざまな本を少しづつ読ませてもらったけど…どれも私には難しかった。

 どれもこの世界の「常識」を前提に書かれてるから、ある意味当たり前のこと。


―――いきなり魔法波動とか言われても…わかんないもんね。


 辞書を引けば解決する話なんだけど、そこはズボラな私。

 わからない言葉は読み飛ばして突き進む。

 えっへん。


―――…。


 その点このコウキさんの本は、すごくかみ砕いて書いてある。

 とってもわかりやすい。

 まるでもとの世界の人が書いた本みたいに、すんなりと読める。


「それにしても…魔法は杖がないと使えません、かぁ…。」


 そんなわかりやすい本を読んでて、一番謎なことがこれ。

 この記述が一番引っかかる。


―――私…杖、持ってないよね。


 買った覚えもないし、拾った覚えもない。

 持ち込むってのも無理だよね。

 もとの世界に魔法の杖なんてないはずだし。


―――ガーネット姫は使ってたよね、杖。


 クロックさんも魔法を使う時は、杖を取り出してた。

 新人講習でもそう教えられたし。

 まぁ…ステータスからいっておかしい私。

 その(へん)もおかしいのかも。


「…もうちょっとがんばろ。」


 集中力を強引に引き戻して、しおりのページからもう一度。

 今読んでるのは、魔法を解説してある章。

 この魔法はこういう魔法で、こう唱えます…っていう感じのが、ずらずらと並んでる。


―――アイシクル・ロード…氷のつぶて…。


 紹介されている魔法の数は膨大(ぼうだい)

 全部覚えるのは無理なので、とりあえずめぼしいものに絞ろう。


「ガーネット姫に万が一…なんてことがあったら大変だし…。」


 回復魔法と防御魔法を重点的に覚えよう。

 それに攻撃魔法じゃなければ、ここで練習しても大丈夫なはず。


「よし…堅牢(けんろう)水楼(すいろう)!」


 水色の光が拡散、そのまま身長大の水風船が登場。

 ぷよんぷよんしてて、とっても気持ちよさそう。


―――これで防御できるのかな…?


 一抹の不安はあれど、攻撃して試すわけにもいかないし…。

 とりあえず突っついてみよう。


「よいしょ。」


 案の上というか、想定通りというか…ぷよんぷよんした感触が返ってきた。

 それでも、水風船が壊れそうな感じはしない。

 ペンでも突っついてみたけど、全然大丈夫そう。

 結論、意外とあり。


「次は…あ、このアピール・ボムっての良さそう。」


 防御魔法かどうかはわかんないけど、とっても良さげな魔法を発見。


―――【虚像の灰塵】アピール・ボム

攻撃力を持たないこけおどしの爆発を起こし、相手の注意を一身にせおうコントロール系魔法の一。敵愾心を煽る仕組みであるため、周囲の影響に左右されやすい魔法である点に注意が必要である。

―――


 これを使えば、攻撃が私に集中するみたい。

 攻撃されるのはもちろん嫌だけど、バグステータスのおかげで痛くはないと思う。

 ある意味最強の防御魔法。


 なんだかファンタジーに登場するチート冒険者になった気分がすごい。

 新人講習のとき聞いてみたけど、他人のステータスを勝手に見る方法はかなり限定的。

 私のバグステータス、自分から言わない限りは…話題になることもないはず。


―――新聞には…のっちゃったけど…。


 あれはとっても嬉しかった。

 悪いことをしたのならあれだけど、良いことをしてのったんだもん。

 現実世界なら、絶対スクラップにして保管しておくと思う。


「ふぁぁわぁぁ…。おやしゅみぃ…。」


 急激な眠気に誘われて、ベッドにごろん。

 テーブル横のライトを消し忘れたんだけど…もう起きる元気はありません。

 …ごめんなさい。





 翌朝、ガーネット姫との約束通り…やかたへと向かった私。

 今回は迷わなかった。

 …途中、お団子のおいしそうな匂いにさそわれて…寄り道はしたけども。


―――食欲には勝てないもんね…。


 こればかりは仕方ない。

 おいしいものとの出会い、それは一期一会。

 くいしんぼうな私にとって、食べ物のプライオリティはそのレベル。


「テイクアウトも買ってこれば良かったかな…。」


 食べ物がないと急に不安。

 今から買いに戻るわけにもいかないし、我慢しよ。

 衛兵さんに気づかれると厄介なので、入口から少し離れた場所…塀に背中をつけて一休み。


―――おいしそ…じゃなくて、かわいい…。


 目の前のウシさんがこんなにおいし…じゃなかった、かわいく見えたのはじめて。

 …じゅるる。





――――――時を同じくして…館のなか



「姫様、どちらへ?」


 早朝から身支度を始めるガーネット姫に、タンクが真っ当な質問をぶつける。

 ここだけの話、ガーネット姫は朝がちょっとだけ弱い。

 いつもならもう少し寝かせて…と布団をかぶる時間帯のはずなのだ。


「タンク。あなたは衛兵を連れて王都に帰りなさい。あ、メイドのキイさんも連れて行ってあげてね。」

「は…?」

「よいですね。」


 突然の言葉に、タンクはあっけにとられる。

 返答が思い浮かばず、とりあえずの苦笑いを返す。


「姫様、ご冗談を…。」

「冗談ではありません。お父さまには『冒険者になる』と伝えてください。」


 事務的な口調でそう伝えられ、タンクの思考は混乱につつまれた。


「ぼ、冒険者に!?試験を受けられるだけではなかったのですか!?…国王陛下も実際に冒険者として働け、とおっしゃったわけではありませんよ!?」


 珍しく取り乱したタンクに、ガーネット姫が視線を向ける。


「私は冒険者になりたいのです。困っている人たちを助けたいのです。結婚の予定までは時間がありますし、私が冒険者として武勇を積んでからでも遅くはないでしょう。」

「し、しかし姫様。姫様おひとりで冒険などと…危険すぎます!この前のように、猛獣がいついかなるところから襲ってくるとも限りませんのに!」


 何とか食い下がろうとするタンクに、ガーネット姫が最後通牒(つうちょう)を突き付ける。


「ユイさんが来てくださらなければ、私もタンクもみんな助かりませんでした。安心なさい。ユイさんがご一緒してくださるお約束です。私…まだまだ未熟みじゅくですが、きっと強くなります。」

「えっ!ユイさんが…し、しかし…。」


 タンクは反論の(すべ)を失った。

 そもそも「オオイノシシ」に襲われて、衛兵が全員気を失った時点で…ガーネット姫を守るなどと、強いことが言えなくなったのだ。


「…。」


 いくら助けてもらった恩人とはいえ…素性の知れない者に、ガーネット姫の身をあずけるということは大問題なのだが、これ以上食い下がることはできない。

 あの一件は、それほどに重い意味を持っていた。


「頼みましたよ。必ず強くなって、城に戻りますから。」

「姫様…。」


 結局、タンクは王都へ戻ることになった。


 その後、王様からお(きゅう)をすえられることになったのだが…ガーネット姫からの書状が王城へ届き、処分などはされなかった。

 ユイの名前は、ユイの全く知らないところで…晴れて国王の耳にまで入ることになったのだった。

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